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▼ 私心のない興味



喧嘩をしたことはないが、誘拐未遂事件に巻き込まれたことがあると言うと、灰崎は目と口を大きく開いてそのまましばらく停止した。

「誘拐って…。何やらかしたんだよ」
「何もしてないよ。5、6才の頃の話だ」
「…マジかよ。お前どんだけ…、ああ、財閥の御曹司にはありがちなこと?」
「他がどうだかは知らないけれど。非力な幼児を人質として連れ出し、保護者に解放の見返りとして金銭を要求することはあるかもしれないな」

過去の記憶を遡りながら、差し出された灰崎の手を取る。力任せに引き上げられ、やや覚束ない足元を固定させた。
「…そん時は、どーしたんだよ」
「未遂だと言っただろう。車中に押し込まれそうになった際に家の者に発見され、事なきを得たよ」
「ふーん、良かったな」
「そうだな。幼少期にその経験を果たせたことは、オレにとってもプラスになった」
「…そんで、この結果?」
「ああ。護身術を習わされた。あの日以降は平穏な生活を送れていたから、ムダになると思っていたけれど…。まさか、この年になって必要になるとはね」
「…なあ、赤司、言っていい?」
「なんだ?」
「…お前、キャプテンやコーチのこと拳で言うこと聞かせて副キャプテンになったわけじゃねぇよな?」

灰崎の視線が地面へ移る。
そこには、他校の制服を着た中学生が3人ほど転がっている。
すべて、オレがこの手で沈めた体だ。

灰崎の手を外し、制服についた泥を払いながらオレは言う。
「そんなわけがあるか」
この拳を実戦で使用したのは、今日が初めてだ。




「灰崎とはもう二度と行動を共にするな」

翌日の朝練は、通常練習に参加することが許されなかった。
昨日他人を殴った結果、オレの拳には若干の掠り傷と痣が残り。それを緑間に見咎められ、テーピングで固定された上にコーチから別メニューを与えられ、指示に従ったところ。
放課後の練習時に灰崎の姿が見当たらないことを緑間に尋ねれば、そんな回答を言い渡された。

「…それは、どういうことだ?」
「お前の負傷のことだ。それは、あいつに巻き込まれたのだろう?」
「巻き込まれたわけじゃないよ。呼び出しに応じたのは自らの意志だ」
「なぜ呼び出された?」
険しい目付きで次々と問い掛けられ、諦める。
「灰崎に恨みを持つ人間が、あいつに歯が立たない事実を認め、稀に灰崎と行動を共にしている平均的身長かつ荒事とは無縁そうなオレを人質に取って灰崎をやり込めようとした。その意図に気付いたオレは、灰崎の到着を待たずに彼らを拳で叩きのめし、手に若干の傷を負った。それだけの話だ」
「お前が怪我をした原因が何か、分かっているのだな?」
「…ああ。灰崎のせいだ。だが、相手を殴ったのはオレの…」
「お前が灰崎と関わっていなければ、お前が拳を使う必要もなかった。あいつとお前とでは、部における重要度も生活環境も何もかも違うのだよ。灰崎のためにお前が負傷することは、許されることではない」
表情を変えることなく断言した緑間の言い分は、よく分かる。
そうだな、と引き下がり、オレはそのままコーチの元へ足を運んだ。


灰崎がその日の練習に姿を見せなかった理由はすぐに判明した。
「キャプテンがマジギレしてさぁー、立てなくなるくらいにボコられてたんだよー」
「…そうか。ならば練習にも参加出来ないな」
「うん、ミドチンに今日は帰れって言われて速攻で帰ってたー」
「自業自得だろ。あいつはいい加減、自分の素行を見直した方がいいと思うぜ」
紫原の発言を聞いた青峰が表情をしかめながら言う。もっともだと思いながらも、オレは灰崎に僅かな罪悪感を覚えた。

