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「はいじゃあここ、本田さん答えて頂戴」

 鳴子くんや小野田くんと初めて話して、自転車部の人と少し親しくなれたような気がした。そう浮かれながら数学の授業中にノートに猫の落書きをしていたらいきなり先生にそう言われて心臓が止まるかと思った。
慌ててノートの落書きを腕で隠して黒板を見る。(やば…全然聞いてなかった)
今どこをやっているのかが分からずに適当に開いた教科書に手を伸ばす。

「え、えっと…」
ちらりとななめ前の席の子の教科書を盗み見て、今やっているのは109ページだと確認する。ぱらぱらとページをめくって109ページを開いてみたが問題がズラリと並んでいて先生がどの問題のことを言っているのか分からなかった。
ここは正直にすいません授業聞いてませんでしたと言った方がよさそうだ。しかし私が口を開こうとした途端、隣から小さな声が聞こえた。

「7XY」

声の主は今泉くんだった。思わぬ声に吃驚して今泉くんをちらりと見れば今泉くんは何事もなかったかのようにノートを見つめている。私は「あれっ」と思い首を傾げたが先生の「本田さん?分かりますか?」という声に焦って咄嗟に今の今泉くんの台詞を復唱した。

「な、7XYです!」
「はい、良いですね」

どうやら正解だったようで、先生も黒板へと向き直りチョークで正解を書き始める。
 ふう、と安堵の息を漏らしてからまた今泉くんへと視線をやった。すると私の視線に気付いた今泉くんがちらりとこちらを見て、言う。

「猫、好きなのか?」
「えっ」

気付けば今泉くんの視線は私ではなく私のノートを捕えていて、私もその視線を追って自分のノートを見るとそこにはすっかり隠すのを忘れていた猫の落書きがあった。(えっ、あ、え、)
 ばっ!
慌てて再びノートを腕で隠してまた今泉くんを見つめる。(、あ。笑ってる…)

「本田でもそういう落書き、描くんだな」
「!!」

口元に手を添えて、釣りあがった口角を隠す今泉くん。別に落書きはそこまで恥ずかしいことではなかったのだが、なんか、そうやって笑われると変に恥ずかしくなってしまう。しかも今泉くんが笑ってるところ、初めて見た。

「この前も同じような落書き描いてただろ?」
「こ、この前…?」
「ほら、お前が見てるページが間違ってたのを俺が教えた時」
「! えっ、あ、あのとき見てたの…!?」
「ちらっと見えたんだよ」

そう言って見せた今泉くんの笑顔は、この前とはまた別の笑顔。
(なんか、こう、面白そうに笑って…結構かわいい、と思う)

「…じ、実は授業とか、あんまり真面目に受けてなくて…」
「そうだろうな。いつも暇そうにペン回したり落書きしたり、見てるページも違うくらいだし」
「! それも見てたんだ…」
「俺もわりと暇だからな」
「今泉くんもたまにペン回ししてるもんね」
「見てたのか」
「ちらっと見えたの」

さっきの今泉くんの台詞を真似して返すと今泉くんは「真似すんなよ」と言って頬杖をつく。

「お前今日、なんか楽しそうだな」
「えっ?」
「朝からずっとニヤけてたぞ」
「!! ほ、ホントに?」
「ああ」

慌てて口元を隠したけど時すでに遅し。まさかニヤけていたとは自分でも気付かなかった。(そりゃあ今日は朝から良い事続きだったし…)新しくしたピックを憧れの先輩に気付いてもらえて、そして何より鳴子くんや小野田くんと友達になれて。ニヤけるのも無理はない、と自分で自分を宥めた。

「あのね、ピックを新しくしたんだけど、それを憧れの先輩に気付いてもらえたの」
「ピック?」
「うん。ギターを弾くための爪みたいなやつだよ」
「へえ、爪か…」
「そう。これが新しいピックなんだけど…」

そう言いながら私は先生にバレないように鞄からピックを取り出して今泉くんに見せた。今泉くんは何秒かピックを眺めて、「ああ、これか」と思い出したように言う。

「赤、好きなんだな」
「うん好きだよ」
「あいつも赤が好きなんだよ」
「あいつ?」
「鳴子」
「!」

確かに鳴子くんは赤!って感じがする。

「髪も真っ赤だもんね」
「ああ。かなり目立つから分かりやすい」

今泉くんは呆れたようにそう言った。私はそれを見て苦笑する。
(鳴子くんは、赤が好き)
またひとつ、鳴子くんを知ることができた。それが嬉しくて思わず笑みが零れる。

「……」
その時今泉くんが私をジッと見つめていたのだが私はそれに気がつかなかった。ただただ鳴子くんのことを考えて嬉しくなる私を見て、今泉くんが声のトーンを落として言う。

「…確かお前の友達が、鳴子のこと好きなんだよな」
「! えっ、あ、う、うん。そうだよ」

突然そんなことを聞かれて少し焦ったが、私は今泉くんから視線を逸らして頷いた。しかし今泉くんは全てを見切ったような目で私を見て、続ける。

「それ、」

あまりにも真剣な今泉くんの声に私は逸らした視線をまた今泉くんに戻す。

「鳴子のこと好きな奴って、お前の友達じゃなくて、お前だろ」
「……え…?」


 私が手に持っていたピックを落としたのと、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。


 20131103