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「おーい名字」
「あ、花井君」

それは昼休みの事だった。理杏ちゃんとは昨日初めて話したのに気が合うせいかすぐに仲良くなって今日も二人で話をしていた。するとそこに花井君が話しかけてきて今に至る。私は理杏ちゃんから花井君へと視線をずらして問いかけた。

「どうしたの?」
「ああいや…お前最近、練習観に来ないなって思ってさ」
「!」
思わぬ所を突かれて少し唖然とした。
「あ、みんな新入部員の指導とかで忙しいかなって思って…迷惑かけちゃ悪いし行ってなかったんだ」
「んなことねえって。篠岡だって新しいマネージャー入ったから前より仕事減ったって言ってるし、今日でも良いから久しぶりに観に来いよ」
「え?いいの?」

私がそう聞くと花井君はもちろんと言って笑った。
「それじゃあ…今日の放課後行こうかな」
「じゃあ皆に言っとくから」
「うん、ありがとう花井君」
「良いって。阿部も喜ぶだろうし」
「!」

いきなり隆也君の名前を出されたものだから、つい赤くなって固まれば隣にいた理杏ちゃんが首を傾げて花井君に言った。

「ねえ」
「ん、何だ?藤代」
「花井も知ってるの?名前ちゃんと阿部が付き合ってること」
「え?ああ…つーか野球部の二年は皆知ってる、けど」
「………ふーん、そうなんだ」

花井君が理杏ちゃんの名字を知っていることにも驚いたが、今のやり取りで理杏ちゃんが不機嫌そうな顔をしたことにもっと驚いた。理杏ちゃんは花井君から視線を逸らして私に笑いかける。

「ね、あたしも一緒に行って良ーい?」
「えっ」
「放課後、野球部の練習に」
「あ!もちろんだよ!ねっ、花井君」
「え?あ、ああ…良いけど。藤代って野球興味あったのか?」
「…まあちょっとだけね?そこまで詳しくはないけどルールくらいは」
「なんか意外だな」
「何よお、失礼ね!」
「あー悪い悪い。とにかく放課後、待ってるからな」
「う、うん。ありがとう花井君」

私達のやり取りが終わると、花井君は急いで教室を出て行った。それに続いて理杏ちゃんがトイレに行き、私は一人になってしまう。
一人になったことに少しだけ肩を落として席に座った。すると後ろから肩を叩かれて振りかえる。

「!あ、」
「よう」
そこに立っていたのは隆也君だった。

「な、何か久しぶりだね…」
「まあお互い忙しかったからな、色々と」
「うん。…あ、新入部員はどう?」
「んー、まあまあだな。上下関係厳しくするつもりは無いんだけど、でもそれにしては年上のこと舐めすぎっつーか…生意気な奴がいてさ」
「そ、そっか。大変だね…」
「名前がマネージャーやってくれりゃ少しは助かるけどな」

そう言われて苦笑いを返してしまった。
私は野球のルールもよく知らないし、隆也君と付き合ってからは少しでも知りたくて野球のこと調べたりしたけどそれでも難しくてよく分からなかった。だけど隆也君もそのことは知ってて理解してくれてるみたいだから、冗談だよなんて笑い返してくれる。
本当は力になりたいって思ってるのに、やっぱりどうしても迷惑になっちゃうよな、なんて考えばかりが浮かんでくるのだ。

「んな顔すんなって」
「あ…ご、ごめん」
「…あのさ」
「?」

ふいに真剣な顔つきでそう切り出した隆也君に首を傾げれば、隆也君は小声で言った。

「さっき花井と何話してた?」
「?えっと…今日の練習観に来いって言われて、」
「っお、お前、今日来んのか…!?」
「えっ?」

急に顔を青くした隆也君に少しショックを受けた。もしかして私は行かない方が良いんだろうか。
「や、やっぱり、迷惑…かな」
「は?いやそういうわけじゃねえけど、あー…えっと、」

