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「お前も来てたのか」

昼休み。友達は委員会の仕事に行ってしまったため一人で屋上で空を見ていたら、突然そんな声が聞こえた。空を見ていた視線を声の主へと向けると、そこにはパンを片手にこちらを見つめる今泉くんの姿。
「あ、」
少し驚いてしまって何を言えば良いのか分からずに、とりあえず姿勢を正す。今泉くんはぎこちない足取りで私の隣に腰を下ろした。

「今泉くん、今日は一人なんだね」
「ああ、別に誰かと飯食う約束もしてないしな」
「いつも鳴子くんとか小野田くんと食べてるから、今日もそうかと思った」

俯きがちにそう言うと、今泉くんはパンを一口食べてから静かな声で私に問う。

「鳴子とは、普通に話せてるのか」
少しぶっきらぼうな声だった。私は薄く笑みを浮かべて目を閉じる。
「うん。普通だよ」
「…そうか」
「…うん」
「……」
「…あのね、今泉くん」

私はそう言ってまた空を見上げた。空は蒼く広く広がり、私たちなんかちっぽけなものに感じてしまう。昔から空を見ることは好きだったけど、隣に今泉くんが居るだけで見る景色は随分と違うものだった。
今泉くんは控えめにこちらを見る。食べ掛けのパンはもう半分になっていた。

「ありがとう」
「!」
「たくさん助けてくれて、ありがとう」
「……本田、」

今泉くんは驚いたように手を止めた。それに気付き、私も今泉くんを見つめる。今泉くんの真っすぐな視線は、やっぱりいつ見ても優しくて、温かくて。こんな風に思うのは私だけなのかもしれない。でも、それでも私は、
「今泉くんが好き」
心の底からそう思うんだ。

「っ…お前、なあ……」
今泉くんは呆れたように片手で顔を覆い、私から顔を逸らした。照れているのか呆れているのか分からないけれど、私はつい笑ってしまう。
「好きだよ」
半分からかうようにそう言うと今泉くんは私の腕を掴み、真っ赤になった顔をこちらに向けた。

「お前は、すぐ泣くからな」
「!な、」
「俺がいないと生きていけないだろ」
「い、今泉くん、」

こちらを見つめる今泉くんの顔は私よりも赤くなっていたはずなのに、今はきっと私の方が赤いだろう。からかった私に仕返しをするために言った冗談だろうに、それを否定することができない自分がいる。ああ私はやっぱり今泉くんのことが好きなんだなと気付けば気付く程に、どんどん彼に溺れてしまうんだ。

「……生きていけないかも、ね」
「!」
「だから、」
言い終える前にスルリと離れていった手が、今度は私の頬に寄せられる。吃驚して間抜けな声を漏らすと同時に、さっきまで隣に座っていたはずの今泉くんが私の膝の上に跨り、後ろのフェンスに私を押しつけた。
 がしゃん。突然の衝撃にフェンスが荒い音を立てる。目の前にある今泉くんの整った顔に、鼓動が加速して息が詰まって死んでしまいそうだ。

「っ今泉くん、人、来るかも
「来ねえよ」

覆い被さるように抱き締められて、抵抗する気もなくなってしまった。密着した体がお互いの温度を高めて、手に汗が滲む。縋るようにして今泉くんを抱き返せば、今度はねっとりとした熱いキスが降ってきた。

「ん、うっ、い、まいずみく、」
「っ……好き、だ」
「…!」
「ずっと、一緒に居させてくれ」
四回目の"好き"は、ひどく甘くて愛しくて、このままじゃ私は本当に今泉くんがいないと生きていけない体になってしまいそうだ。

 恋に永遠は無いとどこかで聞いたことがあるけれど、私はそれでも良いと思った。今こうして今泉くんが隣にいて、目の前にいて、私のために笑ってくれる。嬉しい言葉をたくさんくれる。それで良い。もし私たちに明日が来なくても、私は幸せだ。

「今泉くん」

永遠がないなら、"今"を大切にしたい。どこまでも深く、一日一日を忘れられないくらいに。いつか今泉くんの名前を呼ぶことが許されなくなるのなら私は今のうちにいくらでも今泉くんの名前を呼ぶし、触ることが許されなくなるのなら今のうちに、満足するまで抱き締めていたい。それくらい好きで、大切なんだ。

「…俊輔って、呼んでくれないか」
「、えっ」
「恋人なんだからそれくらい良いだろ」
「……、…俊輔」
「ゆら」
「、」

突然名前を呼ばれて驚いている私を見て、今泉くんは楽しそうに笑った。こんな笑顔は滅多に見れないだろうから、少し嬉しい。そんなことを考えている私の頭をゆっくりと撫でて、今泉くんは言う。


「ありがとうな」



 じわりと、涙が滲んだ。何の涙が分からなかったけど、きっと嬉し涙。
ここまで来るのにきっとたくさん遠回りをしてしまったし、これからもっともっと遠回りをしてしまうかもしれない。それでも私はきっといつまでも幸せで、泣き虫で、今泉くんの彼女なんだ。

「何泣いてんだよ、ゆら」

そう言った今泉くんも、すごく幸せそうだった。

「ねえ俊輔、私ね」




あいしてくれてありがとう、わたしのヒーロー




「すごく、幸せだよ」




 20140812
 20141219 修正