colorful | ナノ
 隆也君は私のことなんか飽きてしまったんじゃないか。私がこんなだから、もう好きって思ってくれていないんじゃないか。そんなマイナスなことを思う時間が増えた。
そりゃあ私は隆也君のことが大好きだから不安になる。だけど隆也君が違うんじゃないか、とか。考えても仕方はないし考えれば考えるほど自分勝手に隆也君と気まずくなってしまう。

いつも通りの休み時間なはずなのに私のテンションだけがずんずんと沈んでいく。気付けば休み時間も残り三分。今のうちにトイレでも行こうかと思った時だった。

「名前ちゃん」
「!あ…理杏ちゃん、」
急に後ろから肩を叩かれて振り向けばそこには理杏ちゃんが立っていた。
「どこか行くの?」
「うん、トイレ行こうかなって…」
私がいつもよりゆっくりとした口調でそう言うと、理杏ちゃんは心配そうに眉を八の字にさせる。優しく私の頭を撫でながら理杏ちゃんが言った。
「具合悪そうだよ?もしかして生理?」
「う、ううん…ちょっと気分上がらなくて」
「そっかあ。でも保健室行った方が良いんじゃない?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

素直に笑って感謝すると理杏ちゃんは何か言いたげな顔で私を見つめた。
(…?)
何かと思い首を傾げて見つめ返すと、理杏ちゃんは少しだけ視線を落として口を開く。

「あのさ、篠岡さんって」
「千代ちゃん?」
「、」
まさか理杏ちゃんの口から千代ちゃんの名前が出てくるとは思わなかったから少し吃驚したようにそう問うと、理杏ちゃんはハッと私を見てから、また気まずそうに目を逸らす。理杏ちゃんの視線がだんだんと下に下がっていくのが不自然だったから「どうしたの?」と聞いてみれば理杏ちゃんはぶんぶんと小さく首を振り、言った。

「う、ううん。なんでもないよお。篠岡さんって、良い子だね」
「…?うん…千代ちゃんはすごい良い子だよ」
「名前ちゃんさあ、篠岡さんとはいつから仲良いの?」
「えっと…確か一年の始め頃だったかな」
「そうなんだあ…すごく仲良いよね。二人って」
「そ、そう見えるかな…?」
「うん。篠岡さんって、名前ちゃんのことすごく好きなんだと思うよ」
「あはは、嬉しいな。私も千代ちゃんのこと大好きだから」
「!」

そんな私の言葉に反応した理杏ちゃんは、少し間を開けて「そうなんだあ」と笑った。だけどその笑顔は何だかぎこちない、無理に作った笑顔。それがすごく気になって引っ掛かったけど、あまり触れはしなかった。

「あ、もう授業はじまるね」
そう切り出してみればタイミングよくチャイムが鳴る。理杏ちゃんは自分の席に戻っていき、私も次の授業の準備をした。
 不意に隆也君の席に目をやると、そこに隆也君はいなかった。
(あれ…?)
朝はいたハズなのに。何時の間に、どこに行ったんだろう。私が不思議にそう思っていると少し離れたところから小さく折った紙が飛んできて私の机の上に落ちる。なにかと思い紙を開いてみると、そこには見覚えのある汚い字で「阿部は保健室行ったぞ」と書かれていた。この字は花井君の字だ。
少しばかり離れた花井君の席に目をやるとばっちし目が合ったものだから少し焦ってしまう。すると花井君が「大丈夫か?」なんて口パクで言ってきたから、右手でオーケーのサインを作り見せつけた。(心配してくれてありがとう、花井君)

それから授業がはじまり、私は何だか隆也君が心配で仕方がなくなってしまう。
(風邪、とかかな?まさかサボりではないだろうけど…)
そんなことばかりを考えていて、まともに授業なんて集中できない。それに、またマイナスな考えが浮かんできて居てもたってもいられなくなった。

 ガタンと少し音を立てて席を立つ。
「あの、先生…具合が悪いので保健室に行ってきます」
先生に聞こえるように大きめの声でそう言うと、ちらりと振り返った先生が「あら大丈夫ですか?それじゃあ保健委員の人、名字さんを保健室まで連れて行ってあげて下さい」と言ったから私は慌てて「あ、えっと…一人で行けます」と言い教室を出た。

ぴしゃりとドアを閉めて廊下を進んでいく。授業中の廊下はすごく静かだ。
階段を下りて保健室のある一階まで向かうと、すぐに保健室が見えてきた。しかしドアには「不在」と書かれたプレートがぶら下がっており、私は足を止める。(あれ?隆也君は保健室に行ったハズじゃ…)そう混乱しつつドアに手を掛けてみると、保健室の先生はいないはずなのにドアはすんなりと開いてしまった。

「…!」
五つほど並べられたベッドの中にひとつだけカーテンが閉め切られたものがあった。きっと、中で寝ているのは隆也君だろう。そう思った私はなるべく足音を立てないようにしてベッドに近づく。これで間違っていたらとんでもない事になりそうだが、思いきって少しだけカーテンを開けるとやはりそこには見慣れた黒髪が布団からはみ出していた。
「たか、や君…?」
そう呼びかけてみても返事はない。私はカーテンの隙間から中に入り、ベッドのすぐ隣まで近づいた。少しだけ布団をずらして顔を確認する。(やっぱり、隆也君だ。)

