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▼ Saturday.






黒子が元帝光中バスケ部の幻の六人目と言われていたことを忘れたわけじゃない。
だが、どこかでオレは思いこんでいた。今回の件に関しては、黒子は除外されてるのだろうと。
また、もしも黒子が一週間の一日に組み込まれていたとしてもオレにとっては無害なものだと思っていた。

もうすぐ日付が変わり、土曜日になる。
ここへ来ると、黒子は言っていた。
それを待つ間オレが抱えていた不安は、いままで散々あいつの元チームメイトたちに植え付けられた危機感からに他ならない。



「こんばんは、お邪魔します」
「…マジで来たのかよ」
「ええ、まあ」
訪れた黒子の様子に、普段と変わった様子はない。それでもオレは警戒心を解くことが出来なかった。
他の奴らもそうだが、今やこいつらは帝光のバスケ部員ではない。それぞれ違う高校へ進学し、バラバラのチームに所属している。にも関わらず、こいつらの行動にはまるで血統で縛られているかのように統一されていた。
なぜ、赤司に従うのか。いや、待てよ。今はもう、赤司の指示ですらないはずだ。あいつはもう終わりにすると言っていた。先ほどまで紫原の恐怖を叩きこまれていただけに、その後に現れた黒子に警戒心を持つのは仕方がないことだ。
「…そんなにビクビクしないで下さい。僕は何もしませんから」
「…なんで、来たんだよ」
「…一応、約束なんで」
「赤司と?」
「いえ、…カントク、ですね」
「は?」
「カントクの言っていた条件、覚えてます?あれは赤司くんと結ばれた契約じゃない。各高校とカントクが話をつけてきたものです。紫原くんのところは、赤司くんを通してかもしれませんけど」
「…でも、それじゃおかしいだろ、お前はオレと同じチームだぜ?」
「僕にもあの人が何を考えているか分かりません。ただ、まあ、君と本気でやり合うのも悪くはないと思いまして」
「…そうかよ」
「そうです」
断言しながら黒子は持ち込んだカバンから衣服を取り出し、オレに言う。
「シャワー、まだなんで。借りてもいいですか?」
「あ、ああ、使えよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げ、浴室へ消え行く背中をぼーっと見送る。
久しぶりに正常な会話をしたような気がした。
まあ、黒子なんだから当然なんだけど。

浴室から聞こえてくるシャワーの音をBGMに、オレは黒子の言っていたことについて考える。
黒子はオレのチームメイトであり、協力し合う仲間だ。対戦をすることはありえないはずだった。
だが、黒子はオレとの対戦を望んでいる。意外な事実に驚きつつも、オレはその決断を嬉しくも思っていた。
出会った頃の黒子は、そりゃもう酷いもんだった。シュートは入らない、リバウンドは取れない。背も足りなければ足が速いわけでもない。消えることだけが唯一かつ最強の武器だった黒子は、今やそれ以上の物を得てチームに欠かせない存在となり。成長した黒子と、本気でやり合うことを想像すると好奇心が強くうずく。
他のキセキとの対戦も同じだ。今までオレは屈辱に耐え抜いた。これは、楽しませて貰わないと割に合わない。そんなことを考えれば、この一週間も無駄じゃなかったと前向きに思うことが出来た。

「お待たせしました」
「おう、早かった…な…?」
「?どうしました?」
「おま…っ、下!下履けよ!!」
風呂上りの黒子がオレの前に戻ってきて、その姿にオレは大いに焦る。黒子はサイズの大きいシャツを一枚着ているだけで、下半身はパンツ一枚だった。
剥き出しになった白い足を見せられて、オレは大袈裟に慌てふためき、思いっきり黒子から視線を外した。
「…なんですか、いまさら。足くらいいつでも見てるじゃないですか」
「そ、そりゃ…、でも、その…っ」
「荷物は最低限にまとめてきたんで、履くものはないです。寝るだけですし、構わないでしょう?」
「ね、寝るって…」
「…何もしないって言ったじゃないですか。火神くん、君もさっさとシャワー浴びてきてください」
呆れたようにそう言う黒子に、内心動揺しながらも従う。すれ違いざまに黒子が呟いた一言は、あえて聞かないフリをした。
「あの五人に触れられたモノで触られるのは嫌なんで、ちゃんと綺麗にしてきてくださいね」



一週間、色ボケたことばかりさせられてきたから。
だから、オレの頭はどうかなってしまったのかもしれない。
風呂から上がると部屋の照明は最低限まで落とされていて、オレのベッドには黒子が横になっていた。
もう寝ているのかと思い、そこに近付く。掛け布団の上に転がってる黒子を隠すものは何もなくて、当然、むきだしの白い足もあらわになっていた。
「……」
寝息も立てずに静かに目を閉じる黒子が眠っているのかどうかは分からない。ただ、まじまじと眺めるその体は本当に小さくて華奢なモノのように思える。
赤司のときと同じだ。デカイ奴らばかり見ていると、標準体型の人間がひどく繊細で愛らしい生き物のように思えてくる。特に、これは赤司以上に大人しくて地味な奴だから。その錯覚も、強く影響してくる。

