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▼ epilogue.







「全戦全勝おめでとう!さすが、火神くんね!」
「…全然勝った気がしねぇんスけど…」
「そお?ま、何はともあれ明日から忙しくなるわー。さっさとスケジュール決めなきゃ!」

黒子と順番にシャワーを浴びて、なんとかまともに歩けるくらいに回復した黒子と共に部活へ行けば、月曜日以上に上機嫌なカントクに出迎えられた。
どうやら各高校からカントクに条件達成の連絡があったらしい。まあ、何があったか詳細は知られていないだろうが、ご機嫌麗しいカントクは鼻歌まで奏でている。これで、良かったのだろう。
カントクから祝辞を受けることによって、オレにも妙な達成感が沸いてくる。ああ、やっと終わったのだと。
まったく、地獄のような一週間だった。

やや腰を庇いつつもいつも通り走り回っている黒子を気にしながらも、土曜日の練習を終わらせる。
当然、今日は黒子を家まで送るつもりだ。黒子が断りを入れたとしても、オレの気が済まない。帰路に倒れられたらマジでオレは困る。
階段を昇り降りする度に黒子を振り返ると、かなりウザそうな目で見られたものだが。

「彼氏ヅラするのやめて下さい。不愉快です」
「し、してねぇよ、べつに!厚意はありがたく受け取っとけ!」
「…下心あるんじゃないですか?」
「ねえよ!信じ…られねぇかもしれねーけど、約束するから」
部員たちと別れ、二人きりになってからこんな会話をする。こいつと気まずい状況にならなかったことは良かったと思う。本当に。
黒子と妙な関係になることは二度とない。今の雰囲気からすると、そう思えた。
一夜の過ちってやつだ。それは黒子に限らず、他のキセキにも言える。すべて、終わった。もうオレはこいつらに振り回されることはないのだと、晴れやかな気分で帰路につく。

「…ご機嫌ですね、火神くん」
「まあな!漸く日常に戻れると思ったら、そりゃ気分も良くなるってもんだろ!」
「そんなに辛かったですか?彼らとのセッ、」
「言うな!忘れていいんだろ?!」
「それは僕に限りです。…そもそも、彼らは君との関係を絶つ気はないと思いますよ?特に赤司くんなんて、もう君に興味津々になっちゃってたじゃないですか」
「え……」
黒子の指摘にオレは軽かった足をぴたりと止める。

確かに赤司は言っていた。オレを手に入れるとか何とか。
それを言うなら黄瀬もそうだ。オレを好きだと、あいつはしょっぱなから言っていた。緑間と青峰には直接的なことを言われていないが、満足そうな寝顔を思い出す。
それに加え、紫原。あいつはオレに関心はないだろうが、赤司があの調子ならば漏れなくついてくる。今度こそ男の象徴を奪われかねないような事態に陥ったら、オレは。
「…ッ!!」
「ちょ、どうしたんですか、火神くん?」
「…勘弁してくれよ、おい、黒子、マジであいつら何とかしてくれ…っ!お前、あいつらの友達だろ?」
「友達じゃないですし、嫌ですよ。あの人たちを敵に回すなんて、考えられません」
「黒子ぉ…」
「…いいじゃないですか、日替わりで構ってあげれば。火神くんのご自慢のそれで」
「…お前、ほんとは怒ってんだろ?!根に持ってるだろ?!オレのコレ恨んでんだろ?!」
「……」
心底呆れたようにため息をつく黒子に怯みつつも、オレには頼れる奴がこいつしかいない。必死に橋渡しを願うが、黒子は拒絶した。
「…僕よりも、もっと適任な人はいますけど」
「へ?マジで?誰だよ」
「…会いに行ったら間違いなく青峰くん辺りに捕まると思いますけど、頑張ります?」
「う…」
その名前にトラウマ的なものを感じつつも、背に腹は変えられない。真の救世主の名を聞きだそうとしたところ。そいつは、背面から飛んできた。

「テツくーん!おかえりなさーい!」
「っ!!」
「ば…っ、おま、何すんだ!!」

気配もなく飛んできたそいつは、黒子の背中に見事なタックルをかまし、黒子はよろよろと前のめりに倒れ掛ける。慌ててオレは黒子を支え、襲撃者を罵倒する。
そこに立っていたのは、意外な女だった。

