AIkurushii | ナノ
(瞬木視点)


 ――"今日の瞬はどこかおかしかった。"
さっきから俺は、そんなことばかり考えている。

食事も風呂も済ませて自室に戻り、俺は羽織っていたジャージをハンガーにかけながら今日あったことを未だに忘れられずにいた。
ベッドに横になり天井を見つめる。

(……、瞬…)
 いつもなら素直に俺の言うことを聞き入れる瞬が、さっきは「でも」やら「だって」やら、俺の言うことを素直に聞き入れない様子だった。
しかし、さすがの瞬も森乃が男であって女ではないことくらいすぐに気付いただろう。それでも最後まで森乃を"姉ちゃん"と呼ぼうとしていた理由。
(それは一体何なんだ…?)
森乃はそんなに"ゆうは姉ちゃん"に似ていたのだろうか。
 そう言えば前から疑問に思っていたが、森乃はどうしていつも皆と一緒に風呂に入らないんだろう。前に俺が森乃と一緒に入ろうと脱衣所に連れて行こうとした時、森乃は顔を青くして本気で抵抗した。それに森乃は暑い日でも長袖を着ていることが多い。服やユニフォームののサイズもやけに大きくぶかぶかで、出会った時から謎の多い奴だ。

「……ん?」

(出会った、時……?)

バッ!
俺は布団が音を立てるくらいに勢いよく起き上がる。

(そうだ!森乃と出会った時…!!)

ぐんぐんと"何か"に辿り着く思考に恐怖さえ感じた。俺は心臓が加速していくのを感じながら、森乃と初めて話したトイレでのことを思い出す。


「あ、ごめん…大丈夫です」

あの日の森乃の声が頭に響く。
(そうだ、あの時…やけに声が高いなと思ったんだ…)
初めて見た時は一瞬、女かと思った。だけど目の前に立っているのはこれからチームメイトになる森乃ゆうきだということが分かり、俺は森乃の声の高さに何の疑問も感じなくなったんだ。ああそうか、こいつは声が高い奴なんだ、と。そう納得した。いやそれが普通だろう。

(他にも……他にも、ある…)

「名字の手、すごい小さいね」
「えっ?そ、そう?」
「うん。なんか丁度良いサイズ」


どくどくと心臓が嫌な音を立てる。俺は、冷や汗すら滲んでいつ自分の掌を見つめた。
(あいつは、手も…小さくて…)
あの時は"丁度良いサイズ"だと言ったけど、本当は心の中で"女みたいな手"だと思っていたんだ。女の手なんて全くと言って良いほど触ったことなんてないけど、俺にだって分かる。柔らかくて、男みたいにゴツゴツしていない。キャプテンの手は何回か触ったことがあるけど、体格や雰囲気が少しばかり女っぽいキャプテンでさえ、その手は"男の手"だった。皆帆も女っぽいが、見れば分かる。皆帆の手も"男の手"だ。
(それなのに、森乃は……)


「あれ?もしかしてトイレで着替えるの?」

「ッ、!!!!」

ぎゅう。布団の形が変わるくらい強く握りしめて、俺は不安定な呼吸を繰り返す。

「更衣室あるんだからそっち使ったら?」
「いやトイレで良いんだ」


(トイレで、良い……?)
そんなの、おかしいだろ。どうしてあの時、もっと疑問に思わなかったんだ。どうしてあの時、おかしいと思わなかったんだ。更衣室があるのに、ちゃんと用意されてるのに、"トイレで良い"だと?(そんな、そんなの…!!)


 

 もし、もしも、瞬の言う通りだとしたら。
(そんなの、ありえるはずがない…、だけど…)
森乃が森乃でなく、"ゆうは"ならば…。

「それって、まるで森乃君に恋心を寄せているようにも思えるんだけどな」

ふと皆帆の言葉が頭に浮かんだ。

(こい、ごころ……?)

森乃は"男"だ。あの時は皆帆の言ってる意味が全く分からなかったし、自分が"男"である森乃に恋心を寄せているなんて考えるだけで鳥肌が立ちそうだった。だけどあの時、確かに感じたんだ。図星に近い何かを。皆帆にああ言われて、確かに焦ってしまっている自分を。だけどそれがもし、俺の今までの森乃に対する態度が、感情が、皆帆の言っているように"恋心"だったとしたなら。

(そんな、まさか………)

森乃が"ゆうは"だとしたら。森乃が男ではなく"女"だとしたなら。


「…――ゆうは…?」


(全て、説明がついてしまう)





 20131103