colorful | ナノ
※阿部視点


「ねー隆也君」
藤代が俺にすがるようにして体を寄せた。
――うっぜぇ。
心の中でそう吐き捨てた俺は、相槌さえ打たずに藤代の話に耳を傾ける。藤代は楽しそうに俺に言った。
「もう名前ちゃんとシたの?」
「、」
ぎくりと体が反応すると、藤代が笑った。
「あ。ロクにえっちもできないんだ」
「っだま、…れよ」
「なに?聞こえなーい」
目を細めて笑う藤代に殺意が湧く。けれどムキになったら負けだと思い藤代を無視し続けた。すると藤代はそれが面白くないのか不機嫌になり俺を見つめる。

「…隆也」
答えたくなかった。藤代が名前の話をする度に、なんか、こう、すっげー苛々してドス黒い何かが俺を支配しようとする。
「名前ちゃんのこと諦めてよ」
「は?」
まさかの言葉に呆れながら初めて口を開いた。俺が藤代を睨むと藤代はまた気味悪く笑って俺の頬に触れる。

「触んな」
「隆也ひどぉい。私マゾじゃないんだからもっと優しく言って」
「知るかよ。興味ねーし」
「まあ怖い。ねえ隆也、あたし本気で言ってるから勘違いされないよう言っとくけど、」
藤代の髪が少し揺れる。どこか妖艶なその髪も表情も、好きな女でなければ興奮さえしない。欲情もしない。むしろ不愉快だ。
 藤代はそのまま俺を見ながら言葉を続けた。それがまさか、
「あたしはレズだから」
こんなことを言うなんて。

「ねー隆也、聞いてるの?」
「聞きたくもねえ」
「あたし怒らせたら怖いよ」
藤代がそう言って笑う。やけに、背筋が凍った。(こいつが、怖い…?)
「名前ちゃん襲っちゃうかも」
「っ、!!」

 その瞬間、俺は無意識に藤代の腕をこれでもかと言うくらい強く掴んで、言い放った。
「んなことしたら本気で殺すから」
「じゃあキスして」
「…ふざけんなよ。レズが何言って、」
「ねえキスできない?名前ちゃんの処女と自分の唇、どっちが大事?」
「っ、てめぇ…!!」
「顔こわいよ?隆也ぁ」
「、」
やばい。今、本気で殴りそうになった。
俺は浮かせた拳を下ろし、歯を食い縛る。むかつく、むかつく。名前がこんな奴に目ぇ付けられたことも、こいつが存在してることも。
 俺が黙ったままでいると、藤代が俺の腕を掴んで「隆也、」と急かした。
名前の処女と俺の唇だなんて、そんなの名前の処女のが大事に決まってる。でも、俺が藤代とキスしたらきっと名前は泣く…と、思う。どちらにせよ俺は名前を守れないような気がして、もうやけくそに藤代の肩を掴む。そのまま顔を近付けてかなり控え目に唇をくっ付けた。

「……ん、隆也」
唇を離せば藤代はクスリと笑って「隆也ってほんとに名前ちゃんのこと好きなんだ?」と聞いてきた。愚問だろ。
「好きに決まってんだろ、馬鹿か」
「あたしも好きよ」
「、」
「名前ちゃんって可愛いよね。馬鹿みたいに素直だし優しいし照れ屋で涙もろくて、それに処女だし」
「…お前、気持ち悪い」
「よく言われる」
「……名前はお前のことなんか好きになんねーよ。まず女だし」
「襲えば案外落ちちゃうかもよ?」
「あいつ、俺にゾッコンだから」

やべ、自分で言って自分で引いた。なんだよゾッコンて。阿呆か俺は。
しかし藤代はわりとマジに捉えたらしく、俺を睨むように見つめながら「今に見てなさい」と目で語った。そしてズカズカと公園を出ていく。

俺は一人で空を見上げて、ため息を吐く。明日から名前が何をされるか分からない不安と、自分への説教。


(もっと俺が、ちゃんと名前を守らなきゃいけない)


20130705