sekirara | ナノ
 キルア君に嫌われた。私は電車に揺られながらショックを受けていた。キルア君に捕まれた手首がじんじんと傷んで、まさに嫌われてるって実感させられる。私は、何か彼の嫌がるようなことをしてしまったのだろうか。もはや存在がうざいとかそんな感じなのだろうか。どちらにせよショックだ。

 私はがっくりと肩を落としながら、また先程の着信履歴のことを思い出した。電話をかけてきた人物は、以前私に声をかけてきた同じ中学の先輩だった。私が売春を始めたきっかけは、彼が声を掛けてきたことなのだ。お互いの名前など教え合いもしなかったが、顔だけはしっかり覚えてる。彼と初めて体を重ねたあの日のことも。


「いつになったらやめるんだ?こんなこと」
ふと頭に響いた彼の言葉。彼の声も、忘れることはなかった。
 優しい声色の落ち着いた口調で、彼は何度も何度も私に同じ質問をした。いつになったらやめるのかと。あの頃の私には、やめるなんて考えられなかったけど。

「……、」
薄く息を吐いて、車両の窓から外を眺めた。
 彼とは高校に上がると同時に関係を切った。というよりは私が逃げたことになるだろう。なのにどうして今更、私に電話なんかしてきたのか。彼は私の名前も知らないし、知っているのは電話番号だけ。所詮は遊びだと、そう思い込んでいた。彼も遊びとして私とセックスをしていたはずだ。なら、今更連絡する必要なんてないだろう。
考えれば考えるほど分からなくなる。私はしばらく携帯を見つめてから、ポケットに押しんだ。忘れよう、うん。

それから私は電車をおりて家へと向かう。明日また、キルア君は図書室に来るのだろうか。だとしたら謝りたい。きっと馴れ馴れしくしたから怒ってるんだ。それか他に理由があるなら知りたい。
 しばらく電車に揺られていると、いきなり電話が鳴ってびくりと肩を震わした。慌てて携帯を取り出せば、ディスプレイにはまたあの番号が表示されていた。

「、」
震える手で通話ボタンに触れる。押して良いのか、不安だった。だけど私は少し迷いつつも通話ボタンを押した。

「もしもし」
『今度は出てくれたんだな』
「……いまさら、何ですか」
携帯越しに聞こえた彼の声。忘れることなんてなかった。私は視線を落として彼の言葉を待つ。すると彼の声が、また聞こえた。

「もう、やめられたようで、良かったじゃないか」
「え…?」

携帯から聞こえる声と、リアルに聞こえる声。二つの声が同時に耳に入ってきて、私は思わず携帯を耳から話した。気付けば目の前に立っている男の人が私を見下ろしていることに気付いてそっちに視線をやれば、そこに立っていたのは、まさに今電話をしていた相手。

「、なっ…!」

 ――なんでここに、この人が…
驚きのあまり何も言えずにただ彼を見つめる。すると彼は軽く笑ってふざけたように口を開いた。

「驚いた?俺も驚いたよ。だって俺とあんたが同じ制服着てるんだから」
「!?」
そう言われて思わず自分の制服と彼の制服を交互に見れば、確かに同じ高校のものだった。私の手から携帯が滑り落ちて車両の床を滑って壁にぶつかった。それに気づいた周りの人が私をチラチラと見る。だけど私はそんなのにも気づかず、ただ、彼を見つめていた。

「改めて、久しぶり」
薄く笑ってそう言う彼に、私は思わず席を立って携帯を拾いに走った。幸い、車両には人が数えられるくらいしかいなくて余裕を持って動き回れるくらいのスペースがあった。急いで携帯を拾って隣の車両へと走れば、すぐに後ろから手が伸びてきて私の腕を掴む。

「っや、め…!!」
「逃げるなよ」
「は、離して…」
やっとの思いで発した声は掠れていて、私は視線をずらして腕を振り払おうと暴れた。しかし彼の力は強く、なかなか逃げられない。するとちょうど私の降りる駅に到着して車両のドアが開く。それと同時に私は彼に思いきり体当たりしてそのまま逃げた。急いで改札を出て家まで走る。心拍数が上がって、心臓が破裂してしまうかと思った。

「もう、やめられたようで、良かったじゃないか」
高校に入ったらやめようとは思っていた。だからこうして実際、やめることができた。それなのに彼の顔を見た途端、そして声を聞いた途端、胸が苦しくなってまたあの日のことを思い出してしまう。
 絶望的な気持ちから来た頭痛に、私は強く目を瞑って必死に耐えた。


 20130304
車内で電話したり暴れたりするのは良くないことですよね書いてて思いました(^o^)