sekirara | ナノ
※キルア視点


 名前と、付き合うことになった。そんな今でも、名前のことは気にいらない。名前は誰にでもへらへら笑うし、誰にでも好かれる。だから俺は嫉妬ばかりする羽目になるし、不安になったり辛くなったりする。だけど、やっぱり俺は名前のことが好きなのだ。名前じゃなきゃ駄目だし、名前がいないともっと駄目。今までゴンにばかりくっついていた俺が名前に染まっていくのを見たゴンは、「なんか娘を嫁に出す親の気持ちだなぁ」なんて冗談を言っていた。
 クラピカがあの日掲示板の前で声を掛けてきたあいつだと知った時、俺はかなり吃驚した。やっぱりクラピカは名前のことが好きだったんだ。だからあの日も、名前のことを聞いてきた。それを考えるとやっぱり未だに名前とクラピカが友達としてつるんでいるのを見ては不安になるけど、名前は俺だけを見てくれる。俺だって、名前を信じてる。


 ある日俺が廊下を歩いていると、誰かにぶつかってしまい足を止めた。
「あ、わりい」
とりあえず謝るだけ謝って去ろうとしたのだが、俺はぶつかった人物を見て目を丸くする。

「!! ……クロ、ロ…」

クロロは平然な顔をして「お前か」とつぶやく。俺はクロロを殴った日のことを思い出して、どうも気まずい顔をした。するとクロロはそれに気付いたのか、呆れたように苦笑して「別に、そんな顔しなくても良いだろ」と言う。

「…い、一応…言っとくけど」

俺は不本意ながらも口を尖らせてクロロに言った。

「悪かった」
「!」

クロロは驚いたように固まって、だけどすぐに小さく笑う。すると今度はクロロが俺を驚かせた。

「もう名前には関わらない。もちろんお前にもだ」
「! …え……?」
「だから安心しろ」
「安心って…お前、何言ってんだよ…」
「通じなかったか?まあ良い、とにかく俺はもう名前の前には現れないってことだ」
「!!」

それはあまりにも、衝撃的で。あんなに名前を追いかけて問い詰めていたこいつが、どうして。混乱のあまり俺は去って行こうとするクロロの腕を掴み、引き止めた。クロロが驚きを隠せない顔で俺を見る。それでも俺は、なんか悔しくて、腑に落ちなくて。
(関わらないって、現れないって…何なんだよ、くそ!!)

「そこまでする意味…ねえだろ…」
「は…?」
「それが名前のためになるのか…?名前は、お前を失うことでまた傷付いたかもしれねえのに!」
「!!」

クロロが何か反論しようと口を開いたが、言葉は出て来ずにクロロはまた口を閉じる。

「……なんか、言えよ」
「…俺は、名前を壊した。お前の言う通りだよ」
「、…」
「全てが…手遅れだったんだ。もう俺が名前にしてやれることは、関わらないことくらしか
「あるだろ!!」
「!」
「手遅れとか、そんなん誰が決めたんだよ…っ今度は、友達として…あいつのこと笑顔にしてやろうとか、考えねえのかよ!!」

(俺は、何を言ってんだ)
馬鹿みたいだ。べつに、クロロがいなくなっても良いじゃないか。こいつは散々俺たちを引っかきまわして、名前を傷つけた。クロロは邪魔者だった。だから、これで良いはずなのに。(この手を離したら、きっと…)クロロはもう二度と、俺たちの前に現れなくなるだろう。それが俺は、嫌だった。

「名前から……っ、もう、何も奪わないでくれ……」
「、」
「俺は、あいつの悲しそうな顔…見たくねえんだよ」
「………ふは…、やっぱ、お前には…敵わないな」
「…!」

気付けばクロロは俺の手を優しく振り払い、薄く笑って言う。

「こんなことを言うのは死ぬほど悔しいが、……ありがとう」
「!!え、っ」

それだけ言って俺に背を向けたクロロに「おい!!」と声を掛けると、クロロは振り向かずに小さな声で言った。


「名前に、頭下げてくるよ」



(…これで、良かったんだ)
俺は心のどこかに残る悔しさを捨てて、初めてクロロに笑いかける。

「あいつは俺のモンだから、横取りしたら殺すからな!」

そんな本気染みた冗談にさえ、俺は改めて名前への愛を実感させられた。クロロは苦笑して「そんな命知らずみたいなこと、しねえよ」と吐き捨てて去っていく。
クロロの後ろ姿を見届けてから、俺は教室へと戻る。やっと俺に、平穏な日々がやってきた。




 20140113