「あれー?何で火神くんが怒るんですかぁー?」
「こ、こいつはいま怪我してんだよ!乱暴なことすんな!」
「桃井さん…どうして…?」
若干涙目になりつつも、オレの手を借りながら体勢を立て直した黒子が女に問う。そうだ、この女は元帝光バスケ部のマネージャーであり、黒子の、元カノ…。それを思いだした途端、封印されていた罪悪感がどかんと再発した。
「怪我?テツくん、怪我してるの?!」
「だ、大丈夫です…、ちょっとした腰痛なんで…」
「腰痛?…何したの?」
「それは…」
さすがに元カノにオレとの一夜の過ちを告白出来るほど、黒子の神経は図太くない。言いよどむ黒子に、桃井は不思議そうに首を傾げる。
「気をつけてね、テツくん、テツくんに何かあったら私…」
「大したことないんで大丈夫です。それより、どうしてここへ?」
「あ!そうだった!ちょっと火神くんに用事があって」
「オレ?」
「そうなの。赤司くんが、火神くんの家に行けって…。何しろとは言ってなかったけど、もう会ったからいいかな?いいよね?テツくん、デートしよう!」
「ままままま待て!!あ、赤司が言ったって?」
「そうよ」
頷く桃井の顔を凝視し、それからオレは黒子と顔を見合わせた。
黒子も知らなかったらしい。小首を傾げる仕草でそれを知る。
「…なあ、桃井。赤司の奴、オレんちに泊まれって言ってなかったか?」
「えー…言ってたかもしれないけど、有り得ないよ。私、女の子だもん。火神くんて一人暮らしなんでしょ?そんな家に泊まるとか…、あ、でもテツくんも一緒なら私…」
「火神くん!」
「うお?!」
途中からもじもじとしだした桃井の隙をついて、黒子がオレの腕を引っ張り耳打ちして来る。
「チャンスです。ここで桃井さんを味方につければ、赤司くんたちにも勝てます」
「え、マジで?!この女そんな強ぇの?」
「強いってもんじゃないです。この人はキセキ全員の弱味をがっちり握ってますし、今後危険が迫ってきたらすぐに知らせてくれるはずです。逆に、桃井さんが赤司くんたちについたら、もう火神くんは一生女の子を抱けないと思った方がいい」
「桃井!黒子も一緒だからオレんちに来い!」
黒子のアドバイスを受け、ここぞとばかりに桃井に笑顔を振りまいて誘いを掛ける。
桃井は少し困惑した様子を見せたが、黒子がうまく説得してくれたお陰で何とか了承を貰えた。

ただし、その後オレは桃井の恐ろしさを実感することになる。

「別にいいけど、みんなみたいにエッチなことはなしよ?私が火神くん寝取ったなんて知られたら、きーちゃんに泣かれちゃうし、ミドリンにねちねち小言言われちゃうし、大ちゃんに無視されちゃうし、赤司くんに包丁つきつけられちゃうし。…でも、テツくんがそこまで私のことを呼んでくれるなら、お邪魔しちゃいまーす♪」

にっこり笑って見せた桃井は、どこからどう見てもかなり可愛い女子高生だ。
だが、こいつは何もかも知っている。知っててこうしてオレの前に立っている。
黒子がいてくれて良かったと心から思い、礼を言う。だが、黒子は渋い表情で言った。
「僕、腰が痛いんですぐ帰ります。あとは火神くんが自分で何とかしてください。あ、でも、桃井さんは女の子なんで、いつもみたいなボディートークはやめてあげてください。…まあ、そんなことして泣かせたりでもしたら、明日はないと思いますけど」
「黒子!!まじ、何でもするから一緒に来て!頼む!この通り!」
「何でも?」
「ああ、何でもする!お前の好きなもん何でもオゴってやるし、パシリでもなんでもするから!だから…」
「…分かりました、今回だけですよ。桃井さん、行きましょう」
「うん!」


それから、上手い具合に桃井はオレの頼みを聞いてくれて、安全な高校生活は保障された。
この先一生、黒子には頭が上がらない。まあ、それでも健全な生活が送れるのなら安いものだ。
そう思っていた。浅かった。オレはどこまでも、ツキのない男だ。

「…あの、黒子さん。これ、何スか?」
「何でも言うこときいてくれるって言ったじゃないですか」
「言ったけど。…これ、…犬の首輪じゃないっスか」
「僕、小さい頃から夢だったんです。利口で従順な大型犬を飼うの。安心してください、人前では外してあげますから」
この先、オレは度々黒子の笑顔を見ることになるだろう予感がした。
たぶんそれは、いい気分のときではない。
「こんな形でキセキを制することが出来るなんて夢にも思わなかったですけど、良かったです」
「何その、オレ争奪戦みたいなの」
「火神くん争奪戦ですよ。みんな君の事が好きなんですから。でも、勝者は僕です。そうでしょう?」
「…はあ、…ったく、しょーがねーな…」
妙な結末を迎えることになったとは思う。
だけど、オレの膝の上に乗っかって満足そうに笑う黒子の顔は、意外と可愛い。
これでいい。そう思いながら、自ら黒子にキスをする。
「…火神くん?」
「分かったから、…エサくれよ、ご主人様」

ごっこ遊びに付き合いつつ。まあ、悪くないかも、なんて思ってキスに没頭していたら、ベッド下に落とされたオレの携帯が震え出す。
何事かと応答すれば、相手は桃井で。
「火神くん?いま赤司くんがそっち向かってるっぽいから気をつけてね。なんと!今日はムっくんも一緒みたいでーす」
「なんだと?!」

本当に健全で平穏な生活に戻れる日は、まだまだ遠いようだった。










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