sekirara | ナノ
「じゃあね、キルア」
「おー。またな」
ひらひらと手を振るゴンに背を向けた。
 ゴンは徒歩通学で俺は電車通学だから、この駅前の交差点で俺たちはいつも別れる。ゴンと別れてから駅の改札を抜けてホームへ向かう。今日は、またあいつと話をした。
 あの日はじめて出会った苗字名前という上級生は、あまり良い印象ではなかった。誰にでもへらへらするっつーか、作ったような笑顔が印象的だったから。そりゃ無愛想よりはマシだけど、あそこまでへらへらされると気持ち悪い。なのに、あの馬鹿みたいな笑顔が頭から離れなくて苛々していた。それなのに、

「あ、キルア君」
まさかこのタイミングでこいつが現れるなんて。
「…名前」
わざと嫌そうな顔をしてやったのに名前は笑顔で近づいてきた。

「キルア君も電車だったんだ」
「そーだけど」
「どの駅から通ってるの?」
「言う必要ある?」
じろりと睨めば名前の顔から笑顔が消えた。それから目を泳がせて、「ごめん」と呟く。俺には何に対して謝ったのか理解できなかった。

「なんで謝んの?」
「えっ、あ…馴れ馴れしかったかな、って思って…」
「……べつに謝れなんて言ってないだろ」
「で、でもキルア君、嫌そうな顔してたよ」
なんだ気付いてんのか。俺は「ふん」と鼻を鳴らして目を逸らす。こいつと話してるとマジで苛々してくる。
俺が無言で地面を睨んでいると、名前が時計を確認して「あ」と声を漏らした。
「じゃあ私、6番線だから」
「…は?」
「え?」
「俺も6番線」
同じかよ。

「あ、そうなんだ。そっか…」
なんだよ、苦笑いしやがって。俺が同じホームじゃ不満かよ。俺は不満だけど。
 心の中でさんざん毒を吐いて名前を見つめれば、目が合った途端、名前は控え目に微笑む。俺はそれにカッとして、思わず名前の手首を抉るように強く掴んだ。

「むかつく。こっち見んなよ」
咄嗟に吐き出した毒に、名前は目を見開いた。掴んだ手首が痛かったのか少し顔を歪めて俺を見る。
「っ、え」
「……見るなって言ってるだろ」
もはや八つ当たりのように睨んでやれば、切羽詰まった顔をされた。自分の言ってることとやってることが噛みあってないのは自覚してる。ただの八つ当たりだ。
名前はそれから、あわあわと口を震わせてから、ごめんとだけ呟いて名前は6番線ホームへの階段をかけ上がって行ってしまう。取り残された俺に、周りを歩くサラリーマンや学生がチラチラと視線をやるもんだから更に苛立ちが増して、舌打ちをこぼした。
 ――なんだよ、俺は悪くねーぞ!

 俺もズカズカと階段を登ってホームに着けば、ちょうど電車が行ってしまった。今日は本当についてない。最悪だ。ぜんぶあいつのせいだ!名前に対する嫌悪感というよりは、もはや八つ当たりだった。こんなことならゴンと寄り道した方が良かったなー。ほんと、最悪だ。

「はあ」
重いため息だった。
さっきの名前の切羽詰まった顔が頭に浮かぶ。なんだよ、あんな顔しやがって。俺が悪いみたいじゃん。むかつく、むかつく。

「……んだよ、あいつ…」
いつもと同じ駅のホームが、どこか違う空間のように感じた午後六時過ぎ。


20130304