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▼ 10年早いよ

※高校生火神くん(16)×社会人黄瀬くん(28)の話
※架空の人物(火神パパ)がかなり出てきます。ねつ造いっぱいです。


***



学校から帰宅したら、家の中にモデルみたいなのがいた。
ド派手な金髪に右耳のピアス。明るいグレーのスーツを着たそれは、もしかしたらモデルじゃなくてホストかもしれない。
ただ普通のホストと異なる点を言えば、シャツのボタンは一番上まで留まっているしネクタイの結び方もきちんとしている。そこだけ見れば、就活中の大学生にも見えるこの男。

これが、親父の新しい秘書だって言うから世の中は分からない。


「大我クンっスよね?はじめまして、オレは黄瀬涼太。お父さんにはいつもお世話になってますっス」
「…冗談だろ」
「へ?何が?」
「お前年いくつだよ…。しかも親父の会社はマトモな一般企業だぞ。お前みてぇな奴が秘書って有り得ねぇだろ」
「唐突に失礼発言のオンパレードっスね。まぁいいっス。オレが火神サンの秘書ってのは冗談じゃなく本気だし、オレは今年28になるし、火神サンにヘッドハンティングされる前は大手企業でばりばり営業やってました。納得?」
「…色々と納得できねぇな」

喋れば喋るほど怪しい男に思えてくる。明らかにこいつの発言はおかしいし、この顔で28とか言われても。高一のオレよりは上かもしれないが、一回りも年上だと?これで?ねーよ。

「そんなに疑うなら免許証見る?つーか、お父さんに聞けば一発っスよね」
「…親父はどこにいんの」
「さっきまでいたんスけど、仕事の電話かかってきて部屋に行ってる。たまに定時上がりしてもこれじゃ休んだ気にならないっスよね。社長サンってのも大変っスね」
「……」
軽薄なことを言いながら黄瀬はサイフから一枚のカードを取り出し、こっちに差し出す。嫌な予感がしつつ受け取り、内容を確認する。免許証の写真は黒髪だったが、顔は間違いなく本人のもので。その生まれ年は。
「信じて貰えた?」
「…干支は?」
「…随分と古典的な確認方法っスね、それ。国家発行の証明書くらい信頼しろよ」
そう言いつつ答えた動物の名前は、オレの干支と同じだった。



黄瀬涼太はマジで28歳のいい大人で、先月親父付きの秘書になったばかりの社会人だった。
仕事を終えてリビングに戻ってきた親父が改めて黄瀬をオレに紹介し、オレはこの現実を認めざるを得なくなる。
「黄瀬くんには毎日遅くまで仕事させてるからな。たまにはメシでも食わせてやりたいって思ってよ」
「…だったら外に食いに行けよ。なんで自宅に連れ帰んだよ」
「オレが頼んだんスよ!だって、火神サンの息子サンの料理ってめちゃくちゃ美味いって言うから。しょちゅう自慢されちゃったら、一回は食ってみたいって思うじゃないっスかー」
「親父…」
「いや、本当のことだろ?」

親父がオレの料理の腕を認めていることは知っている。親父の知り合いに会うたびに、君が料理の美味い息子さんかと言われるからだ。それ以外に自慢出来るところはないのかとばかりに褒めているらしいのでまあ悪い気はしないが、だからって自分の部下を家に連れてくるのはいい加減やめてほしい。

「つーわけで、大我、メシ」
「オレだって部活で疲れてんだけど…」
「オレ、手伝うっスよ!」
「……」
当然の顔で家事を強要して来る親父に文句を言おうとしたところ、嬉々とした表情でスーツを脱ぎシャツの袖をまくり出すやる気満々な部外者がいる。お陰でオレは横暴な要求を断ることが出来なくなった。



小学生の頃に母親と死別して以来、ずっと親父と二人で暮らしてきた。
会社経営をしている親父は毎晩夜遅くまで家に帰ってこなかった。オレの家事能力が上がったのは、そのせいだ。
「でも偉いっスよね、男の子なのに。男所帯の家がこんなにキレイに片付いててびっくりしたっス。うちは逆に姉ちゃん二人いる女所帯なんスけど、いつ帰っても部屋汚ねっスよ。父ちゃんは肩身狭そうにしてるし」
「一人暮らししてんの?」
「ん。今はね。…でもオレは全然家事とかしないっス。メシも外で食ってばっかだし、アパートには寝に帰るみたいなもん。今度遊びに来る?そんで部屋掃除してよ」
「ふざけんなよ…。…つーかお前、包丁離せ。手つき危なっかしいんだよ」
意気揚々と手伝いを申し出た割に、黄瀬の様子はおかしい。その理由は自ら暴露した。ろくに台所に立った事のない奴がしゃしゃり出てきやがって。
「人の好意を無碍にしなーい。部活で疲れてんスよね?言ってくれればオレやるから、大我クンはカントクしてくれたらいいんスよ」
「見てらんねーよ、お前の手さばき。…つーか、疲れてんのはお前も同じだろ。仕事帰りで」
ぽつりと付け加えた発言に、すぐの反応はなかった。なんだと思い顔を見れば、このキョトン顔。
「…な、なんだよ」
「いや、…親子なんスね、火神サンと大我クン。いまの言い方、お父さんっぽかったっスよ」
「は…?」
「オレは火神サンほど多忙じゃないんで、心配ご無用っス。でもありがとね、気遣ってくれて。で、大我クン、これ何で味付けんの?オレしょっぱいのがいい。塩味にしよ」
「は?…っ、おい待て、振りすぎだ!ダシ効いてっから塩分はちょっとでいいんだよ!」

