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あの日以来、オレは黄瀬と顔を合わせていない。
親父の会社の社員だ。当然と言えば当然で、むしろ頻繁に顔を合わせるほうがおかしい。

ものすごく、おかしい。


「おかえりっス、大我クン。フロ沸かしといたっスよ、先入る?」
「……なんでいんの……?」

学校から帰ってきたオレがリビングで見たのは、モデルでもホストでもない親父の会社の社員のひとり。今日はすでにスーツを脱ぎ、ネクタイも解いたくつろぎ体勢でそこにいる。
「親父は?」
「あれ?聞いてない?火神サン、今朝から三日間出張で関西の方行ってんスよ。だから、」
「……だから?」
「大我クンが一人で寂しいだろうから、様子見てやってくれって。鍵渡されちゃって」
「……お前なぁ…」

最初に親父が黄瀬を家に連れて来た日から一週間も経っていない。連絡先を交換し合ったわけでもないし、個人的に仲良くなった覚えもない。それなのに。あの親父はいったい何を考えてんのか。

「まあオレ的には助かるんスよね。一人暮らししてるっつったっしょ?実はまだアパートの契約が残ってたから引っ越してきてないんスよ」
「…ああ、引き抜きで転職したんだっけ」
「そーそー。2時間近く掛けて会社通うよりは火神サン家泊めてもらっちゃったほうがラクってこないだ分かったんス。っつっても安心してよ、別にコレ合鍵ってわけじゃないから。泊めて貰うのはこの三日間だけ。よろしくね、大我クン」
「…ハァ。まあ、別にいーけど」
そういう事情があるならと納得する。どうせこっちは学校があるし、あっちは仕事がある。顔を合わせるのは夜この時間帯くらいなもんだろう。
「どこで寝んの?」
「火神サンは自分の寝室使ってもいいっつってたけど、さすがにそうはいかないっスよね。ソファで寝ていい?」
「ああ、そんじゃ毛布持って来とく」
「ありがと。あ、それと夕飯っスけど」
「作ったのか?」
「んなわけないじゃないっスか。弁当買ってきた。居座らせて貰うのにメシまで作れなんて言えないしね。焼肉弁当でいい?火神サンこれよく食ってっから」
「ああ、なんでもいい。…サンキュ」
「あっためとくから先にフロ行っといで。毎日シャワーじゃ疲れ取れないっスしね」
「…おお」

用意のいい展開に若干戸惑いながらも、黄瀬の言うとおり自室を経由して風呂場に向かう。
料理の出来ない奴だから、毎日シャワーの欠点を指摘するとは思ってもみなかった。
フロを沸かすくらいわけはない。スイッチ一つで湯を落とせる。それなのに。あいつがやったと思うと、なぜか妙に感心してしまう。
こういうのは何と言うのだろうか。家庭的?ギャップ萌え?いや、べつに萌えてるわけじゃないのだが。
何はともあれ、黄瀬がうちに泊まるのは必ずしも迷惑しかないわけではないと考えつつ、風呂から出たところ。

「あー、大我クン…、…ごめん、なんか、弁当がレンジの中で爆発した」
「……は?」

予想外の失敗報告に、またオレは戸惑うことになる。



爆発物の正体は、弁当のフタにくっついていたサラダ用のドレッシングだった。
「…べつにいーよ。中身が食えれば。…レンジの中は掃除しとくし」
「ホント、スンマセンっス。こういうの馴れてなくて」
「弁当もあっためたことねーの?」
「…言うなれば、家でメシ食うことも滅多にねぇっス。前の会社忙しくて泊まりも多かったし、…一人でメシ食うのも、なんか、気乗りしなくて」
「…ああ、そういうタイプか」
「だから大我クンのことはマジで偉いと思ってんスよ?ソンケーの域に達するっス。一人でメシ作れて、一人で食えて。…火神サンの教育が良かったんスかね?」

