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▼ Monday.






制服姿で現れた黄瀬は、図々しくオレの部屋に上がると図々しく上着を脱いで図々しくベッドを占領した。
「火神っちの部屋来たの初めてっスね!へー結構キレイにしてんスねー」
「…お前、何しに来たんだ?」
「見ての通り合宿っス!つっても、急だったんでお泊りグッズは何もないんスけど。火神っちのパンツ貸してくれんスよね?」
「嫌だよ。…つーか、泊まってく気かよ?!」
「誠凛のカントクさん命令なんで。オレの意思じゃないっス」
「…何考えてんだ、あの女」
額に手を当て項垂れる。どう見てもバスケをしに来た様子のない黄瀬は、忙しなくベッドの上を転がったり、そのままベッドの下を覗き込んだりと非常にうるさい。喋ってなくてもうるさい奴だ。
「…大人しくしてろよ」
「えー、火神っちの部屋に上がれるチャンスなんて滅多にないし、ちゃんと見とかないと」
「なんだよそれ。何もねーぞ」
「みたいっスね。つまんねーっス」
「…じゃあ帰れよ」
「だからー、そーゆーわけにいかないんスよぉ」
オレの事情も汲んでよなんて眉尻を下げて笑う黄瀬に、オレは諦めを覚えた。
こいつは本気で今晩ここに泊まるつもりなのだろう。すでに首もとのネクタイも緩ませ、完全に寛いだ体勢でいる。オレは床に腰を下ろし、盛大に息を吐いた。

「で、お前何する気なんだ?」
一通り室内を物色して満足したらしい黄瀬に声を掛けると、黄瀬はオレを見て軽く首を傾げた。
「んー、特に指示はなかったんで、自由にしていーと思うっス」
「ふーん。メシは?」
「食って来たっス。あ、でも火神っちが愛情手料理作ってくれんなら入るっスよ?」
「やんねーよ。そんならさっさと寝るぞ」
「え?!ね、寝ちゃうんスか?」
「なんだよ」
「いや、…折角来たのに。もっと喋ろうよ」
「お前と喋ることなんか特にねーよ」
「ひどっ!じゃあオレが喋るから火神っちは聞いててよ」
「いや、寝るから」
「寝んなっス!」
黄瀬に背を向ける形で床に横になると、背後で黄瀬がばっと起き上がった気配を感じた。
まったくうるさい奴だ。何のつもりでこいつをオレの部屋に寄越したんだ。あのカントクの考えることは何一つ分からない。

ただ、しょっぱなが黄瀬で良かったと思う気持ちもなくはない。
うるさい奴だが、こいつは言動が素直で見てて分かり易い。黒子の言う通り、悪意はないのがすぐに分かるからまだマシだ。
これで初日から青峰やら赤司やらを寄越されたらオレは荷物をまとめて一週間ホテル暮らしを決意していたかもしれない。
「ねー火神っちー、…本当に寝ちゃうんスかぁ?」
「……」
「火神っちー…」
「うっせーよ!寝させろ!」
起き上がって怒鳴りながら黄瀬を睨む。これが、まずかった。
見てしまったのは、明らかに落ち込んでる黄瀬の顔。オレは勢いを殺がれる。
「…お、おい、黄瀬?」
「…分かったっスよ、寝るなら寝ていっス。でも、ここ火神っちん家なんだし、床で寝るのって違うスよね?」
「…お前が乗ってたら寝れねーだろ」
「一緒に寝ればいーじゃん」
「はぁ?」
物理的に不可能なことを言われた。言い返そうとして口を開いて。

固まった。

「き、黄瀬…?」
「い、一緒に寝るくらいいーじゃないっスか…、オレ、寝相いい方なんで火神っちに迷惑かけないし、それに、…くっつけば、そんなに狭くない、っスよ…?」
「いや、ま、まずいだろ」
「なんでっスか?オレじゃダメなんスか?」
「そういう問題じゃねーよ、つーか、お前…」
何つーツラしてんだ。言おうとした。言えなかった。焦れた黄瀬が身を乗り出して、オレの腕を掴みあげたから。
「黄瀬…っ」
「オレ、ふつーに嬉かったんス。火神っちと二人きりになれるって聞いて、…しかも、元チームメイトの中でオレが一番最初なんスよね?」
「ま、まあ、そーだけど」
「そういうチャンスは活かさないとダメっスよね。だから」
ベッドからずり降りてきた黄瀬が、どすんとオレの膝の上に乗りかかって来た。重い。文句を言う前に、するりと黄瀬の長い両手がオレの首に回される。そして顔が近い。近い上に、ほのかに赤くて目が潤んでる。まずい。これは、マジで。
「ねえ、火神っち」
「…黄瀬…」
「好きっス、オレ、火神っちのこと…、だから、お願いっス、オレに」

顔が、黄瀬の唇が耳元に押し当てられる。
吐息混じりに囁かれた。最高の殺し文句を。

「誰かにする前に、オレに、…して」


黄瀬で良かったと思った。良くも悪くもストレートで、それほど扱いにも困らない。そのはず、だった。
それが、なんだこれは。全身の体液がぐらぐら沸騰するほどエロい声で誘われて。これで襲わなければ男じゃないような気にさせられて。

こんなはずじゃなかった。本意じゃなかった。オレが黄瀬に欲情するなんて。






「……」
朝を迎えたオレは、隣ですやすやと眠る超がつくほどのイケメンの姿を見て自己嫌悪に陥った。
確かにこいつは顔が良い。なんていうか体も。同じ男とは思えないほどに肌はすべすべしてるし、触り心地は最高だった。でも。それでも、どうしてオレはこいつと。
やっちまった。一番やっちゃいけないことを、してしまった。
「…ん、…かが、み、っち…」
「っ!」
不意にむにゃむにゃした黄瀬の声で呼ばれて、オレはビクっと肩を揺らす。まだ黄瀬は眠っている。
ずれた毛布を剥き出しの肩に掛けなおしてやり、オレはベッドを降りる。

さて、今日からオレはどんなツラしてこいつを会話をすれば良いのだろう。
そして、カントクや今夜から日替わりでオレの元を訪れるというこいつの元チームメイトたちに、どんな言い訳をしたもんか。

何はともあれ今夜からはこのようなことはしてはいけない。
恐らく、黄瀬が相手じゃなければオレは平気だ。他の奴らの顔を思い浮かべ、決意を固める。
これから一週間、何事もなければいい。そうしたら。もう一度黄瀬と今後の話をするつもりだ。
もしも黄瀬が本気だというのなら、オレは。

「…ま、悪かねーか」

相変わらず幸せそうに寝入る黄瀬の顔を見て、オレはぽつりと呟いた。










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