AIkurushii | ナノ
(皆帆視点)



 練習は休憩に入り、皆は次々とドリンクボトルを取りにベンチへ向かう。僕も蹴っていたボールから離れ、ボトルを取りに走る。しかしそれは瞬木君の声によって阻止されてしまった。

「皆帆」

僕が足を止めて振りかえると、そこにはいつものようにヘラヘラと薄っぺらい笑顔を浮かべた瞬木君が立っていて、僕は思わず「何だい?」と強張った声で返してしまう。

「朝から、色々と悩んでるみたいだね」
「!…君には関係のないことだよ」

真名部君にも言ったようにそう答えると、瞬木君は笑顔を崩さずに「そっか」とだけ言った。(早く、水分補給をしたいんだけどなぁ)
 僕がそう口に出そうとすると、瞬木君は「森乃のことだけど」と切り出す。(また、この話題か)
あえて表情を変えずに「森乃君がどうかしたのかい」と問うてみると瞬木君は呆れたような顔で言った。

「分かってるくせに」

その意味が分かるようで分からず、無意識に眉間に皺が寄ってしまう。それに気付いたのか瞬木君は少しばかり低い声で続けた。

「見事に森乃に避けられてるだろ」
「だから、何だい?」
「…理由は分かってないみたいだな」
「! さっきも言ったけど、君には関係のないことだよ」

ついカッとしてしまい、声が大きくなる。しまったと思い口を閉じれば瞬木君は薄く息を吐く。それさえもどこか気に食わず、僕は瞬木君から目を逸らしベンチへと足を進めた。しかしそれは瞬木君の腕によって阻止されてしまう。

「……ちょっと、しつこいよ、君」

掴まれた腕を睨みつけるように見てから、続けて瞬木君へと視線をやる。
 少し間が開いて、瞬木君が言った。

「あんまり自分の気持ちを誤魔化し続けると、そのうち息もできなくなるくらい苦しい思いをするんじゃないかな」
「!」
「森乃がどうしてあんなに皆帆のことを避けてるのか、早めに気付いた方が良いと思うよ」
「…それが分からないから、困ってるんだけど」
「へぇ、前に話した時と何も変わってないんだな、皆帆」
「どういう意味だい」

 あまりに人を小馬鹿にしたようなその言葉にさすがの僕も苛々して思わず怒鳴るような口調になってしまう。瞬木君はさして気にしないといった顔で続けた。

「今まで以上に、人の"言葉"を疑いなよ」
「言葉…?」
「皆帆のすぐ近くに、"信じられないほどの嘘"が転がっていることだってある」
「!」

すると瞬木君はコロッといつもの笑顔に戻り、「それだけ」と言うと僕の隣を通り過ぎていく。

「待っ、…!」

慌てて瞬木君を弾きとめようと振りかえるとそこにはもうすでに井吹君たちと楽しそうに会話をする瞬木君の姿があり、僕の声は誰にも届かずその場で泡となった。





 20131229