sekirara | ナノ
 図書室でクラピカとの話を終えた後、私は教室へと向かっていた。
今日は色々あって疲れたから、早く家に帰って寝たい。そんな気持ちを抱えながら、階段をのぼって教室へと到着した。私は荷物を持ってすぐに教室を出て廊下を歩く。すると、昇降口に着いた時そこに人影を発見した。

「!」

私は幽霊と勘違いして肩を震わせたが、どうやら違うらしい。(あれは…)
真っ白なわたあめみたいな頭に、私より少し高い背。キルア君だ。

「き、キルア君?」
恐る恐る声を掛けてみると、やっぱりキルア君だった。キルア君は私を見て、すぐに目を丸くする。その顔はどこか、苛立っているようにも見えた。

「どうしたの?こんな時間に…」
「お前」
「えっ」

私の問いかけなんか無視していきなり睨んできたキルア君に拍子抜けする。まるで気性の荒い野良猫みたいな顔だ。しかし私はキルア君がどうして怒っているのか、どうして睨まれなきゃいけないのか全く分からない。キルア君と最後に話したのは、クラピカと再会した後の廊下だ。あの時キルア君が最後まで私の傍で話を聞いてくれたこと、そして……
「…あいつが、俺のこと殴りにきたよ」
「お前のことを、守りたかったんだろうな」

キルア君が、私のためにクロロを殴ったこと。私はそれのお礼を言わなきゃいけないのに、こんな雰囲気じゃ言えそうもない。

「お前、さっき図書室で…」
「!」
「クラピカと一緒にいただろ」

(何で…)何でそれを、キルア君が知っているんだろう。不思議に思ったが私は戸惑いながらも小さく頷く。

「う…うん」
「! っ、何で…」
「く、クラピカとたまたま会ったから、話したの。今までのことも、これからのことも」

私は落ち着きを取り戻しつつ、ありのままを伝えた。しかしキルア君の耳にはあまり入っていないようだ。ぶるぶると肩を震わせて歯を食いしばるその姿を見て、私は嫌な予感に襲われる。するとキルア君が怒鳴り散らすようにして叫んだ。

「お前っ…お前、クラピカのこと好きなくせに!!」
「、!?」

思わぬ言葉に私は目を丸くして唖然とキルア君を見る。(ど、どういうこと…?)キルア君は怒りのあまり目に涙を浮かべているように見えた。そんな彼を目の前にして、私は驚きのあまり何も言えずに突っ立ったまま。

「ふざけんな…!ッふざけんな!!」
「きっ、キルアく
「お前なんかっ大嫌いだ!!」
「!!」

ぐらっ。視界が歪んだ。
(だい、きらい)キルア君の言葉が脳にこだまする。キルア君は真っ赤になった顔を隠して、何度も「くそっ…くそ!」と叫んだ。そんなキルア君を見つめたまま、私は唇をきつく噛み締める。(伝え、なきゃ)混乱した頭で、そんな気持ちだけはハッキリしたままだった。(ありがとう、って……言わなきゃ、)

「キルア君…っ!!」

私は覚悟を決めて、キルア君に歩み寄る。すぐ目の前まで来た後、涙を堪えて肩を震わせるキルア君を優しく抱きしめた。
その途端、キルア君が目を見開いて私を見る。

「ッな、…!?」
「クロロから聞いたよ、」
「! は…?」
「殴ったんだってね、クロロのこと…」
「!!」

キルア君が驚いたように私を見つめたまま、ぎりっと唇を噛んだ。私はそんなキルア君に、笑顔を向ける。

「嬉しかった」
「!?は……、何、言って…」
「暴力は良くないけど…でも、私のためにしてくれたってことは、すごく嬉しかったよ」
「……っ…」
「本当はね、キルア君だけは…巻き込みたくなかった」

ぎゅっとキルア君の背中に手を回して、そう言う。キルア君は最初は離れようと抵抗していたけれど、今はもう抵抗などしなかった。ただ黙って、私の話を聞いてくれる。

「……キルア君は、優しかった、から」
「!」
「キルア君、誤解してるよ。私はクラピカのこと、好きじゃない。クラピカとは友達としてやり直そうって話をしたけど、私は……私が好きなのは、キ
「ごめん」
「えっ?」

私の言葉を遮って、キルア君が謝った。あまりに素直なその謝罪に、私は目を丸くする。

「…ひでぇこと、言って……ごめん」
「!」
「俺さ、名前が、その…身体、売ってたってこと知った時…べつに、引いたりとか、しなかった。気持ち悪いとも、思わなかった……けど」

キルア君が顔を赤くして、続けた。

「すげえ、ムカついた」
「…!」
「お前、こんな…ちっせえのに、何回も何回も、きたねえ男に身体触らせて…っ」
「き、キルア…君…?」

気付けばキルア君が強く私を抱きしめる。突然背中に回ってきたその腕に吃驚して顔を赤くすれば、キルア君は今にも消えてしまいそうな声で「好きだ」と言った。



「俺じゃ、駄目なのかよ」



 その言葉に、心臓が跳ねる。キルア君の心臓がどくどくと音を立てているのが、触れた身体から伝わってきた。あまりの緊張と嬉しさで涙が滲む。(キルア、くん、)キルア君への想いが、身体の奥からどんどんと溢れてきた。


「っ、す、き……好き、好きっ…」


キルア君を目一杯抱きしめて、そう繰り返す。
 私は、いつの間にかキルア君のことを好きになってしまっていた。初めて会った時は、敬語すら使わない生意気そうなキルア君に「何だこの子は」とさえ思ったのに。初めてキルア君にひどいことを言われたあの日から、何かにつけてキルア君を意識してしまっていたのだ。何だかんだ私に優しくしてくれるキルア君に、魅かれてしまった。


「先生が言ってたゾルディック君だよね」


あの日から、私たちはどれだけたくさんの壁にぶち当たってきただろう。お互いにすれ違うことも多かったけれど、それでもこうして、触れ合うことができた。両想いになれた。それが嬉しくて、私は涙を流し続けた。キルア君は、離れることなく、ずっと抱きしめてくれていた。


(ありがとう、大好きだよ)



 20140114
もうすぐ完結です!頑張ります。