sekirara | ナノ
 俺が図書室に来る事は滅多になかった。本を読まないわけではないけど、どっちかっていうと漫画の方が好きだしそれによく読む。だけど図書室には漫画はないから俺が好んで図書室に本を読みにくる事は入学してから一度もない。
いま俺が図書室に来ている理由は、同じ委員会の先輩に渡さなければいけない資料があるからだ。先生いわく、そいつは放課後はいつも図書室にいるらしい。俺は渡す資料を全て持っていることを確認してから図書委員の三年に声をかける。

「ねえ、苗字名前ってどいつ?」
俺がそう聞くと委員の三年は貸出カードのチェックをしていたであろう手を止めて俺を見る。俺が後輩だと察したのか、敬語使えよって目で睨んできたけどあえて無視した。そして「苗字さんなら窓際に座ってるあの人だよ」と言って苗字名前であろう女子を指差した。俺はその指先を視線で追う。窓際の席に座っていたのは真っ黒な髪を二つに束ねた女子生徒。

「サンキュー」
それだけ言うと俺はすぐにそいつに近づいて声をかけた。
「ねえアンタ苗字名前?」
「、……そうだけど」
一瞬だけ睨むように俺を見つめたそいつは、すぐに柔らかな表情に戻って「何か用?」と続けた。俺は手に持っていた資料をボンと机に置いて「これ、委員会の資料。先生から話聞いてるだろ?」と返すと、そいつはぱちくりと俺を見つめてから、ああ、と思い出したように笑う。

「先生が言ってたゾルディック君だよね」
へらっと笑うそいつに、俺はふとそいつが読んでいた本に目を移した。分厚くて、漢字ばかり。漫画とは全然違う、俺が読んだこともないような難しそうな本だった。
しばらくその本を見つめているとそいつが「どうしたの?」と首を傾げて聞いてきたけど無視してそのクソ真面目な本に顔を近づけた。

「え、あ、この本読みたかった?」
「んなわけねーだろ」
馬鹿馬鹿しい質問をしてきたから、つい冷たく返してしまった。こいつは俺がタメを使ってもさっきの図書委員の三年みたいに嫌な顔をしない。心が広いのかそれとも気にしない奴なのかよく分かんないけど、俺の素っ気ない態度にもへらへら返してくるそいつに少しだけイラッとした。

「ゾルディック君は本読まないの?」
「別に。漫画なら読むけど難しい本とかは興味ない」
「そうなんだ」
「あんた、いつもこんな難しい本読んでんの?」
「私もこういう本は興味ないよ」
「は?」
じゃあなんで読んでんの?と聞いてみれば笑ってごまかされた。俺もそれ相応の態度で返せばそいつはそれとなく話を逸らして俺に言った。

「ねえゾルディック君」
「なんだよ?」
「お前とかあんたじゃなくて、せめてちゃんと名前で呼んでよ」

そう言われ、俺は目を細める。別に、もう関わることも話す機会もないんだろうから別に良いじゃん、と言い返そうと思ったけど何となく俺はそれに従った。

「…苗字?」
咄嗟に思い浮かんだのは苗字だった。せめて先輩って付けろと言われるかと思いきや、
「うん、そう呼んで」
そう返された。なんかよく分かんない奴だ、こいつは。俺はちょっと目を逸らしてからまた苗字を見つめた。その優しそうな表情に何か調子が狂う。俺はしばらく棒立ちになってたけど自分の用事を済ませたことを思い出して慌てて苗字から離れた。

「んじゃ、俺、ちゃんと渡したから。先生に伝えとけよ」
「分かった。ありがとうゾルディック君」
「、……」
ぴたりと、何か違和感を感じて立ち止まる。
いつもキルアやらキルア君と呼ばれていたことにより、ゾルディックと呼ばれるのは慣れていないからだ。ゾルディックと呼ばれるのはあまり好きではない。兄貴がいるから紛らわしいってのもあるけど、なんつーか、気持ちが悪い。俺はくるりと振り返って苗字に言った。

「やっぱ、キルアって呼んで」
「え?」
「なに?不満?」
「あ、えっと…うん。分かった、キルア君」
なんでいちいち君付けするんだよお前。

「そんじゃーな、名前」
「えっ?…あ、」
すぐに焦った声で何か言ったような気がしたが無視してさっさと図書室を出る。俺だけ名前で呼ばれるのはわりに合わない感じだ。
 ぴしゃりと音を立ててドアを閉めると、俺は鞄を背負い直して、ゴンが待っている昇降口へと向かった。


あなたとわたしの赤裸々
あいつが好きでもない難しい本を読んでいた理由は別に気になりなどしない


 20130226