隆也君は気まずそうに視線を逸らした。言葉を途切れ途切れに発するけれど私には上手く伝わらなくて心配そうに見つめると隆也君は頭をくしゃっと乱しながら口を開く。

「…後輩に、会わせたくないんだよ」
「え?」
「だから!その、何つーか…」
なかなかハッキリしない隆也君に更なる不安を覚える。どうして私と後輩を会わせたくないのか理由を知りたいけど、これ以上隆也君を困らせたくなくて。私は思わず笑顔を作った。

「わ、分かった!私と隆也君のことは、後輩の子には秘密にするから!」
「!」
「ね?だから、えっと…」
「あ、のさ」
「なに?」
隆也君が私の肩を掴んだ。それにさえドキッと心臓が高鳴って思わず隆也君から目を逸らしてしまう。

「一年の…美坂って奴、」
「み、さか…?」
「そう。そいつにだけは近づくなよ?」
「え?な、何で、」
「良いから、絶対だぞ。分かったな?」
「わ…分かった」
「…そんじゃまた放課後な」
「う、うん」

隆也君はそれだけ言って去って行った。私はぽかんと口を半開きにして考え込む。
 美坂って子に近づいちゃいけないのはどうしてなんだろう。隆也君の考えていることや言った事の意味がわからなくて、すごく不安になる。頭の中が不安で一杯になってしまって暗い気持ちで俯いていると理杏ちゃんがトイレから戻ってきた。


 それから時間はあっという間に流れて授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。すると理杏ちゃんが真っ先に私の席まで来てくれて、私達は一緒にグラウンドへ行くことにした。

「名前ちゃん、さっき何かあった?」
「え?」
「あたしがトイレから戻ってから、ずっと暗い顔してる」
「そ、そう、かな…?」
「何かあったなら相談乗るけど、」
「ううん、大丈夫!」
「そう?なら良いんだけど…」

理杏ちゃんは少し不満そうに私を見つめたけど、またすぐに笑ってくれた。それから二人でグラウンドに入ると、去年より多くの部員がこちらを見る。思っていたよりも多い一年生の人数に驚いていると泉君が声をかけてくれた。

「おー名字じゃん、久しぶりだな」
「本当だね。練習どう?」
「今んとこは順調かな。大会はもーちょい先だから今はとことん基礎練習って感じ」
「そっか、なら良かった」
「おう」

泉君との会話が終わると、千代ちゃんの姿を見つけたから思わず駆け寄りそうになった。だけど隣には理杏ちゃんがいる事を思い出して何だか申し訳なくなってしまう。だけど理杏ちゃんはそれに気付いたのか「ああ、あたしのことは気にしないでいいよ」と言ってくれたため私は千代ちゃんに走り寄る。

「千代ちゃん!」
「っあ、名前ちゃん!久しぶりだね!」

千代ちゃんは私を見た途端に明るい顔をして返してくれた。それが何だか久しぶりで思わず頬が緩む。

「名前ちゃん髪切ったのすごく似合ってるね」
「そんなことないよ、でもありがとう」
「あはは、本当のこと言っただけだよ」
そう言って柔らかく笑った千代ちゃんに思わず恥ずかしくなりながらも笑い返した。すると新しいマネージャーが入ったことを思い出した。
「あ、そういえば新しいマネージャーの子入ったんだってね」
「うん!そうなの、すっごい良い子なんだよ」

千代ちゃんは私とは違う方向に指をさして、「あの子だよ」と言った。その指先を辿ってみれば、そこには肩より少し下の長さの髪を後ろで一つに結んだ一年がいた。

「でも順調そうで良かった」
「ありがとう名前ちゃん、去年は本当に色々と助けてもらって…」
「ううんそんなことないって!私だって助けてもらったからさ」

千代ちゃんのおかげで私は友達の大切さを知ることができた。たくさん傷付けたりもしたけど、それでもこうやって笑い合ってくれる千代ちゃんに胸が温かくなった。
「これからも改めてよろしくね」
そう言った千代ちゃんに、私も笑顔で返す。
「私の方こそよろしくね、千代ちゃん」

 そんな私達のやり取りを見ていたあの子の視線にも気付かずに、私は千代ちゃんの手伝いをしながらしばらく笑い合っていた。



 20130407