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(今泉視点)



 鳴子との用事を終えて教室に戻ろうとしていた時、教室の前で本田が見慣れない生徒と話しているのが見えて、俺は何となく足を止めた。一年のフロアで見たことがないということは、上級生だろうか。その上品な振る舞いと長い髪には覚えがあった。
(あれは確か…)
そうだ、思い出した。以前、本田を呼んでくれと俺に頼んできた上級生だ。それと、本田が尊敬していると言っていた"先輩"。

二人が親しげに話している姿を見ると、やはり本田もその先輩も、お互いのことが大好きで信頼しているのだと分かる。本田は珍しく目を輝かせながら先輩に接している。まるで鳴子に向けるのと同じように。
 しかし。本田はいいとして、先輩の方の振る舞いには少しだけ違和感があるような気がした。
(…何だ?)
まるで何かを隠すような、そんな仕草。笑顔こそ崩れていないものの、その表情の裏には何かがあるような気がした。気がしただけだが。
(もしかして…)そのぎこちない対応を見ているうちに、俺の中にひとつの可能性が浮かんだ。


 しばらくすると先輩が時計に目をやったのを合図に、本田は教室に戻り、先輩がこちらに向かってくる。
俺を見た先輩は一瞬驚いたように足を止めた。

「あ……」

何か言いたげに俺を見つめたが、すぐに俺から目を逸らして歩き出す。本田よりは随分と高いが、俺よりは少しばかり小さなその背中を俺は思わず引き止めてしまった。

「あの」

途端にぴたりとまた足を止めた先輩が、俺を見て目を丸くする。
「…何かしら?」
「あー…えっと、本田が言ってた、先輩の名前先輩…ですよね」
「! え、ええ」

この時ばかりは自分を殴ってやりたかった。いきなり声を掛けるなんて、しかも女子の上級生に。俺は、自分があまり対人が得意ではないことをすっかり忘れていたため、戸惑いながら口を開く。

「…好きなバンド名、本当に好きなんスか」
「え…?」
「あ、いや、あんま好きじゃなさそうに見えたんで」
「…そう、かしら」
「…好きじゃないなら、フツーに言ったら良いじゃないですか。何もあんな嘘に嘘重ねるようなこと
「む、無理よ!」
「!」

先輩は俺の問い掛けにひどく驚いたような顔を見せたかと思えば、今度は俺の言葉を遮り突然大声を上げた。さすがの俺も少し驚いて目を丸くしてしまう。先輩がまるで何かを堪えるかのようにぎゅっとスカートの裾を握り締めた。

「…大声出してごめんなさい」
「あ…いえ、俺もいきなり、なんか、すみません」
「ううん、いいの。でも私はゆらも、音楽も、ギターも好きよ」
「……そうですか」
「ええ。…今泉君、よね。ありがとう、余計な心配を掛けちゃってごめんなさい」
「いや、全然。俺も多分、余計なお節介だったんで」
「…!」

俺がそう言うと、先輩は少し顔を上げて俺を見つめた。
「…?」
俺の顔に何か付いているのだろうかと思い首を傾げると、先輩は何かを察したように笑顔を見せて、言う。

「ゆらに似てるのね」
「は……?」

気まずくなった空気をぶち壊すような整った笑みを零したまま、先輩は俺に背を向けて去って行った。
その背中が、どうも気になって仕方がない。何故かは分からないが、先輩の言っていることが全て嘘のように思えてしまった。俺の勘違いだったら本当に申し訳ないとは思うが、本田はきっと俺とは違い先輩の全てを信じきっているのだろう。ただ、あの人が決して悪い人ではないことは俺にも分かった。


(似てる、って……)

嬉しいような悔しいような、よく分からない気分だ。


 20140614