AIkurushii | ナノ
 それは翌日の練習でのこと。ちょうど練習が休憩に入った時、ベンチの方から可愛らしい声が聞こえた。

「にーちゃん!!」

その声に一番に反応した瞬木は声の主である二人の男の子に駆け寄る。

「瞬!雄太!」

瞬木は満面の笑みを浮かべて二人の名を呼ぶ。瞬木のあんな顔は正直初めてで、驚いたのはきっと私だけではないだろう。


 どうやら二人の男の子は瞬木の弟だそうだ。言われてみれば確かに髪の色も顔つきもそっくりと言って良いほど似ている。二人は瞬君と雄太君というらしい。
しかしさっきから思っていたのだが、私は瞬君をどこかで見たような気がする。思い出せないということは随分と前のことなのだろうが、一体いつだろう。あの顔にも、瞬という名前にも覚えがある。しかし思い出せずにもやもやとしていると、不意に瞬君と目が合った。
(……やっぱり、どこかで…)

「…あれ?」

私がまた首を傾げたと同時に、瞬君も首を傾げて私を見た。
(ん?)
私は彼を覚えていないが、彼は私を覚えているのだろうか。私は瞬君に声を掛けようと思い口を開く。しかしそれは瞬君の爆弾発言により遮られた。


「ゆうは姉ちゃん!!」
「っ、!?」

(そうだ、思い出した…っ!)
彼のこの笑顔で気付いた。彼は少し前に公園で出会った"瞬君"だ。

 確かあの日は久しぶりにたくさんの絵が描けて嬉しくて、公園の風景を描いていた。そんな私の絵に興味を持って、覗き込んできたのがこの瞬君だった。瞬君はとても礼儀が正しくてしっかりしていて、私に「かいてるところ、見ててもいいですか?」と尋ねてから隣に座ったのだ。
瞬君は私の絵を素直な気持ちで褒めてくれた。それが嬉しくて私は瞬君に名前を教えた。しかし今、それがピンチを生むことになってしまうとは。

「ね!!ゆうは姉ちゃんでしょ!!」

 瞬君が目をきらきらさせて私を見つめるのだが、それを見て周りの皆は唖然としていた。

「こら瞬、何言ってるんだ」
瞬君の頭を優しく叩いて、瞬木が沈黙を破る。そりゃそうだ。瞬木やチームの皆からしてみれば「ゆうはって誰?」ってなるだろうし、「何言ってるの?」ってなるだろう。だけど瞬君の言ってることは正しいし私は"ゆうは姉ちゃん"だ。瞬君には本当に申し訳ないが、男装していることがバレたら色々と大変なため、とぼけさせてもらうことにした。

「森乃は男だぞ?誰かと間違えてるんじゃないのか」
「え!ゆうは姉ちゃんは女の子だよ!」
「だからそのゆうはって誰なんだ?」
「ゆうは姉ちゃん!!」
 
二人の言い合いを聞いて、皆が頭にハテナを浮かべた。私も私で顔を青くしていると、神童が私に問いかける。

「い、一体どういうことなんだ…?森乃は何か知っているのか?」
「あっ…いや、俺は何も……」

すると、私を"ゆうは姉ちゃん"と言って聞かない瞬君に対し呆れ顔の瞬木がちらりと私を見て申しわけなさそうな顔をした。私が苦笑いで返すと瞬木は瞬君の耳元に顔を持っていき、小さな声で何かを伝えたようだ。その途端に瞬君は大人しくなり、眉を八の字にさせて言う。

「ゆうき兄ちゃんごめんなさい。似てたからまちがえちゃって…」
「!」

きっと瞬木が、そう言えと言ったのだろう。未だに私の顔を見て「ゆうは姉ちゃん」と言いたそうにしている瞬君の顔に気付かないフリをして
「大丈夫だよ。間違いは誰にでもあるモンだからな」
と返した。

 その後、私は"ゆうき兄ちゃん"という名で改めて瞬君と仲良くなった。
二人きりになると途端に瞬君は小さな声で「ほんとにゆうは姉ちゃんじゃないの?」と聞いてきたが、私は罪悪感でいっぱいになりながら「違うよ」と答えた。


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