AIkurushii | ナノ
(皆帆視点)


 森乃君が脱衣所に入り、残された僕と瞬木君の間には重苦しい空気が流れた。
明らかに僕に敵意を見せていた瞬木君がさっきよりも低い声で沈黙を破る。

「で。ホントは何しに来たわけ?」
その質問の意図は、何となく分かった。瞬木君は今ものすごく機嫌が悪いだろう。たぶん原因は、僕が森乃君と瞬木君のやり取りを邪魔したから。

「森乃君の焦った声が聞こえたからだよ」
「へぇ。森乃の焦った声聞こえたから?それだけの理由でここに来たの?」
「そうだよ」
僕がそう答えると瞬木君は明らかに眉間に皺を寄せた。

「君はよく森乃君のことを見てるよね。それに僕が森乃君と話している時、君はすごく冷たい顔で僕たちを見てる」
「!」
「それって、まるで森乃君に恋心を寄せているようにも思えるんだけどな」
「っは…自分が何言ってるか分かってる?」
「もちろん」
「森乃と俺は男同士だし、恋心だとかそんなふざけたこと言うなんて皆帆らしくないんじゃない?」
「…僕はただ、自分の中に浮かんだ可能性を言っただけだよ。ただ君がそんなに焦っているということは、あながち"ふざけたこと"って訳でもなさそうだね」
「!!」

僕がそう言い切ると瞬木君は唇を噛み締めた。彼のこんな表情は始めて見る。
(ふざけたこと、か…)確かにそうなのかもしれない。同性愛なんて中学生の僕たちにしてみれば難しいことだし、それに瞬木君が同性愛者だなんて想像できない。だとしたら瞬木君の森乃君に対する態度は何なんだろう。もし彼が女だったとしたら、簡単に説明が付くんだろうけど。

 しばらく黙っていた瞬木君は壁にもたれかかって僕を見つめた。
「そういう皆帆だって、おかしいんじゃないのか」
「それはどういう意味だい?」
「いつも森乃に必要以上に構ってるよね。さっきだってそうだ。皆帆ってさ、どんなに些細なことにも気がつくくせに自分の繊細な気持ちには気付いてないんだな」
「! 繊細な気持ち…?」
「もう良いよ。俺はもう寝るから」
「ちょっ、瞬木君…」

瞬木君は呆れたように溜め息を吐いて自分の部屋へと足を進めた。僕は何だか、そんな彼を追ってその"繊細な気持ち"とやらを問い詰める気にもなれずにただその場に立ちつくす。


(僕に分からないことは無いはずなのに、)
どうにも僕には理解しきれない"何か"がある。それはきっと、今のままじゃ気付けないだろう。だけどどうしたら良いのか、何をどうしたら気付けるのか。それが分からない。

「森乃君……」

ただ小さな声で彼を呼ぶ。それが本人に届くとか届かないとかはどうでも良くて、ただ僕は自分の中で何か黒いもやもやとした気持ちが湧きあがってくるのを感じていた。


(だけどその正体が、分からない)


 20130917