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不貞腐れて帰ろうとした青峰を呼び止めるために、火神と黒子っちに断って待ち合わせ場所に指定された店を出る。
青峰は不機嫌そうな顔でオレを振り返り、ため息混じりに呟いた。
「…お前もなぁ。なんで、アイツなんだよ」
「な、なんでって…、だって、火神っちがオレのこと好きだっつーんだから、そりゃ、しょーがないっしょ」
「好きだって言われたら誰でもいいのかよ?」
「そういうわけじゃないっスけど…、…何なんスかアンタ、何、怒ってんスか?」
意味が分からなくてすごく不安定な気分になる。
だって青峰、アンタはオレを拒絶した。オレよりも黒子っちがいいって、そっちに行った。なのに、何言ってんだお前は。
「…アンタに、オレの恋を否定される謂れはないと思うんスけど」
「そうかもな。でもダメだ」
「青峰っちぃ…」
「あいつはダメだ。認めねぇ。オレより弱い奴なんざ、お前には合わねーよ」

火神と付き合うことになったって話を黒子っちにしたとき、黒子っちは言った。
火神にオレを取られたくはなかったって。言われてオレは、少し喜んだ。
そして同じようなことを青峰に言われたオレは、やっぱり。


「黄瀬!」

ぐらってなったオレの背後から、ぴしゃりと名前を叫ぶ声が聞こえた。
はっとして振り返る。火神と黒子っちがこっちに走り寄って来た。
「あ…」
「騙されんなよ、黄瀬。お前、自分が誰のせいで悩んでたか忘れたのかよ?」
「火神っち…」
グラグラしてるオレの肩を掴んで火神が言う。そこでオレは思いだす。そういえば、そうだった。オレは青峰にフラれて、それでも青峰を忘れられなくて、結構辛い想いをしていた。
オレがいま、火神の好きを完全に受け入れられないのも。過去の想いが捨てきれていないからであり。
そして今日はそれをする絶好の機会だったはずなんだ。

青峰がいる。黒子っちがいる。そして火神が。
ここでオレは決断をしなければいけない。青峰の顔を見て、青峰にさよならを言って、火神の手を取って、そして。

「…あの、黄瀬くん。やっぱり一つ、いいですか?」
揺れるオレの胸に滑りこんできたその声にはっとして視線を向ける。黒子っちが落ち着いた表情でじっとオレを見ていた。
「スイマセン、ボク、やっぱり火神くんは却下です。…黄瀬くんが選んだなら我慢するつもりだったんですけど、実際に二人が一緒にいるところを見たら気が変わりました」
「お、おい、黒子?!」
まさかの裏切りに黒子っちの現相棒はみっともなくうろたえた。それを見た青峰が勝ち誇った笑みで言う。
「2対1だ。お前に勝ち目はねーぞ、火神」
「なんで多数決なんだよ!…黄瀬、お前のダチどういう性格してんだよ?!」
「そこで黄瀬くんに責任を押し付けるんですか?最低ですね。黄瀬くん、やっぱりこの人は諦めてください。ボク絶対に認めません」
「黄瀬、テツがこんだけ言ってんだ。お前は大人しくテツの言うこと聞いてろ」
「……」

衝撃の展開が続いて絶句していたオレに、三人の視線が向けられる。
オレはなんだか、喜んでいいのか怒っていいのか笑い飛ばしてしまえばいいのか、良く分からなくなっていて。

自信に溢れる勝ち誇った笑みを浮かべてる青峰は、過去にオレが好きになった人だ。
冷静でちょっと厳しい目つきをした黒子っちも、同様に。オレが好きになった人の好きな人であり、オレもちゃんと好きだった人。
そして困惑と不安を同時に表現しているあの情けない顔の男。あれは、オレを好きだと宣言してその気になった奴。孤立無援の四面楚歌に立たされて、それでも逃げずにここにいる。

躊躇いを、置き捨てて。オレはひとつ、選択を迫ってみた。
「…火神っち」
どうか、オレが望む答えをくれますよう。願いを込めて、目を見据え。
「…こんな頑固親父と教育ママみたいなのがついてるオレだけど、それでも、好きでいられる?」
ここでアンタがオレの望みを叶えてくれたなら。
きっとオレは揺るぎなく。強い覚悟で全てを捨てて。アンタを。

「…好きだよ」
「了解っス」

両手を伸ばして火神の首へ。過去に好きだった人の前でオレは例の不思議現象を発生させるべく。
この耳元で、囁いた。

「だったらオレも、火神っちのことが好き」

救済されたみたいな気分で口にした。
その直後、物凄い勢いでオレと火神の体は引っぺがされて、むちゃくちゃ罵声を浴びさせられたのだけど。
オレは笑ってそれらを聞き入れる。そうするだけの余裕が、今のオレにはあって。
それをくれた、オレの好きな人は。

