aisiteHERO | ナノ
 授業中はなんとも退屈で、くるくるとペンを回しながらギターのことを考えていた。
(新しいピック、買おうかな)
このまえ楽器屋で見つけた可愛いピックがふと頭に浮かんで、そんなことを思う。

「…であり、えー…」
先生の分かりにくい説明だけが教室に響く中、隣の席から伸びてきた手が私の机をトントンと叩いた。なにかと思い手の主を見れば、隣の席の今泉くんと目が合う。
「…な、何ですか?」
べつに今泉くんは睨んでるつもりはないのかもしれないけど、その鋭い目つきに思わず口から敬語が飛び出した。今泉くんは「なんで敬語?」みたいな顔をしながら口を開き小さな声で私に言った。

「お前、見てるページ違うぞ」
そう言いながら私の教科書に手を伸ばして勝手にページをめくった彼に対し私は何も言えず、慌てた。
 私が慌てた原因は、教科書のはじっこに描いた落書き。あまりに暇だったから猫の絵を描いていたのだけれど、さすがに高校生の絵とは思えないほど下手で手抜きなその落書きを今泉くんに見られてしまったのではないか。そう心配になって今泉くんを見つめてみれば、とくに何も言われずに、ただ「ほら今やってんの、このページ」とだけ言ってトントンと教科書を指をつついた。

「あ……、ありがとう」

なんだ、見られてなかったのか。てっきり落書きを見られて笑われるかバカにされるかと思ったけれど、気付かれてないなら良かった。私は心の中でそっと安堵のため息をもらし、今泉くんにお礼を言った。
 そうして自分の教科書に視線を戻した今泉くんを横目で見てから、置いていたシャーペンを持ち直す。そもそも何で私が見てるページが間違っていたのかなんて授業を真面目に受けていないからに決まっている。それなのにわざわざ今泉くんがページの間違いを指摘してくれた上に正しいページを教えてくれたのだ。真面目に授業を受けないなんて、親切に教えてくれた彼に申し訳ない。

 ちらりと横目で今泉くんを見れば、やっぱり今泉くんは目付きが悪いんだなと思った。

(あ、そういえば)
私はふと昨日の赤髪の彼を思い出して、今泉くんに声をかけようと口を開く。しかし、それと同時に授業の終わりを告げるチャイムがなってしまったため、私の声はチャイムにかき消されてしまった。それでも私はめげずに号令を終えた後すぐ今泉くんに声をかけた。

「ね、ねえ今泉くん」
すると今泉くんがこちらを見て、教科書とノートを整えながら返した。
「なんだ?」
「あのさ、自転車部に赤い髪の人いるよね?えっと、背が小さくて…」
「…鳴子のことか?」
「な、鳴子くんって言うの?」
「ああ。関西弁のうるさい奴だろ」
「そうそう」
「そいつ鳴子だよ。」
「へえ…」

 はじめて彼の名前を耳にした時、確かに私の心拍数が速くなった気がした。
だけどそんな私を見て、今泉くんが不思議そうに首を傾げる。
「鳴子に用でもあるのか?」
「えっ?あ、ううん、そうじゃなくて…」
さすがに一目惚れしたからとは言えなくて、私は少し間を開けてから続けた。

「わ、私の友達が、鳴子くんのこと好きって言ってたから、ど、どんな人なのかなって思って…」
我ながら苦しい言い訳だと思った。しかしこれ以外にパッと思い浮ばなくて、挙動不審になって今泉くんから目を逸らすと「そうか、」と今泉くんは薄く口を開く。

「そいつの恋、実ると良いな」
「、え…?」
「あいつは鈍感だし派手なもの好きで、基本は自転車のことしか考えてねーけど。まあ、明るくて良い奴だから」
「そ…うなんだ…」

(そっか…今泉くんは、鳴子くんの部活の仲間だから、)
今泉くんは本当に鳴子くんのことを信頼しているのだろう。少し照れながら鳴子くんを褒めた今泉くんは、私から目を逸らして「そういえばお前、本田だっけ」と小さく言った。

「うん。そうだよ」
「毎朝毎朝重そうなギター背負ってるって、小野田が言ってた」
「…おのだ?」
「四組の奴」
「その人も自転車部なの?」
「ああ」
「へえ…私ギター部だから、毎日ギター持ってるの」
「…ギター弾けんの?」
「そんなに上手くはないけどね」
苦笑しながらそう言うと、今泉くんは「いや…」と呟いて私を見る。そして、優しく笑ってみせた。

「かっこいいな」
「、!」


 今まで今泉くんは目付きが悪くてただ女子にモテているだけの自転車好きな人なのかと思っていたけれど、私が思っていたよりもはるかに、今泉くんは、優しい人なのだと知った。


(今日は気分も良いし、新しいピック買うことにしよう)


 20130709