不安な気持ちを押し込めて、そっと髪を撫でた。するとそれにピクリと反応した隆也君が少しだけ目を開いて私を見る。
「っ、名前…!?」
隆也君は焦ったように目を見開くと次の瞬間バッと起き上がり私と距離をとった。
私も私で相当驚いてしまい、まさか撫でただけで起きるなんて思わなかったから「ご、ごめんね…その、起しちゃって、」と弱弱しく謝罪する。隆也君はしばらく何も言わずにただ驚いていたけど、すぐに落ち着いた表情に戻り私に言った。

「名前も具合悪いのか…?」
「あ…ううん、私は別に…隆也君が席にいなかったからどうしたんだろうと思ってたら、花井君が保健室にいるって教えてくれて…だから、その」
「…あー、もしかしてわざわざ様子見に来てくれた、とか?」

そう言われ、恥ずかしさに真っ赤になりながら頷けば隆也君はがしがしと自分の髪を掻き混ぜた。
「ありがと、な」
「!」
思わぬ言葉に余計恥ずかしくなり「ううん、どういたしまして」と返す。

お互いに何を話したら良いのか分からずに少しばかり沈黙が続いた後、隆也君が口を開いた。
「あのさ、ひとつ謝りたいんだけど…」
「え?」
隆也君は何やら気まずそうに目を逸らす。
「ほら、この前名前が野球部の練習みに来たいって言った時、なんか俺、後輩に会わせたくないとか色々言っただろ…あれ、悪かった」
「!」
それはまさに今まで私が悩んでいた原因であり、まさかその話を隆也君から切り出してくるとは思わず少し吃驚した。
「あと、美坂ってやつのこと。あいつホントに生意気なんだよ、たぶん名前が俺の彼女って知ったらぜってェちょっかいかけるだろうと思って…だから会わせたくなかったっつーか、美坂のことだから何かしら名前に悪いこと吹きこむだろうし」
「…そ、そうだったんだ…」

なにより、隆也君が話してくれたことに安心した。どうして隆也君が私を後輩に紹介したくなかったのかを知れたから。
隆也君はその美坂君から私を守ろうとしてくれていたんだ。

「そういやお前、美坂と喋ったのか?」
「あ…うん、少しだけ」
そう答えると隆也君は血相を変えて私の両肩を掴む。
「何もされてねえか!?」
その心配の仕方は少し大袈裟に思えたけれど、実際私が美坂君に言われた言葉を思い出して、ああこの心配の仕方は当たり前かなと思った。

「俺と浮気して下さい」

そりゃ確かに、いきなりあんなこと言われて驚いた。だけど、どうせ冗談だろうし。年下にからかわれた程度のことだと思っているから隆也君を心配させないように笑顔で答えた。
「ううん、なにもされてないから大丈夫だよ」
すると隆也君は本当に安心したような顔になって、「良かった」と頬を緩ませた。
しかし不意にあの時隆也君と千代ちゃんが二人で話していたのを思い出してしまい、私はまた暗い表情で隆也君に問いかける。
「あ、あの、隆也君…」
「?」
「…その、千代ちゃんのこと、どう思ってる?」
「、は?」

少し驚いたように私を見つめる隆也君の視線から逃げるように俯いた。隆也君は唖然としたような口調で「や、別に…普通にマネージャーとして信頼はしてるけど…」と答える。
「ほ、本当に?好きとかじゃない?」
思いきってそう問いつめてみると、隆也君は吹きだすように笑いだした。
「ぶっ…お前さ、何に悩んでんだよ…っくく、」
「な、なんで笑うの!」
「だって、ふはっ、お前…!」
あまりに隆也君が笑うものだから少し怒ったように睨みつけると「やべ」みたいな顔した隆也君が私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「いいかよく覚えとけ。俺はお前以外の女を好きになったりしねーよ、馬鹿」
「!」

そう言った隆也君はすごくすごく格好良くて、優しくて温かくて。まるで今まで悩んでいたことが小さな事に思えてきた。
(ああやっぱり、あの時二人が話してたのは部活のことだったんだ…)
安心しすぎて、私はそのまま隆也君に抱きついた。


「隆也君、大好き」

すると隆也君はいつものようにそっと私を抱きしめしめる。
「俺の方がずっと、お前のこと大好きだよ」
その言葉が、この前とは打って変わって嬉しくて、私はぎゅうっと隆也君の首に腕を回して強くだきしめた。しかし隆也君は不意に静かな口調で「あのさ」と私に問いかける。

「お前、最近藤代と仲良いよな」
「?…うん、理杏ちゃんすごく仲良くしてくれるんだ」
「あいつさ…」
「、どうしたの?隆也君」

隆也君の言いたいことが分からずに首を傾げると、隆也君は何か言いたそうな顔をしたけどすぐに口をぎゅっと結んで、「いや…何でもねえ」と私を抱きしめた。
結局隆也君が何を言いたかったのか分からずじまいだったけれど、それ以上に私は安心していたから授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると「俺しばらく休んでるから」と言い布団にもぐりこんだ隆也君を見て「分かった」とだけ返してすぐに教室へ戻った。

 今までの不安が全部消えたようで安心しながら廊下を歩く。
隆也君さえ良ければまた練習みに行きたいな、なんてそんなことを考えていた。


 20130806
もしかしたら書きなおすかもしれないです。