aisiteHERO | ナノ
 今日は朝練がないからいつもより遅く学校へと到着した。
靴を履き替えて教室に向かうため階段をのぼっていると後ろから「ゆら!」と誰かに名前を呼ばれたため驚いて振り向く。するとそこにはギター部の先輩であり、何より私の尊敬の対象である先輩の名前先輩が笑顔でこちらを見ていた。

「先輩の名前先輩」
「おはよう、ゆら」
「おはようございます!」

挨拶を交わして、私は先輩の名前先輩の横を歩く。先輩の名前先輩は眠そうにあくびをしながら「そういえば」と口を開いた。

「あたしもね、新しいピック買ったのよ」

ゆらの赤いピックが素敵だったからあたしも同じ色にしたの、と照れくさそうに笑ってピックを見せてくれた先輩の名前先輩に、私は思わず嬉しくて「ありがとうございます」と返した。


 先輩の名前先輩は、私がギター部に入って初めて仲良くなった二年生の先輩で、音楽がとても好きらしい。いつも私が好きなミュージシャンの曲を絶賛している時、嫌そうな顔ひとつせずに話を聞いてくれるし、何より優しくて美人で上品で、私はそんな先輩の名前先輩のことを心から尊敬している。
先輩の名前先輩のギターはあまり聴いたことがないけれど、きっとすごくすごく、私の何倍も上手なんだろう。

「じゃああたし、こっちだから」
「あ、はい。また放課後!」
「ええ。またね」

軽く手を振れば先輩の名前先輩は優しく笑って手を振り返してくれた。
 私は放課後の部活が楽しみで仕方無くて、早歩きで教室に向かう。(早く、放課後にならないかなぁ)そんなことを考えながらの授業はいつもより退屈で暇だけど、いつもよりわくわくした。





「本田」
「! えっ、あ、なに?」

 昼休み。
あまりにも眠くて椅子に座ったままボーっとしていたら今泉くんが声を掛けてきたから吃驚して返事をしたら今泉くんは無表情で「上級生が呼んでるぞ」と言ってドアの方を指差した。

「先輩の名前先輩…!」

ドアのところには先輩の名前先輩が立っていて私は慌てて立ちあがった。今泉くんに「ありがとう」と伝え、駆け足で先輩の名前先輩の元へと向かう。先輩の名前先輩の手には楽譜らしきものが握られていた。

「ごめんねゆら、これ、この前借りてた楽譜なんだけど」
「ああ、そういえば…」
「ホントは今朝返そうと思ってたのに、朝教室に行ってから気付いたの」
「そうだったんですか!」

放課後でも良かったのに、と零したら先輩の名前先輩は「早い方が良いかなと思ったのよ。せっかちでごめんなさい」と申しわけなさそうに笑う。そんな先輩の名前先輩が可愛くて「わざわざ持ってきてくれてありがとうございます」と笑顔でお礼を言った。

「そうだ」
「?」
「さっきの男の子、かっこいいわね」
「…もしかして今泉くんのことですか?」
「ええ。ほら、あの子」

そう言って、先輩の名前先輩は今泉くんを指差した。やっぱり今泉くんは格好良いんだ。

「今泉くん、すごい人気なんですよ。でもちょっとクールで…」
「たしかに。何だか近寄りづらい感じだったわ」

 私は先輩の名前先輩の言葉に苦笑して「ですよね」と返す。
そんなこんなでしばらく話し込んでしまって、予鈴に気付いた先輩の名前先輩が「あ!もう行かなきゃ」と急いで二年生のフロアへと走って行くのを私も少し慌てながら見送った。

 さて、と切り替えて私も授業の準備のために自分の席へと戻る。
返してもらった楽譜を鞄にしまおうとすると、すでに隣の席に座っていた今泉くんが「今の、部活の先輩か?」とたずねてきた。

「そうだよ」
「…ああ、もしかしてこの前言ってた憧れの先輩って」
「うん、今の先輩のこと」

すると今泉くんは薄く笑って「お前って、本当に分かりやすいな」と言う。私はその意味が分からず首を傾げると今泉くんは続けた。

「なんか、見てたらすぐ分かった。スゲー尊敬してんだな、って」
「!」
「あの先輩も、お前のことスゲー好きなんだろうな」
「そ、そう…なのかな?」
「ああ」
「先輩の名前先輩、今泉くんのことかっこいいって言ってたよ」
「! …そ、そうか」
「…照れてる?」
「照れてない」

 即答だ。
私は何だかおかしくて笑ってしまう。(ほんとは少し、照れてたくせに)

「今泉くんも、けっこう分かりやすいんだね」
「いやお前程じゃないだろう」
「そんなことないと思うけどなあ」
「それより次、数学だぞ」

お前の嫌いな、と付けくわえられて思わず顔が引きつった。

「一言余計だよ、今泉くん」

ちょっと拗ねたようにそう返すと今泉くんは今までで一番面白そうに笑ってくれた。



 20131221