aisiteHERO | ナノ
 先輩の名前先輩が帰って少しすると、今泉君が教室に戻ってきた。
私は自分の席に座った今泉君の元まで行き、声を掛ける。

「どこに行ってたの?」
「部活のことで呼ばれたんだ」
「そっか」
「ああ」

今泉君は少し返事に迷っていたようだが、すぐに平然とした口調でそう答えた。それと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、クラスメイトが慌てて席に着く。また長く退屈な午後の授業が始まった。



「…となると、それに従い……」

 午後の授業は眠いしとても長く感じるし、あまり好きではない。だからといって午前の授業が好きなのかというとそれはそれで話は別だけど。
(…早く終わらないかなぁ)
誰もが思い浮かべるような台詞を心の中で呟いて、暇つぶしにノートに落書きをした。時折くるくると得意なペン回しをしたり、好きな曲を頭の中で流してみたり。いくら退屈だからといって不真面目すぎる自分に呆れつつ、ふと窓の外に目をやると、どうやらグラウンドでは体育の授業をやっているようだ。
(サッカー…かな)
最初はぼけーっとそれを眺めていたのだが、不意に、皆の中で楽しそうにボールを蹴る彼の姿を見つけた。

「……――、」

 他の誰よりも目立つ、赤い髪。小さいのにしっかりと筋肉の付いた体で目一杯走り回るその姿は、何よりも、誰よりも格好良くて。私は目を丸くしたまま手を止めてしまう。消したはずの感情は、思っていたよりも簡単には消えてくれないらしい。

「……き、」

中途半端に開いた窓から入り込む大きな声。先生の声と、豪快に鳴らされるホイッスル。時折それに混じって聞こえてくる声に、私は息が詰まりそうな気分になった。
 初めてその声を聞いた時、初めて言葉を交わした時。私はずっと、鳴子くんのことが、
(……―――好き)


「…本田?」
「!」

思わず滲み出た涙を咄嗟に拭って、声の主である今泉くんに顔を向ける。どうやら涙には気付かれなかったようだが、不思議そうな顔をした今泉くんが言った。

「ペン、落ちたぞ」
「……あ、ありがとう」

(全然気付かなかった…)
私はぎこちない手つきでペンを受け取る。と、今泉くんは何やら私の顔をじっと見た後に、少しばかり体をのけぞらして窓の外に視線をやろうとした。
「!、 あ」
「グラウンドに何かあるのか?」
その言葉に私はどきりと肩を上げて、今泉くんから目を逸らす。
 授業そっちのけで鳴子くんを見ていたなんて、口が裂けても言えない。(…だって、)すごくみっともなくて、馬鹿みたいだ。

「あ…ううん、何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけで…」
「そうか」

そう言って今泉くんはすぐにノートに視線を移したけど、私は、いつも以上に授業に集中することができなかった。
鳴子くんの姿を見てしまったせいか、それともそれが今泉くんにバレそうになったからか。どちらが原因かは分からないが、ばくばくと騒ぐ心臓を抑えることができずに私はぎゅっと目を閉じる。

「もう、応援してくれなくていいよ」


 今泉くんにああ言ったことを、本当は、少しだけ後悔した。




 20140713