sekirara | ナノ
「ずっとお前のこと、好きだったよ、本気で」



 馬鹿みたいに大人ぶった自分の言葉に、笑いすら出てこなかった。

名前が泣きながら俺に背を向けたのが、俺たちの終わりであって、俺が得たこの気持ちと幸福への代償だ。
涙でぐしゃぐしゃになった名前の苦しそうな顔が、いつまで経っても瞼の裏から離れない。やっと一人になった廊下で、俺は薄く息を吐く。
(いつに戻れば、なんて…)
 単に、馬鹿だと思った。名前みたいな奴じゃなくて、もっと汚れきった女を好きになればこんなことにはならなかったのに。名前は、俺にはひどく綺麗すぎて、純粋すぎて。だからこそ汚していくのが楽しくて優越感さえ感じていたのは事実だが、まさか本気で好きになるとは思ってもいなかった。

「…――名前…」

俺は制服のポケットから携帯を取り出して、電話帳を開く。少し操作すれば、名前の連絡先はすぐに出てきた。(そういえば、俺は…)最後まで、名前の苗字を知ることができなかったな。

(中学も、高校も…同じだったのに)

 正直、これは運命なんじゃないかと思った。俺は駅のホームでたまたま同じ制服を着ている名前を見かけて、体目当てで声を掛けたのだ。それから俺たちの関係が始まって、名前から連絡をくれることも増えて、俺たちは何度か体を重ねた。
しかしある日を境に名前から連絡が来なくなって、俺はたまたま見てしまったのだ。名前が、図書室で金髪の男子生徒と楽しそうに話している姿を。あの時の名前の本当に幸せそうな顔を、俺は未だに覚えている。

「いつになったらやめるんだ?こんなこと」

いつも俺は、そうやって名前を弄んでいた。名前が売春をやめようとしないことを分かっていながら、そんな質問を何度も名前に吹っ掛けては、名前の反応を楽しんで。
(…ホント、最低、だ)

名前と金髪野郎のことを知ってからは、もうほとんど名前のことを諦めていた。もう名前は、あいつと幸せになるだろうと。心の奥底では嫉妬すら感じていたのに、俺は「あんなガキ最初から遊びだった」と無理矢理気持ちを押しこんだ。


「……―――ガキなのは、どっちだよ…」

 自分の髪をこれでもかというくらい強く掴んで、俺はその場に蹲る。

「くそッ……クソッ!!!」

どんなに叫んでも、もう名前に届くことはなかった。
 今度こそ。今度こそ、卑怯なやり方ではなく、ちゃんと気持ちをぶつけて名前と親しくなりたかった。それなのに俺は結局、名前に無理矢理手を出すようなやり方しかできなくて。嫌われていくばかりで。

 ――もっと別の形で会えたら、名前は汚れることなんてなかったのに。


「…ごめんな、ごめんな、名前……っ」

いつの間にか手から滑り落ちていた携帯を拾って、俺は名前の連絡先を消去した。
 気付けば、視界が涙で滲んでいた。

あのチビが名前を好きだと気付いた時、心の底から悔しくて憎かったのに。セックスさせてくれない名前なんて無価値だと言ったのは、チビを動揺させたかったから。名前を壊したのは、チビの言う通り俺だ。告白の返事は期待してなかったなんて、真っ赤な嘘。本当は、死ぬほど願っていた。名前の愛が、欲しかった。

(…俺は、本当に、本気で…)

「っずっと、愛してた……!!」






(だから今度は、心から幸せになってくれ)



 20131231