AIkurushii | ナノ
 朝。
昨日の瞬君とのこともあり昨晩はなかなか眠りにつけなかった。夜更かしをしたせいで十分に休めていない身体を起こし、私はジャージに着替える。(今日も、明日も…)できればこれからもずっと。世界大会が終わって私が参加条件であるお金を貰えるまで。何事もなく平和な日々を送りたい。ましてや男装がバレるなんてことは絶対にないようにしなければ。
(そうしたら、私も、お父さんも…)
 裕福に、幸せになれる。



 準備を済ませて食堂に向かうと、さくらが声を掛けてきた。
「おはよ、ゆうき」
「ああ、おはようさくら」

私はさくらの隣に座って挨拶を返す。するとさくらはおかしそうに笑って「昨日は大変だったわね」と言った。

「そうだな…まさか女の子に間違えられるとは思わなかったよ」
私もなるべく普通にそう返す。さくらはまた笑って私を見た。

「まぁ、そのゆうはって人がよほどゆうきに似てたのよ、きっと」
(本人…なんだけどなぁ)
「はは、そうだな」

そんなやり取りが終わると皆も集まってきて、キャプテンから今日の練習についての詳細を告げられた。今日も変わらず、いつもと同じような練習。だけど私たちは確実に強くなっている。それぞれが自分の個性を生かして、だんだんとサッカーを楽しむようになっていた。



「あれ、残すのか?」
「え?」
「エビフライ、食わねえなら俺にくれよ」
「! ああ、いいよ」

 今日はあまり食欲がない。私がエビフライを食べきれずお皿に残していたのに井吹が目を付けたようだ。井吹は嬉しそうにエビフライを自分のお皿に移す。
(…なんか、気分悪い、かも)
美味しそうにエビフライを食べる井吹を横目で見つつ、私は口を手で抑えた。少しだけど、頭がぐらぐらする。さっき食べたものを吐きだしてしまいそうだ。(やばい…)頭のぐらぐらは次第に鈍い痛みへと変わる。痛い。それに気持ち悪い。

「ゆうき、ありがとな!…って……ゆうき?」

満足そうに私を見てそう言った井吹が、私の異変に気付いたようだ。そっと私の肩に手を置いて、そのまま軽く揺さぶられる。それでも私は井吹に返事をできるほどの余裕がなかった。

「ゆうき、おいゆうき!大丈夫か!?」
「っ、ごめ……トイレ、行ってくる、」
朦朧とした意識の中で、ただただ胃の中にあるものを全て吐き出したいと思った私は立ち上がり食堂を出ようと足を進める。しかし足が上手く動かず、ああもう死ぬかもしれないとさえ感じた。
(ぐらぐら、する…)
私がそのまま床に座り込むと、周りの皆もそれに気付いたようで心配そうに駆け寄ってくる。「大丈夫!?」と私を呼ぶ声さえも遠くなっていった。しかしそんな騒がしさの中で「どいて。俺がトイレまで連れてくから」という瞬木の声だけがハッキリと聞こえたのだ。(瞬木…?)

 瞬木は蹲る私の身体を支えるように手を伸ばす。耳元で、はっきりと聞こえるように「立てるか?」と聞かれて私は首を横に振った。すると瞬木が私の肩を持ちながらゆっくりと立ち上がり、私もそれに合わせて震える足に力を込める。

「もう大丈夫だから、皆は練習に行ってくれ」

瞬木のそんな声を聞きながら、私は瞬木に身体を預けつつトイレへと向かった。



「、う…っ…」
「あとちょっとだから、踏ん張れ」
やっとの思いでトイレまで辿り着き、私はそのまま男子トイレへと足を進めた。しかしそれは瞬木により阻止されてしまう。(…?)

「ま、たたぎ…?」
(早く、トイレ行きたいんだけど…)
しかし瞬木は無言で女子トイレへと私を誘導する。

「待っ、そっち、女子トイ、レ…!」
「良いから」
「!?」

あまりにも気分が悪すぎて、俯いた顔を上げられない。瞬木が今どんな顔をしているのかも分からない。考えてることも、私を女子トイレへと誘導した意図も。訳も分からず、結局私は女子トイレの個室で胃の中のものを全部吐き出した。

 いくらかスッキリして個室を出ると洗面台の前に立っていた瞬木が私に気付き「どうだ?ちょっとは楽になった?」だなんて聞いてくる。(いや、それよりも、)

「…何で、女子トイレ…」

私がそう尋ねると瞬木は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに薄い笑顔を浮かべて私に言った。

「こっちの方が良いのかな、って思って」
「、え…?」
「それより、いくらか顔色良くなったけど今日は一応ゆっくり休んどいた方が良いぞ」
「ま、瞬木、
「それじゃあ俺は練習行くけど…森乃、一人で歩けるか?」
「、あ、ああ…うん」
「なら良かった。監督とコーチには俺から話しとくから。部屋戻ってちゃんと寝ろよ?」
「……、分かった…」

私がそう言って頷くと瞬木はサッカー場へと向かった。
取り残された私は何が何だが分からず混乱したままその場に立ちつくす。

(どういう、ことだ…?)



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