AIkurushii | ナノ
 井吹が食堂を出て行った後、私も食堂を出ようと思い道具を片づけている時だった。
さくらが少しだけ顔を歪めながら食堂に入って来たから私はどうしたのかと思いさくらに声を掛ける。
「さくら、どうかしたのか?」
「えっ?う、ううん、何でもないわよ」

何やらぎこちないその返事を不審に思った私はふとさくらの腕に手をやって、目を丸くした。さくらの白い腕には少し大きめの傷があり、私は慌てて立ちあがる。

「腕、大丈夫か…!?」
「だっ、大丈夫よ、大丈夫!ちょっと転んだだけだから!」

さくらは私に心配を掛けないようにしているのか、強がったように笑って首をぶんぶんと振った。そんなさくらを見て私は余計に心配になったが、でももう手当てはされており傷もそこまでひどくなかったから「そっか…それなら良かった。気を付けてな」と返す。さくらは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。

「そういえばゆうき、井吹と仲良いのね」
「ん?そうだな、でもそこまでじゃないよ。たまに喋るくらいだから」

あえて遠慮気味にそう言うと、さくらはキョトンと首を傾げて、にっこりと笑顔を浮かべた。

「そうなんだ、じゃあ私の方がゆうきと仲良いかな?」

思わぬ質問に少しだけ頬が緩む。

「そうかもな」
素直にそう答えると、さくらは「嬉しい」と顔を綻ばせる。そんなゆるい空気の中、少しだけなら良いかなと思い私はぽんぽんと控えめにさくらの頭を撫でた。するとさくらは嫌そうな顔ひとつせずに、顔を赤くして小さく口を開く。

「ね、ねえゆうき」
「ん?」
「ゆうきって…その、好きな人とか…いるの?」
「!」

そんな唐突な質問に一瞬呆気としたが、次の瞬間浮かんだのは皆帆の顔だった。心臓がどくどくと音を立てるが私はそんなの無視してさくらに「いないよ」と答える。その時のさくらの顔が、やけに引っ掛かった。
 ふと、随分前に久坂に言われた言葉が頭に浮かぶ。

「野咲、お前のこと好きだよ」

「俺が見る限り、野咲はほぼ百パーセントの確率でお前に惚れてるだろうけどな」


(も、もしかしたら…)
変な自惚れはしたくないけれど、でも、このさくらの顔も質問も、これ以上にない証拠になるんじゃないだろうか。
(さくらは、私のことを、)
そんな、さくらにとって悲惨なことは考えたくもなかったが、きっと久坂の言う通りなんだろう。こんなのを確信するなんて何か嬉しいようで申し訳ないが。
 しかしもしそうだとしたら、私が女だと知った時さくらはどう思うだろう。きっと、すごく傷つく。そんなことは絶対にさせたくない。

「あっあのね!ゆうき、わたしっ…!」

(…!)
嫌な予感がした。私が男だったらきっと何よりも嬉しい予感なのだろうけど、私はもうどうしようもなくなって「さくら!」とさくらの言葉を無理矢理遮る。さくらの顔が、少しだけ悲しそうになった。
 私はさくらの肩に手をやって、付いてもいないホコリを取るフリをして、笑う。

「ホコリ、付いてた」

そんな私の笑顔を見て、さくらは一体どう思ったのだろう。
少しだけ間が開いて、さくらが笑った。無理な笑顔だということは見て分かった。
(ごめん、さくら)

「ありがと、森乃」
「うん。じゃあ俺、そろそろ部屋戻るね」
「…う、うん。私も戻らないと」

心の中でさくらに何度も謝りながら私は食堂を後にする。
 軽率な態度で相手を期待させすぎた、私が悪かった。



 20140105