sekirara | ナノ
※キルア視点

 むかつく、むかつく、むかつく。
ひたすらに脳内を渦巻くその感情が、未だに消えることはなかった。
俺には本当に関係のないことで、そもそも名前との関係すら不安定で。だから俺が首を突っ込む話じゃないし、むしろあのクロロとかいう奴と名前とのゴタゴタに巻き込まれるなんて御免だ。そう思ってるくせに、名前の顔を見るとどうにも自分がまるで自分じゃないみたいに名前に突っかかる。俺はたぶん、おかしくなってしまったんだと思う。

「あ」
不意に声が零れて、俺は掲示板の前で立ち止まる。
 ――こんなところに貼ってあったのか。全生徒の名簿。
その掲示板には俺の名前も含め、この学校の生徒全員の名簿が記されている紙が貼ってあった。どのクラスにどんな名前の奴がいるのか、そしてそいつは何の委員会や部活に入っているのか。大雑把ではあったが、きちんと全生徒分の簡単な情報がそこに記されてあった。
俺は思わず名前の名前を探してしまい、後々になって自分は何をやっているんだと悲しくなる。

(…委員会、同じだったな。そういえば)
俺と名前の欄に記されていた委員会が同じだということに今更ながら少しむず痒い気持ちになる。そういや名前と初めて話したのも、委員会がキッカケだった。

 俺はしばらくその名簿を眺めていて、気付けばだいぶ時間が経っていた。
そろそろ教室に戻ろうかと思い名簿から視線を逸らすと、隣で誰かが立ち止った。急に現れたその人物に少しびっくりしたが、たぶん上級生だろう。
そいつは何秒か名簿を眺めてから動きをピタリと止め、目を見開いてただただ名簿を見つめた。そんな様子を俺は少し不審に思い、顔を覗き込むようにして見つめれば目が合ってびっくりしてしまう。

「、あ…」
「ひとつ、聞いても良いか?」
「…なに?」
いきなり質問を投げかけてきたそいつに俺は仏頂面で答える。しかしそんなことは気にもせずに、そいつは言った。

「…この、苗字名前…という生徒は、」
「!」
(こいつ…名前のこと知ってんのか…?)

だんだんと語尾が小さくなっていったが、確かに聞き取れた。微かに震えた声。名前はクロロだけではなくこいつとも知り合いなんだろうか。なかなか続きを言い出さないそいつに俺は首を傾げると、そいつはとんでもない事を言った。

「この学校に、通っているのか?」
「は?」

何言ってんだ、こいつ。

「…そりゃ、名簿に載ってんだし。通ってるに決まってんじゃん」
「そ、そうか…そうだな。すまない、おかしなことを聞いた」
「別にいいけど。アンタその苗字名前って奴と知り合いなの?」
「悪いが、お前に話す事でもないだろう」

 ――ムカ。
そーいう言い方ってどうかと思う。

「何だよ。別に良いじゃん」
「まあ、決して良い関係などではない。それだけは言える」
「なに?意味分かんねーんだけど…」

俺がそう言うと、そいつは少し俺に視線を移してしばらく俺を見つめた。
 お世辞にも男らしいとは言い難いその綺麗な顔付きは、きっと男子の制服を着ていないと男だと判定するのは難しいくらいだった。サラサラの金髪が悔しいくらいよく似合っていて、たぶんこいつは、女子に相当モテるんだと思う。髪で隠れてよく見えなかったけど、耳には宝石の欠片みたいなイヤリングを付けていた。ピアスかもしんねーけど。

「なんだ?そんなに人を見つめて…」
「、や。べつに」

慌てて目を逸らせば、そいつは少し考え込んでからまた口を開く。

「本当にすまない、いきなり変なことを聞いて」
「…べつに、気にしてねえよ」
「そうか。それじゃあ」
「……」

俺はあえて無視をしたけど、そんなのお構いなしに鞄の中から分厚い本を取り出してそいつは去って行った。あんな難しそうな本を読みながら廊下歩けるとか、すげえな。俺はそんなことを考えながらただその場に突っ立って、そいつの後ろ姿を見つめていた。


 名前は、おかしな奴だと思う。
いつだってヘラヘラしてると思っていたら、たまに見せる「助けてください」って顔。それを見るとすごく辛くなってきて、どうしようもなくなってしまう。だから俺は名前のあの顔がすんごい嫌いで、見たくもなくて、この前クロロと三人で修羅場になった時だってそうだった。クロロが去った後、すぐ名前はまるで俺から逃げるようにその場から立ち去ろうとして、でもそれができなくて、俺にあの顔を見せた。

「き、キルア君には関係ないよ!!」

 ――…関係ないって、なに。
そりゃ確かに俺は完全なる部外者だし二人の関係を知る権利も持ってないし、名前にああ言われて当然だ。だけどそれが異様にムカついて、苛々して、なんか自分の周り全てが苛々の原因になっていく。
 クロロは確かに、「新しい彼氏」そして「昔みたいな付き合い方」と、そう言っていた。だけど名前はそれを俺に聞かせたくないような素振りをしていた。

名前とクロロの関係は、いつからなんだろう。きっと俺の知らないずっと前からなような気もする。もしかしたら最近かもしれないし、それは俺には分からないし分かれない。
ただ「昔みたいな付き合い方」っていうワードがすごく気になって、でも名前はそれを教えてはくれなかった。昔みたいな付き合い方って、なに?

 人は疑問を溜めこみすぎるとそれがストレスになるって言うけど、俺も今まさにそんな状況だ。
あいつらの事が何も分からなくて、苛々する。しかも、なんで苛々するのかすら分からない。

―――ほんとに、ムカつく。



 20130412