aisiteHERO | ナノ
※人によっては過激だと思うような表現があります。苦手な方はこの話を飛ばすことをお勧めしますが物語の流れとして重要といえば重要な上にR指定と言えるほどがっつりでもないので読むか読まないかの判断はお任せします。






 自分の体を包み込んでいるものの正体を知った時、心臓が壊れてしまいそうなくらい大きく音を立てた。

「い、まいずみ、くん」

顔が一気に熱くなっていく。今泉くんの大きな手が背中に回っていて、私の体を強く抱きしめている。
初めてこんなにハッキリと触った男の人の体は、今泉くんだからだろうか、とても力強く、逞しかった。
「あ、の」
あまりの緊張と焦りに舌が上手く回らない。今泉くんはさっきからずっと黙ったままで離してくれないし、この状況をどうにもできなかった。

「……本田」

やっと聞こえた今泉くんの声に、肩がぴくりと反応する。いつもより低くて、まるで別人のような声。しかしそんなことを長々と考える余裕もなく、思わず息が止まる。怖いのか緊張しているのか自分の感情さえ分からずに、ぎゅっと目を瞑った。
 背中に回された手があまりにも力強く私を抱き締めているものだから離れるにも離れられず、だからといってこれ以上こんな状況が続いたら私はきっと死んでしまう。そう思った時、今泉くんが少し姿勢を低くし私の耳に顔を近付けた。

「今泉く―……、っひ、!?」


 ぬるりと耳に感じた熱くてざらざらした感覚。私は突然のことに驚き肩を大きく揺らして今泉くんの胸を押し返そうと力を込める。しかし部活で鍛えられた今泉くんの力には敵わず、両肩をがっしりと掴まれてしまった。

「や、やだ今泉く、っう、あ」

感じたことのない感覚に足ががくがくと震える。耳の穴にまで今泉くんの舌が入り込んできて、まるでキャンディのように口に含まれたり舐められたりを繰り返される。なんで、なんでこんなことに。考えれば考えるほどに怖くて堪らないのに、ゆっくりと下から上に耳を舐められて、全身がぶるりと震えた。"くすぐったい"とは違う、何か別のものを感じて体がおかしくなってしまいそうだ。

「んん、ん、う…ッ」
やめてと叫ぼうとして口を開けば自分の声じゃないような甲高い声が漏れてしまう。私は必死に口を紡いで声を抑えた。
 誰もいない教室が、控えめに鳴る時計の音が、やけに緊張感のあるものへと姿を変える。それと同時に羞恥と恐怖と動揺で頭が一杯になった。
「ひ、うぁ…」
「本田、……」
耳元で、何かに耐えるように震えた苦しそうな声が私を呼ぶ。それが今泉くんのものだと分かった時、私の目から大粒の涙が零れ落ちた。

「…い、てい」

抑え込みたかった、言いたくなかった言葉が、無意識のうちに溢れ出す。(最低、最低、最低)それは、今泉くんに言ったのか、自分に言ったのか自分じゃよく分からない。ただひとつ浮かんだのは、楽しそうに笑い合う鳴子くんとあの女の子の姿。(こんな、こんな時まで、)私はどうして鳴子くんを好きになってしまったんだろう。じゃなきゃこんな思いしなくて済んだのに。

「もう…っ、も、やだよ……」

栓を外したかのようにぼろぼろと洪水と化した涙を拭うことすら忘れて、今泉くんの胸をもう一度強く押す。今度はあっさりと離れた今泉くんの体から逃げるように何歩か距離を取り、その場にしゃがみ込んだ私は子供のように泣いた。

 ――好き。
好き、好きなのに。本当は誰よりも近くで笑っていたかったのに、誰よりも鳴子くんのことが好きだったのに。今はどうして、こんなにも苦しくなるんだろう。
 あの日夢に出てきた真っ白な空間で、私の隣に立っていた誰かの声が頭に響いた。

「大丈夫だから」

(ああ、そうか、あれは)
途切れ途切れに聞こえた、"大丈夫"という言葉。それを言ったのは、優しく頭を撫でてくれたのは、いつも隣で優しい声を掛けてくれたのは。



「……――今泉、くん」



 その名前を口にしたと同時に、彼は弱弱しく、今にも泣きそうな声で私に言った。

「ごめん」

ハッと顔を上げた私の顔なんか見ずに、震えたぎこちない手つきで、少し乱れた私のブレザーを整える。

「ごめん…ごめんな、傷付けて、ごめん」

今泉くんはすごくプライドが高いから、ごめんなんて軽々しく口にする人じゃない。それなのにこんなに、俯いたまま何度も私に謝る今泉くんを見てひどく悔しい気持ちになった。
 最低、とそう叫んでその頬を殴ってやりたいのに、それができない。私は今泉くんに甘いんだ。あんなことをされたのに、こんなにも私は傷付いたのに。私以上に震えた手を見てしまっては、もう、何も言えずに涙を流すことしかできなかった。

「う、…っうあ……」

大嫌いだ。今泉くんなんか、最低で、大嫌いで、それなのに私は今泉くんのことが大切でこれからもずっと仲良くしたくて。今泉くんに触れられた体が、耳が、じりじりと熱を帯びた。一番最初に感じたのは恐怖で、次は、何だった?
 今泉くんの手が、恐る恐る私の頭に触れる。私が拒絶しないと分かると、今泉くんは、優しく私の頭を撫でた。まるで、あの真っ白な空間の中で私にしたように。

「……一度しか、言わない」
「…、」
「好きだ」

 掠れた声が、耳に届く。
最後に頭をぽんと撫でられて、名残惜しそうに今泉くんの手は離れていった。


 20140719