sekirara | ナノ
 キルア君と初めて話した日の翌日から、放課後私が図書室に行くと必ず二日に一回はキルア君が眠そうな顔で本を読んでいるのを見かけるようになった。何度か声をかけようか悩んだけどキルア君があまりにも眠そうに本を読んでいるものだから話しかけるのは気が引けた。
あの日キルア君と話した時、確かキルア君は漫画にしか興味がないと言っていた。つまり漫画のない図書室に来る理由などないだろうに、ほとんど毎日のように本を読みにくるキルア君をさすがに疑問に思いながら私は読んでいた本を閉じる。
本を棚に戻そうと席を立った時、同時進行でキルア君も席を立ったのが見えた。私は本棚に近づき本を戻そうとするが、なぜか背が届かない。本を取る時は届いたのに。

「う…ん、しょっ」
自然と出る唸り声に羞恥を感じたと同時に、後ろから大きな手が現れた。吃驚して体を硬直させると、その手は私から本を奪い取ってそのまま意図も簡単に本を棚に戻してしまう。何事かと思い振り向いてみればそこには呆れ顔のキルア君が立っていた。

「あ、キルア君…」
「届かないなら台使えよ」
少しばかり苛立っているような口調に思わず背筋を凍らせる。間があったものの「ありがとう」と言って笑えばキルア君は表情ひとつ変えず「べつに」とだけ答えた。

「またこんな本読んでんのかよ」
「え?」
「分厚いしタイトルも漢字ばっかで読めねーわ」

私が読んでいた本の背表紙を見て呆れ顔でそう言ったキルア君。私が苦笑して返せばキルア君は無表情で「お前、毎日ここ来てんだな」と続け、私を見つめる。毎日のように図書室に来ているのはキルア君も同じだと思ったがあえて笑顔で頷いた。

「そういえばキルア君も最近よく来てるよね」
「べつに、暇だから来てるだけ。実際本とか読んでも全然面白くねーし」
「部活は?」
「帰宅部」

そう聞いた私は唖然とした。キルア君はスポーツとか体動かすの好きそうなイメージだから、てっきり運動部にでも入っているのかと思っていたから。「そうなんだ」と返せばキルア君はチラッと時計を見てから「やべ、ゴン待たせてるんだった」と呟いてさっさと図書室を出て行った。騒がしい子だなーと思いながらキルア君が去っていった後のドアを見つめて笑いを零す。

「私も帰らないと」

そう呟いて、ふと視線を携帯に落とせば、すっかり誰からも連絡が来なくなった携帯のディスプレイには珍しく着信有りと記されていた。誰からかと思い携帯を開いてみれば、私は思わず目を見開いて肩を上げる。
 どくんと音を立てながら、鼓動が大きくなっていく。嫌な汗が滲み出るくらいに。
私は携帯を持つ手が震えていることにも気づかず、ただぽつりと言葉を零した。

「な、んで……」
 そこに記されていた名前は、もう一生関わることなんてないはずの人。
ずっと記憶から消したくて消そうとして、それでも消えることはなかった人の名前だった。
 そんな"彼"の名前を見て血の気が引いたように顔を青くさせる私をただ頬杖をついて見つめている人物がいたなんて、この時の私はまだ知らなかった。


 20130227