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私はあれから教室に戻ってからずっと、小野田くんの言葉を気にしていた。
「今泉くんは本田さんのことが好きなんですよ!!」
きっと小野田くんは友達として、という意味で言ったのだろう。いやそうとしか思えないけど。それなのに私はこんなに気にして馬鹿みたいだ。馬鹿みたいなのは分かっているけど私だって高校一年生というお年頃だし、恋愛の意味でとらえてしまっても無理はない。そう思いたい。
「あー…もう…」
小野田くんはああ言っていたけど、もしそれが違って今泉くんに嫌われていたらどうしよう。今泉くんは唯一私が鳴子くんを好きだということを知っていて、それに応援してくれている人で。そんな優しくて良い人に嫌われたら私はこの先どう生きていけば良いんだ。
そんなことを悶々と考えていると、横から急に「おい」と声を掛けられて肩が跳ねた。
「もしかしてお前、さっきの言うためだけにこんな早く来たのか?」
「っい、今泉くん…!」
まさかの人物がすぐ真横に立っていて心臓が止まるかと思ったが、今泉くんは隣の席なんだから横に立っているなんて当たり前だろう。私は必死に心臓を落ちつけながら今泉くんに言った。
「うん…少しでも早くお礼言いたくて」
「!……律儀だな。そこまで気を遣わなくても良いだろ」
「つ、使うよ!だってあの時…」
「?」
(あの時、今泉くんは、)
「やっと笑ったな」
あんなに優しい笑顔で、頭を撫でてくれた。私を見て、私のために笑ってくれたんだ。私はそれが本当に嬉しくて嬉しくて。
「…すごく、嬉しかったから」
「!!」
今泉くんが驚いたように私を見る。私は何だか恥ずかしくて誤魔化すように笑った。しばらく何とも言えない生ぬるい空気が私たちを包んでいたが、それはすぐに私の大好きな声でかき消される。
「ゆら!」
鳴子くんの声だ。私は驚きのあまり振り向くことすらできなかった。
どうやら廊下から私を呼んだであろう鳴子くんが近づいてくるのが分かる。少し急ぎめな足音がだんだんとこちらに近づいてきて、私のすぐ後ろで止まった。
「何やゆら、スカシと隣の席やったんか!?」
「っえ、あ…」
昨日のことがぐるぐると頭を駆け巡る。(鳴子くんさっき、私の名前呼んだよね?)もしかして私に会いに来てくれたのだろうか。いやそんな訳がない、きっと何か用があるのだろう。でもあんな大きな声で私の名前呼んだら、昨日の彼女さんに誤解されちゃうんじゃないかな。ああ、ああもう、鳴子くんの顔が見えない。どうしよう鳴子くんに返す言葉がみつからない。
「…本田?」
先に私の様子に気付いたのは今泉くんだった。今泉くんは首を傾げて不思議そうに私を見つめる。それに気付いた鳴子くんも「ゆら?」と私の表情を伺おうとした。そんな状況に耐えきれず、私は思わず鳴子くんに問いかけた。
「な、鳴子くん、昨日話してた女の子と…その、付き合ってるの?」
「へ?昨日?ワイ誰かと話してたか?」
「えっと…髪が長くて、すごく可愛い子だよ!」
「?…あー!寒咲さんやな、ソレ!」
「寒咲さん…?」
思い出したように手を叩いた鳴子くんに対し私は首を傾げて聞き返す。鳴子くんは相変わらず大きな声で笑いながら言った。
「せや!ワイと寒咲さんが付き合うとるわけないやないか!急におかしなこと言うんやなぁゆらは!」
「!」
そんな鳴子くんの言葉に今泉くんが反応したのが視界の端に映った。しかし今はそれよりも鳴子くんの言葉に安心して私は薄く息を吐く。
(私の勘違い、だったんだ…)
我ながらすごく恥ずかしい質問をしてしまったと反省した。でもすごくスッキリして、私は笑顔で鳴子くんに言う。
「そ、そっか!ごめんね変なこと聞いちゃって」
「気にせんといてな!それよりゆら、昨日は大丈夫だったんか?」
「え?」
「今にも泣きそうって顔しとったで」
「…!」
またもや今泉くんが意味深な視線を私に向けた。私はそれに気付かないフリをしながら鳴子くんに「大丈夫だよ!心配してくれてありがとう」と返す。すると鳴子くんは安心したように笑って「なら良かったわ!」と言って教室を出て行った。もしかして私が心配でわざわざ教室まで来てくれたのだろうか。だとしたら嬉しすぎて死んでしまいそうだ。
鳴子くんがいなくなったことですごく静かになった気がする。シンと静まり返った教室にちらほらとクラスメイトが入ってきた。何だか今泉くんの視線が気になってしまって居心地が悪い。そうだトイレにでも行ってしまおうと足を浮かせた時だった。
「本田」
「!」
「お前、昨日泣いてたのってもしかして…」
ああやっぱりバレてしまった。
私は今泉くんに背を向けたまま黙り込む。さっきからどうしてこうも恥ずかしい思いをしなくちゃいけないのだろうか。
「……おっちょこちょいなんだな」
「!!!」
私がバッと勢いよく振り向くと、今泉くんはそれ以上何も言わずに自分の席に座ってしまう。(お、おっちょこちょいって……)つまり私は馬鹿にされたのか。まさに"穴があったら入りたい"だ。今の気分は最悪かもしれない。
「じ、自分でも、駄目なやつだって分かってるよ…」
「そうじゃない。可愛いって言ったんだ」
「え」
沈黙。
「!!ッ ち、ちが…そういう意味じゃなくてだな…!」
ガタンと音を立てて立ちあがる今泉くんの焦り様があまりにもレアで面白くて。じゃあどういう意味ですか、というのはあえて聞かないことにした。
「ありがとう今泉くん」
真っ赤になって未だに否定しようとする今泉くんに、私は目一杯の笑顔を見せた。
20140225