青峰に殴られた頬を痛そうにさすっていて、あの顔の責任はオレが取らなきゃならないなーって思ってしまった。





「…お前の元彼さぁ」
「元彼じゃねーって」
「似たようなモンだろ。なんであいつに殴られなきゃなんねーんだよオレ」
「独占欲が普通の人の二倍あるんスかね。黒子っちもオレも自分のとか、欲張り過ぎなんスよ」
もしくは黒子っちがオレを懐にしまっときたいって言ったから、協力したつもりなのかな。どっちにしろ、横暴だ。
そう言う王様的なとこにもオレは惹かれた。でもこの事実は、聞く相手が悪いので黙っておく。
「…黒子はともかく、お前は違ぇっての」
「うん、今日からそーなった。でもそんくらいで済んで良かったっスね。青峰っちの形相から見たら、骨の一本や臓器の一つ持ってかれるかと思ったっス」
「お前…」
「それされそうになったらオレが全力で守ってやるけどさ。…とか言ったら、火神っち嬉しい?」
「……」

二人から逃げるみたいな感じで別れて、それから。痛そうに頬を摩ってる火神の手に自分の手を重ねてオレは言う。
「痛い思いさせてごめんっス。でも、火神っちもやられっぱなしでいることはなかったんスよ?」
「やり返せねーよ、…仮にもあいつはお前の、」
「だから元彼じゃないって」
「でも、好きだった奴だろ」
優しいことを言ってくれる。火神は青峰に似てるって思ったけど、そんなこともないかもしれない。オレは、この人をあいつの代わりには思えない。思えなくて、好きになった。のかもしれない。
「言っとくけど、次はねーぞ」
重なったオレの手を不意に掴んだ火神が、強い目をして言った。
「今度あいつがお前を我が物顔で何か言ってきたら、オレは絶対ェやり返すかんな」
「…出来んスか?青峰っちはかなり強いっスよ?」
「オレだってそこそこ強ぇよ」
「…へぇー?あ、でも黒子っちもいるっスよ?」
「あいつの小言はもう馴れたよ。お前があいつにわざわざ報告してから、オレは毎日のようにネチネチ言われてきたんだ」
「マジっスか?やだなー黒子っち、オレのこと溺愛しすぎっしょ」
「喜んでんじゃねーよ!」
昔の癖が抜けきれなくてはしゃいでみたら、掴まれた手をぎゅっと握り締められた。ちょっと痛いくらいに。
痛い、離してって笑いながら言う。解放はして貰えなかった。
「火神っち?」
「離してやんねーよ」
「…意地悪っスね」
「苦労して手に入れたんだ。簡単に離してたまるかよ」


どうやら火神は火神なりに頑張っていたらしい。
今日も本当は、青峰に会うなとオレに言いたかったとか。頼むからわざわざ過去の傷を抉るような真似をするな。そんなもんは忘れて、こっちに来ればいいって。もしも実際に言われてたらオレが火神を選ばなかったセリフを、火神はせいいっぱい噛み殺していたことを知る。
そしてオレが過去に帰りたがっちゃわないかってビビってた。青峰のとこに戻りたいなら戻ればいいっていうのはただの強がりだった。
だけど結局、オレがすっきりするためならばと一緒に来てくれた。そこでオレたちを待ち受けてたのはこんな予想外な展開だったけれど。

「お前はもう、オレのもんだ」


確かにオレは火神を好きになった。だけど、モノになった覚えはないんだけどな。
思ったけど、言わない。それは頑張った火神へのご褒美ってことで。

「ねえ火神っち。今からオレ、火神っちの家に行ってもいっスか?」
「へ?…まあ、いいけど。何すんの?」
「…純粋ぶらなくていんスよ。火神っちの大好きなオレがアンタの家に行ってやるっつってんス。一人暮らしなんスよね?そしたら、やることは一つっきゃないっしょ」
「…出来んの?」
「出来る出来る。大丈夫、火神っちは寝てるだけでオッケーなんで。オレが、」
「…何言ってんだよ、そんならヤらねーよ」
「え?」
「オレがやるから。お前は大人しく、口だけ動かしてろ」

たまに火神はあいつと似たような反応を見せる。その癖に、あいつが絶対に言いそうにないことを言ったりするから。オレは戸惑い、照れちゃって。
負けたくなくて、意地張って。上等っスなんて、強がって。
「言っとくけど、オレを満足させられなかったらあの二人に言いつけるっスよ?」

引き釣る火神の横顔を。からかってもオレの手を離しはしないとか。
覚悟はあんだ?じゃあ行こう。

可愛くも大人しくもなくてごめんね。でもいいだろ、そんなとこもすべて受け入れてくれ。
これからオレは、誰にも見せた事のない姿をアンタ一人に捧げてやるんだから。

「頑張れよ、火神っち!」

お楽しみは、まだまだこれからだ。












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