colorful | ナノ
 授業が終わった頃、千代ちゃんからメールが来た。内容は、名前ちゃん髪切ったんだね!すっごく似合ってたよ!とのことだ。直接言いに来ないということは、きっと千代ちゃんも新入部員のこととかで色々と忙しいんだと思う。もうしばらくは見学に行かない方が良いかな、邪魔になっちゃうし。私はそんなことを考えながらありがとうとメールを返した。
椅子に座ったまま背伸びをして、眠いなーなんて目を擦る。すると、隣に影ができたから誰かと思い視線を隣に移した。そこに立っていたのは明るい笑顔を浮かべたクラスメイトの女子だった。

「名字さんあたしと同じシャーペン使ってるね」
「えっ」
彼女が顔の横にシャーペンをちらつかせる。確かに彼女が持っているのものは私と同じ色で同じ柄のシャーペンだった。
「ほんとだ、おそろいだね」
そんなノリで返してみれば、彼女は嬉しそうに笑った。

「ねー、あたし、前から名字さんと話したいなぁって思ってたの」
「そうなの?」
「うん!ね、良かったらあたしと友達なんてどうかなあ」
「も、もちろんだよ!私でよければ、」
「名字さんが良いよ」
「へ、」

彼女は優しく笑って私の前に席に座る。すると体をこちらに向けて、机に頬を寄せながら私を見つめた。上目遣いをされると相手は男子でもないのに思わずどきっとしてしまうのは何でだろうか。

「あたし、藤代理杏ってゆーの。理杏って呼んで?」
「…理杏ちゃん?」
「それで良いよ。あたしも名前ちゃんって呼ぶね」
「うん、よろしくね」
「よろしく!名前ちゃんってさぁ、睫毛長くてお人形さんみたいだ」

理杏ちゃんは大人びた表情を見せてそう言った。お人形さんだなんて、そんなことないと思う。むしろ理杏ちゃんの方が大人びててメイクもしてないのにモデルさんみたいだしお人形さんみたいだよ。と言おうとしたけどそれは理杏ちゃんの言葉によって遮られた。

「名前ちゃん二年になってから髪切ったよね、あたしそっちのが好きだな」
「そう?あ、ありがとう」
「切る前、けっこー長かったよねえ?もしかして失恋でもしたの?」
「う、ううん!むしろその逆、かな…」
「え」

この時はじめて理杏ちゃんの顔から笑顔が消えた。
理杏ちゃんは唖然と私を見つめながら、「それって…」と続ける。

「彼氏いるの?」
「う、うん」
「だれ?」
「隆也君…」
「えっ、阿部!?」
「こ、声大きいよ…!」
私が焦ったようにぶんぶんと顔の前で手を振ると、理杏ちゃんはごめんごめんと口を押さえた。それからじっと私を探るように見つめて、また目を逸らす。それが何回か続いて、理杏ちゃんはさっきより元気のない声で言った。

「あー、ああ、そっかぁそうなんだ。お似合いだと思うな、でも阿部ってあれじゃん。野球ばっかで恋愛とか全然興味なさそうなのに…」
「そ、そうでもない…と思うよ」
だって私が三橋君を好きって知った時も、阿部君は何かにつけて突っかかってきたし…多少はあるんじゃないだろうか。私が思うにだけど。
「でもさぁ」
理杏ちゃんがクスリと笑って私に顔を近づけた。思わず反射的に身構えてしまったが理杏ちゃんはそんなのお構いなしに私の髪を撫でるように触る。

「名前ちゃんが可愛いからじゃないの?阿部もきっと恋愛は興味無いけど名前ちゃんのこと好きになっちゃったからぁ、みたいなね」
「…そ、うかな……?」
「ホントかは保証できないけど。でも名前ちゃんって野球部の男子とかと仲良いよね?一年の時、よく田島に抱きつかれてたでしょお?あたしそれ見て、てっきり田島と付き合ってるのかなあって思ってたんだけど…阿部かぁ」
「い、意外…?」
「あはは、まあね。でも名前ちゃんって、阿部と…」
「?」
「あ、ううん。」
理杏ちゃんは、しまった、って顔で口を閉じた。それから少し目を泳がせて、また笑う。
「なんでもないよお」
その笑顔は明らかに不自然だったけど、それから少し喋ったらまた元の笑顔に戻っていた。
 チャイムが鳴ると皆が下校し出して、理杏ちゃんが一緒に帰らない?と誘ってきたからお言葉に甘えることにした。隆也君も忙しそうだし、今日くらいは我慢しようかな。結局今日も朝以来、喋れてないし。新入部員が慣れるまではあんまり面倒かけちゃいけないよね…。
理杏ちゃんと二人で昇降口を出る時、石に躓いてよろけた私の手を理杏ちゃんが優しく掴んで、抱きしめた。私が「ありがとう」と言っても理杏ちゃんはなかなか離してくれなくて、不思議そうに理杏ちゃんを見つめると理杏ちゃんはどこか別の場所を真っ直ぐな目で見つめていた。

「理杏ちゃん……?」
だけどすぐにその場所に居る"誰か"に向かって勝気に笑う。その顔は少しだけ、意地悪な感じがした。
 私が本格的に疑問に思い始めると、理杏ちゃんは満足そうな顔をしてサッと私から離れる。「ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃって」と理杏ちゃんは言ったけれど、さっきのは明らかにぼーっとしてた顔じゃなかった。まあ別に、そんなこと気にしてもしょうがないんだろうけど。

学校を出てしばらく歩きながら喋っていればそんなこともすぐに忘れて、私は楽しい気分で帰宅することができた。別れ際に理杏ちゃんは「また明日ね」と手を振ってくれる。女の子の友達と一緒に帰ったことは全然なくて少し緊張したけれど、理杏ちゃんとは仲良くなれそうな気がした。


(これが、更なる非日常のはじまりだった)


 20130328