aisiteHERO | ナノ
 朝起きたら体がこれでもかというほど重くてだるくて、起き上がるのが辛かった。まるで体が石になったようだった。
(…風邪、かなぁ)
どうしよう。せっかくだし学校を休んでしまおうか。だってそうすれば、
「……、…」
そうすれば、鳴子くんを見なくて済むんだ。廊下ですれ違うことも、放課後になると校門で部活の準備をしている鳴子くんを見かけることもない。不意に昨日のことを思い出してしまい何もする気になれなくなった。もう休んでしまおうと思い携帯を開くと、先輩の名前先輩から一件のメールが届いていた。

"今日の昼休み、ゆらの教室に遊びに行ってもいいかしら?"

(……こ…断れ、ない…)
私はがっくりと肩を落とす。駄目だ、こうなったら休むわけにはいかない。先輩の名前先輩がどうしてわざわざ一年の教室まで来るのか、理由は大体分かっていたから。

「…やっぱり少し、気になるのかも」
先輩の名前先輩のお目当てはきっと私ではなく今泉くん。何だか少し寂しいような気もしたがこれは私にとっても嬉しいことだった。私だってやる時はやりたい。先輩の名前先輩が少しでも今泉くんと親しくなれるように、昼休みまでに作戦を考えなくては。
 重い体を起こして、私は支度を始めた。



 春とはいえやっぱり朝はほんの少しだけ肌寒くて、ああこのまま家に帰ってしまいたいと思っているうちに学校に到着してしまう。いつも通り、何ら変わったことなく昇降口に入ると、少しだけ眩暈がした。
(うーん、これは…)
本格的に風邪だ。鼻水や咳は出ないものの明らかに気分が悪い。だからといってここまで来たのだから、せめて昼休みまでは頑張らなくちゃ。
我ながら、すごいと思う。だって普通なら、ただの先輩のためにここまで頑張ろうとは思えない。しかし私が先輩の名前先輩のためならと体を張るのは、それほどに先輩の名前先輩のことを好きで尊敬しているから。そんなことを考えているうちに教室につき、ホームルームが始まった。


「…い、」

(あー頭痛い…)

「…お…、……かよ」

(なんか吐き気もしてきた…)

「……てんのか?…い」

(どうしよう…保健室行こうかな)

「おい、聞いてんのか、本田!」
「っはい!?」

ぼんやりと聞こえていた声に気付かず俯いていると、突然大きくなった声に吃驚して私は椅子から立ち上がる。咄嗟に裏返ったような声を出してしまったものだから恥ずかしくて口を押えながら声の主へと目をやると、不貞腐れた顔で私を睨む今泉くんと目が合った。

「あ…今泉くん…」
「大丈夫かよ、お前」
「え、」
「朝からずっとそんな調子だろ。今だって散々呼んだのに返事しねえし。具合でも悪いのか?」

頬杖をつきながらそう言い、じっと私を見つめる今泉くん。心配してくれているんだろうけど顔が怖い。そんなに怒るほど私に声を掛け続けてくれてたのかな。
私はとりあえず椅子に座り直し、苦笑する。

「ご、ごめんね。なんか朝から調子悪くて…」
「風邪か?」
「どうだろう、多分そうかも」
「だったら保健室に行った方が良いだろ。顔色も悪いし」
「ううん、大丈夫!ちょっと寝れば良くなるよ」
「だから保健室で寝て来いって」
「じ、授業中で十分だよ」
「…お前なぁ…」

今泉くんは溜め息をついて私から目を逸らした。
「お前が大丈夫ならそれで良いが、あんま我慢すんなよ」
怒っているのにそうやって気遣いをしてくれる今泉くんは、とても優しい人だといつも思う。私は何となく気分が良くなったから、笑顔でありがとうと返した。


 でもやっぱり授業が始まると体調は悪くなる一方で、ひどい頭痛に襲われた。
(せめて、昼休みまでは……)
ぎゅっとシャーペンを握りしめて、教科書と睨めっこをする。じわりと掌に嫌な汗が滲んで、ぐらりと視界が揺れた。さすがに、これは、きつい。

「本田」
「!」

朦朧とした意識の私に、今泉くんが声を掛けてきた。

「顔真っ青だぞ。いい加減、保健室行って来い」
「…でも」
「行け」
「…う…うん」

今日の今泉くんは怖い顔をしてばかりだ。完全に私のせいだと思うけど。
私は渋々と立ち上がり、教科担任に"保健室に行ってきます"と告げた。教室を出ようとするとまた眩暈がして、思わずドアに寄りかかってしまう。

(昨日に引き続き…ツイてない、なあ)

 いつもは長いと思わない廊下が、ひどく長く果てしないものに感じた。
やっとの思いで保健室にたどり着くと、先生は不在らしい。とりあえずベッドだけ使わせてもらおうと思い、窓際のベッドを陣取った。とても心地の良い空気に少しだけ薬品の匂いが紛れ込んでいる。これは、保健室特有の心地よさだ。私はそのまますぐに深い眠りへと誘われていく。

 意識が落ちる直前に、二人で楽しそうに笑い合う鳴子くんとあの女子生徒の姿が頭に浮かんだような気がした。


 20140502