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▼ 10年早いよ3




放課後の予定ってのは、当然デートなんかじゃない。
体育館が施錠される時間ギリギリまで学校に残り、それからは。学校近くのバーガーショップで、夜まで時間を潰すことにした。

「これだけ食べても尚、帰ってから夕飯食べるんですか?」
「うわっ!く、黒子…、お前、いつからそこにいた?!」
「最初から。その反応、久しぶりですね」

注文したバーガーの山を乗せたトレイを持って適当なテーブルにつき、消費に入ろうとしたところ。突然掛けられた知り合いの声に、オレはぎょっとなって目を剥いた。
同級生でチームメイトの黒子は存在感が異様に薄い。出会った頃は神出鬼没な黒子にしょっちゅう驚かされていたが、ここ最近は馴れてきてそんなこともなくなった。ただ今日は、ちょっと考えごとをしていたから。自分でも久しぶりに思う展開に、若干気恥ずかしくなる。

「…今日は特別だよ。親父が出張行ってっから」
「火神くん、自炊出来るんじゃなかったんですか?」
「…あいつが帰ってくるなら作るけど、一人分作るくらいなら外食したほうがラクなんだよ」
「そうですか」
「そうだ」
「……」
「……」
テーブルを挟んで向かいのイスに座る黒子は、自分の質問が解決するとそれきり無言でシェイクを啜る。気付く前ならともかく、存在に気付いてしまった以上この沈黙はやや厳しい。
話の種にと、さっきまで考えていたことを口にしてみる。
「なあ黒子。お前さ、28才ってどう思う?」
「……はい?」
「だから、お前にとっての28って。干支同じなんだよ」
「…12才上ですね。…そうですね、ひと周りも上となると、すごく大人な感じがします。まあ、身近に28才の人がいないので具体的にはイメージできませんけど」
「大人…。…そうだよなぁ」
「その28才の人が何か?」
「いや。…親父の部下が昨日から泊まりに来てて。…見た目はすげぇチャラいし、ちょいちょいマヌケなことやらかすんだよ。…そんでも、やっぱ実年齢の差ってあんだなって思って」
誰かに話すつもりなどはなかった。なのにオレは、黒子相手だと妙にぺらぺらと黄瀬の話をしてしまう。
「大体、28にもなってひとりでメシ食えねぇってどんだけ寂しがりなんだよ」
「それは寂しがり屋ですね。…火神くん、こんなところにいていいんですか?その人、家で火神くんのこと待っているんじゃないですか?」
「は?…あぁ、今日はあいつ外で食うっつってたし、べつに待たせちゃいねーよ」
「その人が外食をするから、火神くんもここで食事して行くんですね」
「いや、逆だって。オレが外で食うっつったからあいつ…」
「なんで火神くんが外で食べなければならないんですか?」

黒子に悪気がないのは分かっている。でも、それ、聞かれたくなかった。
なんでって。そりゃ、こっちが聞きたい。なんでオレは、黄瀬のいる家に帰りたくないんだ。

「…最初の質問ですけど」
何も言えなくなったオレに、黒子は淡々と言う。
「見た目チャラくてちょいちょいマヌケな寂しがり屋の28才について、どう思うかって言う。僕はその人のこと、あまり大人っぽいとは思えません」
「…失礼だな、お前。見てもいねぇのに」
「見てないんで、火神くんの話でしか想像できないのは仕方ないです。…なんだか、年上の人に向かって言う言葉じゃないかも知れないですけど、その人、かわいい人ですね」



購入済みのハンバーガーをすべて袋に詰めてもらい、バーガーショップを後にした。
非常に複雑な心境ではあるが、すぐにでも家に帰りたくなった。
おそらく自宅は無灯火で、誰の姿もないだろう。メシは外で食うと、オレも黄瀬も言ったんだ。誰もいない家に向かい、オレは足早に駆けて行く。
べつにあいつがいなくてもいい。ただ、まあ、あいつが帰ってきたときに。
家の電気がついてるとついてないとでは、かなり印象が違うだろうと思ったからだ。



「あれ?大我クン…?もうおかえりっスか?」
「……そりゃ、こっちのセリフだって…」

汗だくになりつつ帰宅を果たしたオレは、自分の想像が正しかったことを実感させられる。この展開は予想していなかった。
「オレはべつに予定あったわけじゃないんで。火神サン不在だと、仕事もそんなないんスよね。定時に上がって適当に食って今帰ってきたとこっス。…大我クン、何スかそのデカイ袋は」
「……」

電気のついている家を見て。リビングに足を踏み入れた途端視界に飛びこんできた金髪を見て。妙に胸の奥がざわついて、淡い期待に全身を支配された。
黄瀬も、オレと同じ考えでさっさとこの家に帰ってきたのかもしれない、なんて。とんだ思い違いだ。

「夕飯、マジバだったんスか?いけないなー、大我クン。育ち盛りがそんな不健康な食生活してちゃ。成長止まっちゃうよ?」
「…うるせぇな、お前より身長あるよ」
「もっと伸びるかもしんないじゃないっスか。オレと違ってまだ望みあんだから、いっそ2メートル超え目指しちゃえばいんスよ。バランスいい食事を心掛ければ夢じゃないっス」
「……あぁ」
「ん?…どした?」

今朝も思ったが、オレはこいつに年齢差を感じる発言をされると気落ちしているらしい。
表情が曇ったのがバレたのか。黄瀬は首を傾げてオレに問う。その幼い仕草が、またオレの胸中をざわつかせる。