「…おい、黒子」
試しに声を掛けてみたが反応はない。やっぱり寝てるのか。そう思いながらオレはベッドの端に腰を下ろす。
「……」
見ないように、と思いつつも。視線はどうしても、見慣れない白さに向かってしまう。
こいつ、こんなに綺麗な足してたっけ。普段見ている場所が場所なだけに、こんな静かで何もない、自分の空間にあるそれが異色に思えてくる。
無意識に喉が鳴る。黒子は何もしないと言っていた。する必要もない。オレたちに出された条件はセックスではなく、一緒に夜を過ごすことなのだから。

とは言え、この状態で眠られても困る。露出部分が多過ぎる格好は、室内とは言え季節的に問題ありだ。風邪をひかれてオレの責任にされたらたまったもんじゃない。せめて布団を掛けてやろうとするが、そのためには黒子の身体をどかす必要がある。
寝入っているところ申し訳ないが、黒子の肩を軽く揺さぶった。
「おい、ちょっと起きろ。風邪ひくぜ」
「ん…、やです…」
「ヤじゃねぇよ!ワガママ言うな!」

内心今の幼い反応にどきっとしながら、ぐらついた理性を戻すために頭を振って声を張り上げる。
意外に黒子は寝起きが悪いようで、いくら揺さぶって耳元で喚いてみても拒絶する一方で事が進まない。焦れたオレは、(よせばいいのに)強硬手段に出た。
黒子の背中と布団の間に片手を押し込み、その身体を浮かせる。そうして布団をめくってそこに黒子を押し込む方向で考えていたオレの思考は、黒子の思わぬ動きによってフリーズさせられた。

「…っ!!」
「ん、んー…、さむ…」
抱え上げた途端、黒子は吸いつくようにオレの首に両手を回し、額をオレの肩に押し付けるようにしてむにゃむにゃと寝言を口にする。あの黒子が。人形みたいに無表情で地味で普段にこりともしない黒子が取ったこの甘えるような仕草は、とんでもない破壊力をオレに見せつける。その証拠にどうだ、オレの下半身は。
「…嘘、だろ?」
連日の乱れた生活が、この期に及んで予想外の効果を齎す。やばい。一刻も早くこの甘えん坊から離れなくては。そう思うも、意識のないはずの黒子はがっちりとオレにしがみついて片手一つではなかなか剥がれない。
まさか、こいつ起きてんじゃねぇか?そんな考えに至った頃。下半身に、びりりと電流のような刺激が流される。
「?!」
思わずオレは黒子を支えていた片手の力を緩め、距離を置く。それでもやはり黒子は剥がれない。焦りが募る中、黒子の膝はオレの下半身をぐいぐいと押してくる。
「お、おい、黒子!いまマジでヤバイからっ、妙なことすんのは…」
「いいですよ」

斜め下からすかさず聞こえた声は、寝起きのものとは到底思えない。
きっぱりしたその響きに、オレは再び思考をフリーズさせ。ゆっくりと、視点を下へと落として行き。
そうして見たのは、今までに見たこともない小悪魔の微笑。
「今日は特別です。火神くんの、好きにしていい。…何しろ今日は、土曜日ですから」
この完璧な誘惑に打ち勝てるほど、オレの精神力は出来てない。この一週間で、すでにそれは証明済みだ。




「……うあぁー…」
その朝の自己嫌悪っぷりは底が知れない。一週間分、いや、一生分のそれが一気に圧し掛かってきたような、最悪な気分だった。
今までも今までだったが、今朝は格別。何せ、いまオレの横で天使のような顔で寝入ってんのは、現役チームメイトでありクラスメイトであり、相方とも呼べる存在なのだ。
いくらなんでもこれはまずい。こいつが目を醒ましたら、どんなツラで挨拶をすればいいのか。どんな会話を交わしたらいいのか。マジどうしよう。誰に謝ったらいいか分からないまま、土下座したい気持ちでいっぱいになる。
いっそこのまま目を醒まさなければいい。思い詰めてそんなことを考え出したオレの目の前で、非情にも黒子の目はぱちりと開かれた。
「……」
「…おはよう、ございます…?」
「お、おはよ……、…その、…えーと、」
「…大丈夫ですよ」
「へ?」
「…思ってたより、痛くなかったです。気持ちよくもなかったけど。だから、別に君を責める気はないですから」
いつものように淡々と喋る黒子の言葉は、確かに、オレを責めているような口調ではない。
忘れていいですよ、と言いながら黒子は身体を起こす。
「黒子…」
「っ!」
「!…や、やっぱ、痛ぇんじゃねぇか…、おい、大丈夫か?」
ベッドから降りようとした黒子が息を飲んでバランスを崩したのを見て、慌てて黒子の腹に手を回して支えてやる。だが黒子は、助けはいらないとでも言うようにオレの手を振り払い、ふらふらした足取りでベッドから離れていく。
「あの、シャワー借りてもいいですか?」
「そりゃ構わねぇけど…、ひ、ひとりで平気か?」
「…一緒にシャワー浴びてもいいですけど、僕、二回目はごめんですよ?」
「…な、何かあったらすぐに呼べよ!」
心もとない黒子の様子に不安はあった。だが、黒子の言う通りオレの理性にはオレ自身も信用が持てない。今も、昨晩の名残で未だに色気の滲んでる黒子の肌を見るだけで結構ムラムラしてる状態だ。
譲歩して投げた言葉に振り向いた黒子は、僅かに口端を上げて頷く。そして、感情の分かりにくい声でこう言った。

「お疲れ様でした。」

それを聞いた途端、オレは大きく息を吐きながらベッドに仰向けに転がった。









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