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「好きだ」

昔、オレはこの言葉を聞いて酷く傷付いたことがある。
だからかもしれない。今、オレはうまく受け流すことが出来なくて、強張った表情で相手の顔を凝視する。

「…何だよそのツラは」
「…いま、何て言った?」
「は?…お前が、言わせたんだろ」

思ってもみない責任の押し付けを受け、ふるふると首を振る。言えなんて、言ってない。言われたくなんてなかったし。
「火神っち…」
「お前が好きだよ。たぶん、そういう意味で」

信じられないのは、このコトバが一種のトラウマみたいになってしまっていたからかもしれない。



他校のライバルであると同時に、割と頻繁に連絡を取る友人でもある。
オレの中の火神の立ち位置ってのはその辺で、それ以上でも以下でもない。よくある関係だと思っていた。
ただ一つだけ他とは違うと言いきれるのは、火神が黒子っちの現相棒ってポジションにいることだ。
たまたま黒子っちが進学した高校に、同じ年に入学して。バスケ部に入部して、黒子っちと知り合って。そして二人は誓いを立てた。オレたちキセキの世代を全員ぶっ倒して、高校でトップになるっていう無謀な夢を。
オレは黒子っちからそれを聞いて、有り得ないって思った。黒子っちは凄いヒトだけど、その傍らには青峰とかオレみたいな並外れた才能の持ち主が不可欠で。一人じゃ無理だって、面と向かって言ってやった。黒子っちに必要なのはそいつじゃない。このままそこにいたら、黒子っちが勿体ないって。

中学卒業した時点で黒子っちが青峰と以前より距離を置いていることには気付いていた。だから同じ学校に進学しなかったのかもしれない。青峰となら、黒子っちの夢は簡単に叶うと思ったけど、上手く行ってないなら仕方がない。オレが。青峰の代わりに黒子っちの願いを叶えてあげたくて。会いに行って、黒子っちを奪い返そうと試みた。
その時に火神と初顔合わせをしたのだけど、当時のオレの火神に対する印象ってのは割と薄い。そこそこ技術と体力は持ち合わせているようだけど、オレや青峰の足元にも及ばない。あれじゃ、黒子っちを活かすことも出来ずに終わってしまう。相応しくないと、そう思った。
それをストレートに伝える。火神はむちゃくちゃ怒っていた。突っかかってきたから、軽くかわした。実際に対戦しても、この程度かって思うくらいだった。

だけどオレは火神と黒子っちに敗北を喫した。
油断も多少はあったかもしれない。黒子っちがオレの記憶以上に活きていただけかもしれない。オレは味方の黒子っちしか知らなかったから、対峙してみて初めてその才能を思い知らされた。
そして火神という男についても。荒削りながらに底知れぬポテンシャルが潜んでいることを体感させられて、オレは少しぞっとしたものだ。
もしかしたら。いずれこの男は、オレや青峰と匹敵する才能を開花させるかもしれない。黒子っちと同じチームにいて、そのうちに。下手したらオレや青峰以上に黒子っちを活かす働きをするようになるかもしれない、とか。
だけどそれなら。こいつじゃなくても、いいじゃんかって思った。むしろ、こいつじゃダメなんじゃないか、とも思った。火神といたら、黒子っちは中学のときと同じ思いをするんじゃないかって。心配するくらいには火神はオレたちとよく似た性質を持っていた。

黒子っちに警告をした。黒子っちはそれを受け止めた上で、火神を選んだ。
オレが何を言おうとも、過去に戻るつもりはない。火神と、そして誠凛のチームメイトたちと共に全国を目指すと。堂々宣言する黒子っちは、オレの知る通り凄くてカッコイイ人だった。

でもそれなら、青峰はどーなるのかなって。黒子っちの決断が、オレには少し不満だった。
オレを拒絶して黒子っちがいいと言い切った。あの人とアンタはきちんと決別出来てんの?
それを考えるとオレは火神のことがあまり好きになれないような気がした。完全に、逆恨みの感情だった。


なのに今、火神はオレに好きだと言っている。
そう言う意味って、どうゆう意味?聞き返せる雰囲気じゃないし、答えはオレの中でも見つかっている。そう言う意味、なんだよな。
もしかしてオレは前後の会話を聞き逃したりしてないかな。青峰みたいに。火神が好きだと言いきったのは、誰か別の人のことなんじゃないかって自分を疑ってみた。視線を火神の眼に向ける。真っ直ぐに見詰める視線とぶつかって、どうしようもなく胸が詰まった。

「…何とか言えよ」
沈黙が続いて、それに耐え切れなくなったかのように火神が呟く。オレははっとして、慌てて口を開く。何か、言わないと。って思って、伝えた答えは。
「…ダメ、っスよ」
告白の返答としては相応しくないそれに、火神は不貞腐れたように顔をしかめた。

好きと言われたことは初めてじゃないし、回答したことだって過去にはある。
嬉しいとか、オレもだよとか。そうじゃなければ、ゴメンとか嬉しいけど応えられないとか。いくらだってちゃんとした回答はあったのに。
オレが口にしたのは、あきらかに不適切な言葉だ。

