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 今泉くんと恋人同士になって初めての夜、私たちはお互いが寝るまで電話でたくさん色んな話をした。今泉くんは部活と自主練で疲れているはずなのに、結局私が寝るまでずっと通話を切らないでいてくれた。多分、すごく眠かったと思う。朝になって履歴を確認してみると、電話を切ったのは十二時少し前。今泉くんはいつもならとっくに寝ている時間だろう。私は携帯の画面を見つめたまま、頬が熱くなるのを感じた。
(……、好き)
 考えれば考えるほどに今泉くんに早く会いたくなって、私は大急ぎで支度を始める。いつもなら面倒で仕方ないはずの時間が、今日は特別なものに感じてわくわくしてまう。恋は人を変えると言うけれど、あながち間違ってはいないのだと思い知った。



 教室に着いた時間が早かったのか、教室にはまだ生徒が三人しかいないようだ。
私はいつものように席に座り、鞄から携帯を取り出す。時間を確認するといつもより十分も早く学校に着いてしまったらしい。我ながら浮かれていることに恥ずかしくなる。今泉くんは今頃朝練だろうか。ぽつんとした隣の席に目をやっては、また時間を確認した。多分、朝練が終わるまであと十分。そう思い無意識のうちに笑顔が零れた時だった。

――ガラッ
急にドアが開いて私は少し吃驚しつつも教室に入ってきた生徒に目をやる。すると、
「、え」
それは紛れもない今泉くんだった。今泉くんは耳にイヤホンを付けたまま私の隣に立ち、小さな声で言う。

「よう」
「あ…おはよう」
「今日は早いんだな」
「う、うん」

ぎこちなく返事を返すと、今泉くんは鞄を机に置いて席に座った。私はなるべく今泉くんに視線を向けないように携帯と睨めっこをする。どきどきして心臓が爆発しそうだ。
(今泉くんは、緊張…しないの、かな)
今泉くんが教室に入ってきてからどれくらい経ったか感覚がない。自分の恋人が隣にいるという緊張感のせいか、少しだけ指先が震えた。何とも言えない空気が私たちを包む。


「…今日、朝練なかったんだね」
「ああ、…昨日はあまり眠れなかったからな。こんなんで朝練はさすがにキツい」

小さく欠伸をしながらそう言った今泉くんに私は思わず「ご、ごめんね」と謝った。

「!…何でお前が謝るんだよ」
「だって昨日遅くまで付き合わせちゃって、そのせいで
「逆だ」
「……え…?」

すると今まで何ともないような顔をしていた今泉くんが突然顔を手の甲で隠し、掠れた声で言う。
「嬉しすぎて、寝付けなかったんだよ」
「!っ、え、」
その顔があまりに真っ赤で、今泉くんも余裕がないのだと、緊張しているのだと分かった。その瞬間死ぬほど嬉しくなってしまって、私も顔を俯かせながら「そっか」と消えそうな声で返す。

「……」
「………」
「…本田」
「っな、何?」
「好きだ」
「!」

そう言うと今泉くんは優しく笑った。私が突然の言葉に顔を真っ赤にしたまま固まっていると、ぞろぞろとクラスメイトが教室に入ってきてさっきとは一転、教室は瞬く間に騒がしいものへと変わる。
(す、きって……)
今泉くんは皆に見えないように私の頭を撫でた後、「部長に呼ばれてるから、行ってくる」とだけ残し教室を出て行った。

「……、…っ…」


今までと同じ席で同じ朝で、何も変わらないはずなのに。今泉くんの恋人になった日々は、きっと馬鹿みたいに幸せだ。



 20140801