sekirara | ナノ
※クロロ視点


 それは俺が名前に告白した翌日の昼のことだった。
俺がクラスの奴らと食堂に行こうとしたら、いきなりあいつが俺の前に現れたのだ。それも、まるで殺気を隠せてないその凶器のような瞳をギラつかせて。俺はそんなこいつを見て、直感した。ああこいつは、全てを知ったな、と。
一緒にいた奴らはこいつを見て驚いた様子だったが、どうやら色々と察してくれたようで俺を残して食堂に向かった。残された俺とこいつの間に、ひどく居心地の悪い空気が生まれる。気を抜いたら、殺されそうだ。

「…で。お前、どこまで知ったんだ?」
こいつが何て答えるかなんて分かった上でそう聞くと、こいつは何も答えなかった。
(おー怖い怖い)
「場所変えるか」
俺がそう提案した途端にくるりと体の向きを変えてずんずんとどこかに向かって歩き始めた背中を追って、俺も歩き出す。こいつが向かった先は屋上だった。(まあ定番っちゃ定番、だよな)

ふと古びたドアノブを回したこいつの手が震えているのに気付く。その震えが何から来ているのか分からないが、今のこいつは相当ヤバイ。俺多分本気で殺されそう。
ドアを開けて屋上に足を踏み入れた瞬間、いきなり腕が伸びてきて壁に押し付けられた。ガンという鈍い音を響かせて俺の頭は激痛を覚える。
(いッ、てェ)

「何、すんだよ。おいテメェ」
思わず苛ついて睨みつけると、今日始めてこいつと目が合う。俺の体は訳の分からない恐怖によって固まった。
「……名前、泣いてた」
「!」
やっと口を開いたかと思えばその声はぶるっぶるに震えていて、唖然としてしまう。
こいつ、たぶん…いや、絶対、怖がりだ。その証拠にその凶器みてえな目は俺を見て微かに怯えているようだし、それに俺の肩を壁に押し付けるこの手も小刻みに震えている。
(…こいつ、よくこんなんで…)

「助けて、って…俺に、言った」
「…へえ。それで?」

助けんの?お前が名前を?一体何から?

 あえて感覚を開けずに質問攻めしてやるとこいつの目が俺を睨む。押し付けられた肩に爪を立てられた。まるで猫のように尖った爪。俺がその手を振り払おうと手を上げたと同時に、こいつは言った。



「お前が、名前を壊した」



「――…!!」
それは、あまりにも酷く素直に俺に突き刺さる事実。思わず上げた手を下ろしてみっともなく小さな笑いを零した。
「…あのさ」
「、」
俺はこいつの視線から逃げるように俯き、続ける。
「名前に、何を感じた?」
「…は…?」
「名前は俺に、"あの子は関係ない"と言った。お前のことだよ、分かるだろ?名前はお前を巻き込もうとしなかった。それなのにお前は名前の気持ちも知らずに俺達の問題に首を突っ込んで…」
「、」
「本当の意味で名前を泣かせたのは、誰だ?」
「ッ――!!」

こいつの目が凶器じゃなくなり、その額からは冷や汗が流れた。まるで衝撃を受けたかのように目を見開いて震える手を俺から離す。
 聞いてるこっちまで気が狂いそうな荒い息。不安定で、ただただ苦しそうに呼吸を繰り返す。

「っ違う……お、俺は、」
「、」
「そんなことが…聞きたいんじゃ、なくてっ…ただお前を、っ殴りてえだけだ…!!」
「…!」

(こいつ……)

「そんで…!もう二度と!絶対に!!名前に触らないって約束しろ!!」

ぶるぶる震えた声を掠れるくらい絞り出したその叫び声には、少なくとも俺がビビるくらいの威圧感があった。こいつは、本気で怒り狂ってる。俺を殺したいと思ってる。だけどそれは怖くてできないからって、口だけかよ。(まあこいつの言ってることは男らしいし正しいけど)

「…お前、いつからそんなに名前のこと好きなんだ?」

まるで噛みあっていない質問をしてやれば、こいつはギッと俺を睨む。
(ああ…そういう顔が、なんか、)惑わせてやりたくなるんだよ。騙してみたくなるんだよ。

「セックスさせてくれないあいつに、なんの価値があると思う?」
「!!!」

俺が壁にくっつけていた背中を浮かせて一歩ずつこいつに近づくと、こいつもそれに比例して一歩ずつ俺から離れる。
 俺はわざとドス黒い笑みを浮かべながら言ってやった。

「俺は"無価値"だと思ってる」
「っテメエ…!!」

次の瞬間バキッと鈍い音が脳まで響いて右頬に尋常じゃない痛みを感じた。

(こいつ、やりやがった…!)


 絶対に殴られない自信はあった。むしろ、警戒など少ししかしていなかった。こんなに殺気を漂わせて俺を睨むこいつよりも、格段に俺の方が強いと思っていたから。それは喧嘩の強さとかじゃなく、精神的な強さ。
だけどこいつもなかなか精神的に強いらしい。それはズキズキと痛む右頬が俺に教えたこいつの"強さ"。

「ッ…いってェ、」
「それ以上名前のこと悪く言ったら二度とセックスできねえようにしてやるからな!!クソ野郎!!!」
「! おいおい…悪くなんて言ってないだろ。別に"無価値"が悪いわけじゃない、実際に俺はそんな"無価値"な名前が好きなんだからよ」
「っ…ふざけんな!!」


ふざけてねえよ。

 俺はそう心の中で返して、心の底からこいつを睨んでやった。すると一瞬だけ吃驚したように目を丸めて、すぐに俺を睨み返す。
(なにも…、何も、)

「お前は…っ何にも、知らねえくせに…!」
「知ってる!!」
「! はっ…どの口が言うんだよ。俺の気持ちは?名前の気持ちは?お前が知ってるのは事実だけだろ!!」
「それでも俺はっ…お前のことが許せないんだよ!!」
「、」

こいつのあまりにも真っ直ぐな感情が痛いくらい伝わって、俺はもう何も言い返せなかった。俺が唇をかみしめて黙りこむと、こいつは俺を殴って怒鳴り散らして満足したのかよく分からないが苛立ちを隠せていない足取りで屋上を出て行く。
 そんな後ろ姿を俺は唖然と見つめて、吐きだせない感情をまた身体の奥へと押し込めた。


「お前が、名前を壊した」

 そんな言葉が頭の中に響いて、ひどい頭痛に襲われた。


(そんなの自分でも、とっくに自覚していたはずなのに)


 20130924