colorful | ナノ
※阿部視点


 昨日の名前が頭から離れなくて、だからといって自分が名前に何かをしてしまった記憶もない。俺が鈍感なだけか、それとも俺の知らない何かに名前は悩んでいるのか。
朝からずっと名前のことを考えていたら時間はあっという間に過ぎていき、放課後を知らせるチャイムが鳴った時は本気でビビッた。
さて部活に行こうかとエナメルバッグを肩にかけた時、後ろから花井の声がして俺は脱力しながら振り向いた。

「よう」
「花井…」
「何アホみてーな顔してんだ阿部」
「別に。なんでもねえよ」
「そーか?…あ、そういえば今日の部活中止だってよ」
「は?」
「理由は分かんねえけどモモカンから中止って連絡きた」
「…まじか」

俺が窓の外を見てそう呟くと、花井がふいにどこかを指さして言った。
「あいつらさ、」
「あ?」
花井の視線と指をたどると、そこには楽しそうに話す名前と藤代の姿があった。
「最近ミョーに仲いいよな。ずっと一緒にいるし」
「…あー、そうだな」
「なんだよ阿部、妬いてんのか?」
「は?相手は女子だぞ。誰が妬くかっての」

仏頂面でそう返せば、花井はつまらなそうに「そーかよ」とだけ言った。
 少し間があいて、もう一度名前と藤代に視線をやる。机を挟んで会話をする二人は、互いの手を握りあったり目を逸らさずに見つめ合いながら会話をしたりと、なんだか妙にひっかかる。それは、相手が藤代だからだろうか。それとも、名前が誰かと親しげに話しているのが気になるだけだろうか。
(…楽しそう、つーか、たしかに花井の言う通りミョーなんだよな)

 俺が目を細めて二人をじっと見ていると、不意に藤代の視線がこちらに向いた。

「!」

藤代は何秒か俺を見つめたあと、またあの日みたいに勝気に笑ってみせる。
(あいつ……)
よく分かんねえけど、なんとなく、あいつは違う気がする。他の女子とは違う、何か危ないものを感じた。

「…阿部?」

いきなりの花井の声にハッと正気に戻れば、いつのまにか藤代はまた名前との会話に戻っていた。花井は俺を不思議そうな顔で見て、「まあ阿部も早く帰れよ」と残して教室を出て行く。
一人残された俺は、別に名前と帰る約束もしてないし、っていうか昨日あんな対応されたら気まずくて声すらかけられない。藤代は藤代で名前にべったりしてるし、あーもう一人で帰りゃ良いんだろ。吹っ切れたように頭をかきまぜて、俺は教室を出た。

 ふと、学校を出てすぐ近くの公園の前で足が止まる。誰もいない公園は何だか俺を誘っているみたいで、なんとなく、本当になんとなく公園へと足を踏み入れた。
「…なつかし」
パンダの乗り物を見て、そんな言葉が口から零れる。
俺は近くのベンチに座って、気付けばそのまま眠りに落ちてしまった。





「…――隆也」

柔らかくて、けれども心地の悪い声が耳に響いた。うっすらと目を開けると、今まで自分が寝てしまっていたことを自覚する。
 今の声の主を確認するために目をこすって体を起こせば、俺が寝ていたベンチの目の前に、笑顔で立ちつくす藤代の姿があった。
「!…お前、」
「おーはよ。名前の彼氏サン」
「、は…?」
(何でお前が、それ知って…)
そんな疑問さえ湧いたものの、それよりも今はこの状況に嫌な予感しか湧いてこないことが気がかりだった。

 藤代は近くで見てみると本当に整った顔をしていて、きっと俺じゃなかったらこの状況は嬉しい以外の何物でもないであろう。俺が起き上がって距離を取ると、藤代は甘ったるい声で「隆也」と俺を呼び、俺の腕を掴んで引き寄せた。

「…離せよ、」
「あたしの名前分かる?」
「藤代だろ」
「あたり。ねえ、隆也なんで名前ちゃんと付き合ってるの?」
「お前には関係ねーよ。つか名前で呼ぶな」
「名前ちゃんのこと本気で好きなの?」
さりげなく俺の言葉を無視して藤代は笑った。その笑顔に少し苛立つ。こいつはぜってえ、何か企んでる。俺の勘がそう言った。

 気付けば空は暗くなりかけていて、俺は時間を確認する。もう四時過ぎだった。
こんな奴に構ってる暇はないと立ち上がり、その場を去ろうとした時。

「ねえ、ちょっとあたしと話しようよ」

恐ろしいくらいに媚びるような、それでもどこか俺に挑んでいるような声色。
俺はその気味の悪さに、立ち去ることができなかった。


 20130705