aisiteHERO | ナノ
 目を開くと、何もない真っ白な空間の中に私は立っていた。
隣では誰かが私を気遣うように見つめている。優しくて温かい視線だ。だけどそれが誰かは分からなくて。私よりも大きな背。髪の色も肌の色も、はっきりとは分からない。ただ彼はぶっきら棒で、笑顔を見せてはくれなかった。どうしてだろう。私は隣に立っている"誰か"を、知っている気がする。

「……、…」
「!」

私が隣に立っている人物の顔を確認しようとすると、すぐ近くで楽しそうな声が聞こえた。思い出すまでもない。この声の主には、すぐに気付いた。
(鳴子、くん)
真っ赤な髪がとても派手で、目立っていて。そんな彼だから、私の好きな人だから、すぐに分かる。どこにいても真っ先に見つけることができる。だけど私の視線の先にいる鳴子くんは、いつもの鳴子くんとは違った。

聞こえてくるのは、誰かと楽しそうに寄りそいながら笑う声。鳴子くんの隣に立っているのは、女の子だ。それが私じゃないと分かった時、涙が溢れてきそうになった。じわりと滲む視界。真っ白な空間に、赤と茶色の二つの頭。
 ――ああ、思い出した。
どこかで見たことがあると思ったんだ。やけに強く心のどこかに残っていたんだ。我ながら残酷だと思う。英単語や漢字なんかは頑張らないと覚えられないのに、"あの子"のことは、こんなにもしっかりと記憶しているのだから。

「…鳴子君のこと、ずっと好きでした」

 あの子だ。
はっきりと彼女の顔を思い出したと同時に、涙が洪水のように溢れてきた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
届かなかった。私の想いは、伝えることさえできなかった。鳴子くんはもう私を見てくれない。もう、あの日みたいに笑い掛けてくれないかもしれない。どうしよう、どうしたらいいんだろう。私は失恋をしてしまった。勇気を出さなかったから、逃げてばかりだったから、甘えていたから。
私は、鳴子くんに、手すら伸ばせなかったんだ。

「鳴子くん」

私が真っ白な床に崩れ落ちると、隣の"誰か"が私を心配するかのように覗き込み、優しく頭を撫でてくれた。小さな声が聞こえる。この"誰か"の声だろうか。でもおかしいな、よく聞こえない。耳を澄ましても、うっすらとしか聞こえない。

「―……だ」

(なんて…言ってるん、だろう)

「…いじょうぶ…から」

(……あれ?)
この声は、どこかで聞いたことがあるような気がする。どこでだろう。すごく優しい声。いつも私の隣で、……

(ああ…そう、か)


 そこで、私の真っ白な空間は消えた。



 20140503