一瞬呆けた隙に、黄瀬はまだ煮立ってもいない鍋に大量の塩を投入した。
親父が高血圧になったら、こいつのせいにしようと思う。



普段よりも塩味の強い夕食を終え、親父の晩酌に付き合う黄瀬を余所にオレは二階にある自室へ引っ込んだ。あれはオレの客じゃないし、持て成す理由もない。席を立ったときに親父が何か言っていたが、宿題があると言えば引き止めては来なかった。

部屋に入り、制服を着替え。ひと息ついてからオレは黄瀬と言うどう見てもチャラい外見の社会人について考えを巡らせた。
食事中にすでに酒の入っていた親父は、どういう経緯で黄瀬が自分の秘書に納まったかを嬉しそうに説明していた。今までの秘書が一身上の都合で退職し、それからしばらくは一人で戦ってきたが、どうしても人手が欲しかった。そこへ以前から何度か自社の製品売り込みに来ていた黄瀬に、引き抜きを提案したのだと言う。
(もともと営業として引き抜こうと思ってたんだけどな。タイミングがタイミングだったから、ひとまずオレの側に置いといて、ゆくゆくは営業部長に育てあげようと思ってんだ)
(へぇ。こんなの営業で使えんの?チャラチャラした格好してっけど)
(黄瀬くんは若い奥様に大人気なんだぞ。ただでさえこんな優秀な顔で、その上女性の扱いが非常に上手い。大我と違ってマメに気遣い出来る子だしな)
(んなことねっスよ、大我クンもいい子っスよ?さっすが火神サンの血を引いてるだけあって)
(ほら、上手いだろ?)
(あー…。世渡り上手だな、たしかに)
親父のグラスが空けば即効で酒を注ぎ足す。自分の息子について謙遜すればすかさずフォローを入れてくる。これは、確実に上司に気に入られるタイプだろう。

ただ、親父がこの男を秘書にした理由について今ひとつ腑に落ちない点がある。
(…男でいいのかよ?)
前回の秘書は、若い女性だった。彼女を採用した際に親父はむちゃくちゃ鼻の下を伸ばして喜んでいた。若くて美人な女が常に側にいる。男にとってこれほどの幸福はないと、聞いてもいないのに力説していたことは今でも忘れていない。
その点、黄瀬はどう見ても男だ。身長は親父よりも高いし声も低い。顔は見様によっては中性的とも言えなくはないが、これを女と間違える奴はいないと思う。
その指摘に対し、親父はにんまりと笑って横にある黄瀬のツラをチラ見した。
(男でこんなにキレイなツラしてる奴もそうそういねぇだろ。黄瀬くん、学生時代はモデルやってたんだぜ?)
(はぁ…?だから?)
(どんなに仕事が出来て整った顔して胸がデカくていいケツしててもな、愛想もなく黙々と言われたことこなしてるようなのよりは、ニコニコして愛嬌あって気の効く奴のがいい。その点黄瀬くんは最高だ。何なら連れ歩きてぇくらいに気に入ってんぜ、この顔。ちょっとお前の母ちゃんにも似てねぇ?)
(…いや、全然似てねぇよ)
思わぬ発言を受け、つられて黄瀬の顔に視線を送る。容姿を褒めちぎられてまんざらでもないのか、黄瀬は嬉しそうに目を細め。あは、と笑って頭をかいた。
(オレ、顔のこと褒められんの馴れてっけど、こんだけストレートに好みだって言われたの人生初っス。照れるなー)
(…待てよ、マジで母ちゃんには似てねぇぞ?)
(大我、お前さえ良ければ黄瀬くんのことはママと呼んでくれても構わないぞ)
(呼ばねぇよ!アホかこのクソ親父!)

酔っ払ってるのは親父だけかと思いきや、どうやら黄瀬もそこそこ飲んでいるらしい。いい大人が二人してキャッキャとじゃれ合う姿を、オレはげんなりした気分で見せられる羽目となった。


親父の好みのツラってのは、なんとなく分かった。
すっきりとしてどちらかと言うと気の強そうな眼差し。あの辺は確かに死んだおふくろと似てなくもないかもしれない。
だが断じて言える。男女の差はあれど、おふくろはあんなに美人で華のある女じゃなかった。

美人、と思ったことで、オレは慌てて自分の両頬をばしんと叩く。
何が美人だ。あっさり洗脳されんな、オレ。いくらツラがいいとは言え、アレは男だ。それも、もうすぐ30になろうとしている年上の。
30、という数字を思い浮かべ、オレはまた妙な気分になっていく。言われればそれなりに落ち着きのある奴かもしれないが、やはり腑に落ちない。30近くなってあの外見は、どう考えても浮かれすぎだ。
「…くそ」
続いて思い浮かべたのは、台所に立つ黄瀬の姿。
オレが疲れているからと率先して包丁を握った、あの危うい手つきが。

可愛かったと、認めてしまえばオレはあいつを美人と評価する親父のことを、異常だと言えなくなってしまう。










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