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(今泉視点)


 放課後の練習が終わって、部員は皆ぞろぞろと部室を出て行った。
俺も帰ろうと鞄を背負ってから、ブレザーのポケットに携帯が入っていないことに気付く。(…そういえば、)教室に置きっぱなしだったかもしれない。少し面倒だが俺は教室まで携帯を取りに行くことにした。

 少し歩いて昇降口に到着したところで、俺は思わず足を止める。

「っ、…!?」
そこには女子生徒が体を丸めて蹲っていて、しかも、まるで死んでしまっているかのようにビクリともしない。ただ息をしているのは確認できたから俺はそいつの肩に手をやって少し揺らした。

「おい」

なるべく優しめの声で呼びかけてみたが返事がなかった。しかし、ふわりと香った匂いに俺は思わず目を丸くする。


「………、本田…?」

(まさかそんな)違っていたらとんだ赤っ恥だが、それでも俺は確信した。こいつは、おそらく、いや絶対に本田だと。
肩にかかった黒髪も、この少し小さめな体も。何より先ほどの匂いは、いつも隣の席から香るものと同じだった。別に自分の嗅覚に自信があるわけではないが、なぜか本田の匂いは分かる。

 しばらくすると本田であろう女子生徒が小さく唸った。

「ん……」
「! …大丈夫か?」

ゆっくりと顔を上げてこちらを見るその子供っぽい寝起きの顔は、紛れもない本田のもので。俺は思わず少し笑ってしまう。しかし春とはいえ少し冷えた気温にこいつは一体どれだけ晒されていたのだろう。すっかり冷え切ったその肩に少し不安になった俺は本田の顔を覗き込み、もう一度はっきりと「大丈夫か?」と問いかけた。本田は瞑っていた目を開けて、俺を見る。その目元が、微かだが赤くなっているのに気付いた。

「……まいずみ、く…、ッ!! いっ、今泉くん!?」
「やっと起きたか」
「え、え、なん、何で…!」

あたふたと自分の髪をくしゃくしゃにして焦る本田に、俺は淡々とした口調で今の現状を伝える。すると本田は呆気とした顔で、「寝ちゃって、た……」と零した。
どこか抜けているとは思っていたが、まさかここまでとは。

「…体、スゲー冷えてるぞ」

俺はそう言ってブレザーを脱ぐ。それをそのまま本田の肩にかけてやると本田は吃驚したような顔で「悪いよ」とブレザーを俺に押し返した。

「風邪引くだろ、羽織っとけ」
「で、でも…」
「……お前さ、」
「え?」

 ふと本田の目元に視線がいき、思わず赤くなったそこに触れる。
(……やっぱ、赤い)本田の肩がびくりと揺れたが、そんなことは気にせずに俺は本田を見つめて問いかけた。

「何で、泣いてた?」
「…え、」

フッと、本田の視線が逃げるように下へ行く。俺はそれを見て、「ま、言いたくないなら言わなくて良い」と加えた。すると案の定本田は黙りこむ。何かあったんだろうとは思うが、別に俺が慰めるようなことではないだろう。俺は本田の隣に座り、しばらく沈黙に浸った。


 本田の隣は、何かと落ち着く気がする。何がどういう風に、とまでは言えないが、何となく。本当に何となく。本田の柔らかそうな髪とか、表情豊かなその顔とか、物静かなところも、たぶん、全部。本田という存在が、少しずつ、俺の中で大きくなっていく。(こんなの、全く柄じゃねえけど)


「……今泉くん、」
「…何だ?」
「…ごめんね」
「…何が?」
「…なんとなく」
「…ははっ」
「!」

俺は思わず笑ってしまう。こいつは本当によく分からない奴だ。

「な、何で笑うの…!?」
「…っくく、何でもねえよ」

そう言って本田の頭をぽんぽんと叩けば、本田は少しだけ嬉しそうに笑う。その笑顔に、心臓が少しだけ大きく音を立てた。だけど俺はそれに気付かず、本田に言う。

「やっと笑ったな」



 本田が、また笑う。そして言った。


「ありがとう、今泉くん」



 20131227