あたために失敗した弁当を食卓に運び、向かい合って食事をしながら。尊敬する、などと言われて照れ臭い気分になったところで親父のお陰、と言われて落とされる。
黄瀬とオレの繋がりはオレの親父ただひとつだ。会話中に話題にのぼるのは当然なのだが。
「火神サン、言ってたっスよ。大我クンが料理上手のいい子に育ったのは、自分が家庭にだらしないからだって。しっかり者に育ってくれて本当に嬉しいってさ」
「…それ、あいつの手だよ。そーやって人のこと持ち上げといて何でもかんでもやらせんだ」
「あぁ、それ分かる。オレもそれで何年も勤めてた会社あっさり辞めて転職しちゃったんスよね。『君はあんなブラックすれすれの会社で馬車馬のごとく働かされるような人材じゃない』とか言われちゃってさ」
「…何その口説き文句みてぇなの」
「口説かれたんスよ、実際。オレ、最初にスカウトされたときはマジ迷惑だって思ったんスよ?せっかく仕事覚えて安定してきて社会人らしくなってきたなーって時に転職転職言われて。他社の人間が、余計なお世話だって思ったもんっスよ」
「…ふぅん」
「…でもさ、やっぱ、ああやって褒めてくれたり、必要として貰えるのって、いいっスね。…オレよりも仕事出来て要領いい奴なんていっぱいいんのにさぁ、火神サンは、オレを選んでくれた。火神サンから見たらひよっこ同然のオレを、何度も飲みに誘ってくれて。…あんなに熱心に口説いて貰っちゃったら、さすがのオレも、」
「なあ、黄瀬」

一人でメシを食うことがないってのは、本当かも知れない。ひと口飲み込むごとに喋り進める黄瀬は、先日うちに来たときよりも饒舌だった。
そうやって親父との出会い話を聞かされ続けたオレは、無性にイライラしてきてしまい。

「お前さ、彼女とかいんの?」
「……へ?」

流れもへったくれもないおかしな質問をしてしまったと気付いたのは、黄瀬の箸からぽろりと米粒が落ちたのを見届けた瞬間だった。



メシの後、食卓を片付けたオレはそのまま自室に引き篭もった。
あのまま黄瀬の話を聞き続けてもよかったのだが、どうにも居辛い。それは、黄瀬についていくつかの情報を持ってしまったからだ。

現在黄瀬には彼女がいない。前の恋人とは、仕事が忙しくて連絡を怠っているうちに愛想を尽かされ、他に奪われてしまったのだと言う。
それから。これは直接黄瀬に確認したわけではないが、あいつの様子を見ていれば何となく分かる。黄瀬は、オレの親父にかなり傾倒している。

普通じゃないと、思ってしまった。
考えてみれば、先日も。親父に、オレの母親、つまり自分の元妻に似ていると言われ、まんざらじゃなさそうだった黄瀬の態度。
酒が入っていた。だから悪乗りしていた。そう思ってしまえばそれまでだ。だが、今日の黄瀬は素面だった。その上であいつは感慨深げに親父との出会いをオレに語った。

そんな黄瀬の表情を見ているうちに、不快な気分が募っていって。
思い付いたのは下衆な憶測。もしかしたら、黄瀬は親父に対してよからぬ感情を抱いているんじゃないかと。思ったら、どうにも腹の底がグツグツ疼いて。
恋人の有無を確認したのは、黄瀬の性癖を探るためだった。

どうしてここまで不安定な気分になっているのか、自分自身のことながら見当がつかない。
モヤモヤした不快感を持って、あのまま黄瀬の前に居座ることなど出来ないと思った。
こうして黄瀬から離れた今も。吐き気にも似た異様な不快感はオレの全身にべったりと張り付いている。



「寝れた?」
「…うるせぇ、寝起きはいつもこうなんだよ」
「低血圧っスか?大変っスね。朝飯は?」
「…途中で買って食う。お前は」
「オレもそーする。昨日買っとけば良かったっスね。そしたら朝も一緒に食え、」
「…うちは、朝昼は家で食わねぇから。明日からもそーしろ。…でもって、夜だけど」
「ん?」
「…オレ、今日予定あっから。メシは外で食ってくる」

翌朝顔を洗ってリビングに足を踏み入れると、すでにスーツに着替えた黄瀬がいた。どことなく気まずい感じで目を合わせられなかったが、黄瀬のほうはそうでもないらしい。オレの言葉に平然と「分かったっス」と返し、手首に巻いた時計を確認する。そろそろ出勤の時刻らしい。
「そんじゃオレも外で食お。…あ、ねぇ、大我クン、予定ってデート?」
「は?!」
「昨日オレの元カノ話だけ聞いてさっさと二階行っちゃったじゃん。大我クンはどーなんスか?彼女いんの?」
「い、いねぇよ、そんなもん…」
「なんだ、モテそーなのに。折角かっこよく生んで貰ったんだから、若いうちは遊びまくっといた方がいいっスよ?あ、合コンすんならオレ呼んでよ。結構盛り上げんの得意なんで」
「…へぇ。…オレらの世代でいーのかよ?」
「女子高生?大歓迎っスよ!…なぁーんて」
軟派なことを言いながらへらりと笑った黄瀬は、その笑みをふっと消し飛ばし。
「さすがに、未成年には手出し出来ねっスわ」

真顔で呟かれたその一言が、なぜだかオレの胸にグサリと突き刺さった。










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