そしてもう一つ、繰り出された合わせ技。

「火神サンも背ぇ高いしね。火神家のDNAってモテ要素満載じゃないっスか。活かさなきゃもったないっスよー?」

黄瀬の口から語られる、オレの親父への賛辞が。
みるみるうちに、不快な気分を増やしていく。



シャワーを浴びて汗を流し、リビングに戻ると黄瀬は電話をしていた。
それを横目に冷蔵庫から取り出したペットボトルのキャップを空け、口に含んだところ。
「今夜は外で食ったっス。大我クン?デートしてたみたいっスー」
「ッ!」
含んだ水を一気に噴き出す。黄瀬に視線を向ければ、ニヤついた表情を浮かべながらこっちを見ていた。
誰と電話をしているのか。想像は容易につく。
「いやー、そこまではたとえ男同士でも聞けないっスよ。でも帰り早かったし、今日は致してないんじゃないっスかね?」
「き、黄瀬!テメェ、何話してんだよッ!」
「火神サン、大我クンが話したそうっス」
「貸せ!」
想像が的中し、オレは黄瀬の手から携帯を奪い取る。けらけら笑う耳障りな声が苛立ちを加速させた。
「大我、お前オンナいたのかよ?聞いてねーぞ、父さんはー」
「うるせぇな!オンナじゃねぇよ、ただのダチとメシ食ってたんだ!」
「そうかそうか、お前も大人になったな」
「なってねぇよ!…あ、いや」
「まだなのか?」
「う、うるせぇ…、テメェには関係ねーだろ」
憤りのあまり余計なことを言ってしまった。ここをスルーするほど親切な親ではないことをオレは重々知っていたのに。
「お前、それでもオレの息子かぁ?父さんがお前くらいの年のころはむちゃくちゃモテてたぞ。後生大事に抱えてねぇで、とっととどっかで捨てて来いよ」
「余計なお世話だッ!」
「何言ってんだ、心配してんだろ?お前は昔っから肝心なとこで怖気つく奴だったからなー。お、そうだ。せっかく黄瀬くんと一緒にいんだから、その辺しっかり教わっとけよ」
「……は?」

余計なことをぽんぽん吐き捨てる父親に苛立ちを募らせる中、唐突に出されたその名前にオレは唖然としてしまう。黄瀬が、なんだって?
「あの顔と性格なんだから恋愛に関しても百戦錬磨だろ。ひょっとしたらオレよりも経験豊富かもしれないぞ」
「ば…っ、バカじゃねーの?!なんでオレが黄瀬に…」
「まずは手の繋ぎ方から教えて貰え。何なら実践で教えてくれっかもしれないな。おい大我、黄瀬くんと代われよ。オレから頼んでや、」

とんでもないことを言い出した親父が暴挙に出てしまわないために、オレは通話を強制終了する。それを見た黄瀬があれ?と言い。
「切っちゃったんスか?オレまだ話途中だったんスけど!」
「うるせぇ…、あいつ酔っ払ってんだよ」
「うっそ、さっきまで普通に仕事の話してたんスよ?掛け直…」
「さなくていい!」
いま掛け直せば、確実にあのエロ親父は黄瀬に言う。とんでもない提案の続きを。
黄瀬の携帯の電源をオフにし、ソファーの上に捨て置く。そのオレの対応に黄瀬は不服そうに唇を尖らせる。そして。
「オレの話してたっしょ。何スか?火神サン、オレのことなんて言ってたの?」
「は?…な、何って、そりゃ…」
「オレがいま彼女いないことバカにしてたんだろ。ひでぇな、親子してー」
「ち、違ぇよ、むしろ逆だ!お前が…っ」
明後日の方向に解釈した黄瀬に、オレは慌てて親父との会話内容を暴露してしまう。
「…恋愛に関しては百戦錬磨だから。この機会に、教わっとけって」
「…なるほど。そうきたか。…まあ、火神サンのカンも捨てたもんじゃないっスね。そりゃ大我クンに比べたらオレは人生のセンパイだし、経験も豊富っスよ。そんじゃ、早速」
「……は?」

ソファーの前に立つオレの真下に、四つんばいで近づいてきた黄瀬がいる。いつの間にこの距離まで近付いていたのか分からない。先ほどの黄瀬の発言の意味も。分からない、まま。

「うわ…ッ?!」
「隙ありー。大我クン、デカいから大変だろうけど、足元は要注意っスよ」
「?!」

有り得ないことが、発生した。
下から伸びてきた黄瀬の手が。長い右腕が。その先が。捕らえたのは、オレの。
「は…っ、離せ!何パンツ脱がそうとしてんだ?!」
「息子の息子の成長を確認してくれって言われたんスよ、火神サンに」
「はぁ?!それ誰のこと…、って、オレの?!」
「そう。だからー、見してみ?」
「…ッ!!」

親父と黄瀬の間で、いつそんな密約が交わされたのか。考えるまでもない。黄瀬は親父の秘書であり、一日のほとんどはべったりと側にいたはずだ。いつだって、こんなこと。

「…!離せッ!」
「うぁっ!」

かっと頭に血が上り。思わずオレは、足を上げ。
膝頭がもろに黄瀬の顔面にぶち当たり、整ったツラを両手で覆い隠して蹲る黄瀬の姿を、オレは茫然と見下ろした。










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