AIkurushii | ナノ
 目が覚めるといつもよりすっきりとした朝だった。体を起こして一番に頭に浮かんだことは昨晩の皆帆との出来事だ。あの皆帆は夢か何かだったのではないだろうか。昨晩はあまり深く考えなかったが、今こうして考えてみると昨晩の皆帆はいつもの皆帆からは考えられない表情や行動を見せた。一応女ではあるが男として接している私を抱きしめるなんて皆帆はどうかしてる。それに抵抗しなかった私も私だが、どう考えてもやはり「夢だった」という可能性でしか説明がつかない。朝からもんもんと色んなことを考えすぎて混乱した頭のまま準備を済ませて食堂に向かった。

「…あ、」
(そういえば)
昨晩は話を逸らされてしまったけど、結局皆帆はどうして食堂であんなに怒ったのだろう。そんな疑問をふと頭に浮かべていると後ろから剣城の声が聞こえた。

「よう、森乃」
「剣城…おはよう」
剣城は片手を上げて挨拶をしてくれたが、どうにも気分が上がらない私は少し目を逸らして挨拶を返した。

「どうしたんだ?具合でも悪いのか」
「えっ、ああ…いや、大丈夫」
「…そうか、なら良い」

剣城がそう言って、沈黙が私たちを覆った。
 食堂が近くなると剣城が急に私の腕を掴んで立ち止まる。何かと思い剣城を見つめれば剣城はさっきより小さな声で言った。

「昨日のことだが」
「昨日?」
「夕飯の時のお前らの会話が聞こえてな、少し耳を傾けてたんだ」
「!…そう、だったのか」
「ああ。…あの時久坂や井吹が言っていた、野咲とお前がその…良い雰囲気、というのは…違うんだろ?」
「えっ」

意外な言葉に思わず目を丸くする。まさか剣城が、ここまで俺のことを分かっていてくれてたなんて。

「まあその…あまり気にするな」
「!」
「あいつらも中学生だから、そういう話が好きなんだろうが…いちいち気にしていると練習にも支障をきたす。それにお前も良い気分じゃなくなるだろうからな」
「剣城……」
「…余計なお世話だったな。こんな話をして悪かった」

剣城が控えめにこちらを見てからまた足を進めた。そんな剣城の言葉がやけに心にぐっときて、私は咄嗟に剣城の手を取った。

「よ、余計なお世話じゃないよ!ありがとう剣城!」

そう言って笑いかけると剣城も少し嬉しそうに顔の筋肉を緩める。

「それなら良かった」

そうして二人でまた歩き始めて食堂についた時、そこにいた皆帆の姿に私は思わず視線を泳がせる。剣城が神童の座っているテーブルに向かっていくのを見つめながら、今は一人にしないで欲しいという我儘が浮かんだ。私はさりげなく皆帆の座っているテーブルから離れたテーブルに座る。するとたまたまそのテーブルに座っていた鉄角と目が合って「おはよう」と挨拶を交わした。
 それからしばらく鉄角と他愛もない話をしていると不意に皆帆の方に視線がいってしまう。昨晩のことをこんなにも気にしているのは自分だけなのだろうか。皆帆はどう思っているんだろう。私が食堂に入ってきたことに皆帆も気付いているはずだ。やっぱり気まずいとか、そういうことを思っているのだろうか。

「…!」

鉄角の話もあまり耳に入らずに皆帆を見つめていると、バチッと目が合ってしまった。
(うわ!)気まずいくらいにお互いの視線が絡み合ってしまい、気付かないフリをして目を逸らすのは不可能だと感じる。私がどう対応しようか焦って皆帆から目を逸らせないでいると、予想外なことが起きた。

「森乃君、おはよう」
「っあ、お、おはよう…」

なんと皆帆は笑顔で挨拶をしてきたのだ。
やっぱり昨晩のことは夢だったのだろうか。それとも皆帆はあまりこういうのを気にしないタチなのだろうか。それとも、それとも…。ついに頭はパニックになってしまって、鉄角が「どうしたんだ?」と心配してくれてるのもそっちのけに考え出た結論は、"昨晩のことは忘れよう"というものだった。





 全員が食堂に揃うとキャプテンがそれを確認してから立ち上がる。

「皆!急だけど今日の練習は中止になったから今日はゆっくり休んでくれ!」

そう言ってまた座ったキャプテンが神童や剣城と何か話をしていたのが見えた。それと同時に、キャプテンから知らされた突然の知らせに食堂は一気に騒がしくなる。隣に座っていた鉄角も「じゃあ今日は久しぶりにスポーツショップにでも行くか!」と嬉しそうにしていた。そんな皆を見ながら、私は特にやりたいこともなかったから部屋で絵を描こうと考える。
 朝食を終えると次々に食堂を出ていくチームメイト達。私も昼食を終えて食堂を出ようとすると、出入り口で誰かを待っている皆帆の姿が目に入った。
皆帆は私を見るとこちらに近づいてきて私の目の前で立ち止まる。そして

「森乃君。せっかくの休日だし君と一緒に行きたいところがあるんだけど、どうかな」
そんなことを言った。
私は少し、いやかなり吃驚したけど首を傾げて問いかける。
「行きたいところ…?」
「うん」
皆帆は笑顔で頷く。
 少し考えたが、練習も中止になって暇だし、本当は絵を描きたかったけれど別に断る理由にはならなかったから私は皆帆と一緒にその「行きたいところ」に行ってみることにした。


 20131006