「ダメって何だよ」
当然火神は理由を聞く。オレは少し躊躇って視線を泳がせ。意を決して、本当のことを火神に教えた。
「好きな人が、いるんスよ」
「…ふぅん。…知ってる奴?」
「…うん、まぁ。中学からの付き合いで…、……ぶっちゃけると、青峰っちっス」
べつに頼まれたわけでもないけど、正直に対象を伝える。火神は意外にも、さほど驚いた様子は見せなかった。
「なんとなく、そんな気はしたけど」
「え?…ああ、黒子っちから聞いた?」
「お前が青峰に憧れてバスケ始めたとか、中学んときはよく二人で遅い時間まで1on1してたとか。そんくらいだけど」
「それで、分かっちゃう?オレが青峰っちのこと好きになっちゃってたって」
「お前が引きずる相手としたらあいつくらいだとは思うよ。…あいつは、黒子と」
「……ああ、そんなことまで知ってんだ」
「それは、本人から聞いた」
「何でも言っちゃうんだな、黒子っち。…うん、そーだよ。オレ、中学んとき青峰っちのことが好きで、だけど青峰っちは黒子っちのことが好きだったから、告白してフラれた。んで、今もオレは」
「もう忘れちまえば?」

息が止まるほど残酷な提案をされ、オレは顎を引く。
なんでそんな、簡単に言うかな。そんなの、無理に決まってんだろ。どんだけ引きずってると思ってんだ。オレが、たった一度の失恋をここまで連れて来てしまったのは。深い深い理由があってのことだってのに。

やっぱこいつは好きになれない。オレから、青峰から、黒子っちを奪った奴だ。そして今むちゃくちゃ意地悪な提案をオレにしている最悪の男だ。オレはこいつが大嫌いだ。
好きだなんていわれても。もう、嫌がらせとしか取れないくらいに。

「…無理にとは言わねーけど」
俯いたオレの前で火神はぽつりと呟く。そして続ける。
「オレがお前を好きになっちまったのは、事実だし」
潔く結果を口にして。
「…聞く気があんなら、その理由も話すけど」
妙に優しくて、だけどこっちに選択を委ねる意地悪な手法を使って。
「聞いとく?」
オレの嫌いな男は、オレの興味を確実に引きつけて来た。



第一印象は最悪だったらしい。確かにオレは天才で、自分との実力差も圧倒的。そしてオレがその実力差をひけらかして火神を見下すような言動を取ったことで、火神の負けん気に火が付いたって言われた。
何が何でも打ち負かしたかった。練習試合の前日はオレの夢を見るくらいにオレのことばかり考えてたって。それはそれは熱烈な想いで火神はあの試合に臨んだらしい。

試合の結果を受けても火神はオレを超えるべき存在と認めたまま、忘れたことはなかったと言う。
チームとしての勝利は掴んだ。だけど、個人的にオレには敵わないから。再戦の時をずっと待っていて、ウィンターカップで実現して超燃えたって。
あの試合は楽しかったよね。結果的にオレはまた泣くハメになったけど、あんだけ全力でやり合えてオレは充実した。勝てたらもっと最高だったけど。あの時は、オレに限界を超えるくらいの力を出させてくれた火神のことが、好きだと思ったかもしれない。

そして火神がオレへの気持ちを自覚したのもその時だったって言う。
「真正面からぶつかってくるお前の眼が、やっぱ、いいなって思った」
「…へえ、なんだ、火神っちオレの顔がタイプだったんだ?」
「そういうんじゃねーよ。オレのタイプはもっと…、大人しい子のほうが、好きだったよ」
「大人しい?真逆のタイプじゃないっスか」
「あーそうだよ。お前に知らされた。オレは、お前みてぇに向こう見ずでガムシャラに突っ込んでくるバカなタイプが、いいって思った」
「……」

負けず嫌いで諦め悪くて。人知れず努力家なとこがあって、好きだって。
昔、誰かに言われた気がするな。

オレのそういうとこが、黒子っちに似てていいって、さ。

だけど火神は追加する。それはたぶん、黒子っちにはない部分。
「かっこつける割には、決まってねー時もあって。そのくせ挑発すんのは上手くていっつも人の頭引っ掻き回してくし。バスケしてない時でもお前の顔がチラつくようになってきたら、お前のこと意識してねぇなんて言えねーだろ」
「…それって、べつに好きって言わなくないっスか?」
「…さっき、お前オレに言っただろ」
「え?」
「オレも、同じだと思ったんだよ」

好きだって。その告白を聞いたせいでオレは一時的な記憶喪失みたいになっていた。
聞く前にはどんな話をしてたんだっけ。なんで火神は急にそんな話を持ち出したんだ。オレと同じ?いったい、何が。

「黙って待つのは、性に合わねぇ」
そうだ。思い出した。この間欲しいと思ってたメーカーのシューズが品切れになってて。何軒も店を回って粘りまくって漸く手にしたんだって言った。偶然にもそれは火神も探してたやつで、いいなって言われたから自慢したんだ。早い物勝ちだし、オレの頑張りが報われた結果なんだって。
欲しいと思ったら行動しなきゃ誰かに先を越される。
手に入る可能性があるなら、諦めない。たとえ勝率が1パーセントを切っていたとしても、ゼロじゃないなら勝ち目はある。
だから、オレは。
「だから、言っとこうと思ったんだよ」
過去に、絶対に手に入らないものを知ったオレは。
「お前は、どこに転がるか分かんねーから」
あんな想いはもうしたくない。だから、なるべく。
「他に持ってかれる前に、意思表示くらいはしとこーと思った」


昔、オレは失敗した。
好きな人に、自分の好きな人を気付かせると言う手痛いミスを、今度は別の人にさせている。
「…火神っち」
震える声で名前を呼ぶ。
目線を上げる。火神が見ている。
「何だよ」
「…今さ、オレに好きって言って、…本当にオレのこと好きになったっしょ?」

身体の中に不確定なモノとして漂っていたそれは、空気に触れることによって確定する。
なんとも不思議な現象を。発生させたのは火神の意志。

「…なった」

正直に告白をした火神は、強くて潔くて。少しだけ、オレがずっと好きだった人に似てるなって、思ってしまった。










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