灰崎が他人から恨みを買うような行動を働いたことは明白な事実だ。昨日対面した相手はその理由を述べていた。どんな手を使っても、灰崎を苦しめてやりたいと思う理由があると。
ナイフの刃先を向けられた時に、彼らの覚悟は理解した。灰崎にある程度の打撃を与えるためならば、無関係の人間を傷つけることも厭わない彼らの姿勢。それほどまでの強靭な覚悟を突きつけられたオレは、迷うことなく手にしたナイフを靴の踵で蹴り落とした。
その行動で彼らを逆上させたのは確かだ。オレが大人しく彼らの話を聞き、灰崎の到着を待っていれば。彼らは呼び出し時に宣言した通り、オレには一切傷を付けるつもりはなかったかもしれない。

それが分かっていても、オレは彼らに攻撃を仕掛け、繰り出された拳を見切り、カウンターで鳩尾に拳骨を叩きこんだ。顔面の中心に肘を当てた。背後から飛びかかってきた男の頬に握った拳を力の限り叩きつけた。傷は、その時に生じたものだ。
僅かな時間だった。それでもオレは少し緊張していたのかもしれない。3人の生徒が地面に倒れ伏したのを見届けた途端、足の力がふっと消え、その場にへたり込んだ。直後、息を切らした灰崎がその場に到着したことを記憶している。

(大丈夫かッ!赤…し?)

あの時オレの視界に映った灰崎の表情は、かつて見た事のない、切迫したものだった。すぐに状況を認識したのか、困惑の表情に切り替わっていたけれど。駆け付けた当初は、あきらかにオレの身を心配していることが見て取れた。
瞬間、オレは自分が取った行動について正しさを感じた。この男たちの話に乗って、正解だった。目の前で灰崎に連絡を取る男たちの行動を許して良かった。電話を渡され、「灰崎」と一声だけ口にした自分に、間違いはなかったと。
そうしてオレは、灰崎を試した。


「だけど、ボクは少しやり過ぎな気がします」

静かな声が、鼓膜に届く。視線を向ける。俯いてシューズのヒモを解く黒子が呟く。
「灰崎くんだけのせいじゃないと思いますし」
「何言ってんの黒ちん。どう考えたって、悪いのはー」
「赤司くんは、どうして呼び出しに応じたりしたんですか?」
「……」
ゆっくりと黒子の目線がオレの顔に向く。それを見返し、オレは回答を準備する。
「赤司くんはその場で断ることも出来たんじゃないですか?灰崎くんとは無関係だと言い切って、そこで話を終わりにすることも」
「オイ、テツ。それって赤司がわざと首突っ込んだってことかよ?」
「それは…」
毅然とした態度でオレに問う黒子は、青峰に真意を問われて口ごもる。そうだな、とオレは思った。

灰崎の件で話がある。
そう言われた時点でオレは、灰崎に対する彼らの怨恨を感じていた。
着いて行けば、決して安全とは言えない状況に陥るであろうことも。察知しながらもオレは彼らの要求に従った。その、理由は。

「…首を、突っ込んでみたかったのかもしれない」

考えた結果を口にする。誰もが言葉を失い、オレの顔を凝視する。
昨日の記憶を遡る。灰崎の名前を見知らぬ生徒の口から出され、着いて来いと要求されたその時、オレは。
「どうしてあの男が他人から恨まれているのか、知りたくなった。彼らと共に行くことで、あの男が日常的に味わっている緊張感を得られると思った。それから、」
最後に思いだしたのは、あの場に駆け付けた際の灰崎の表情。
「…自分のせいでオレが危険な目に遭っていると知った灰崎が、どう思うのかを知りたかった」
そしてそれは、恐らく。オレ自身満足感を得られる結果となった。


「…やっぱり、赤司くんは灰崎くんとこれ以上仲良くしないほうがいいと思います」
オレの答えを聞いた黒子が言う。先ほどまで灰崎はさほど悪くないと主張した男の突然の掌返しに、オレだけではなく青峰と紫原も目を見開いた。
「お、おいテツ、何だよ急に…」
「赤司くんにとっても、灰崎くんにとっても。何だかすごく、一緒にいちゃうと大変そうな気がします」
「灰崎にとっても?」
意外なことを言われ、真意を問う。軽く瞬きをした黒子は説明した。
「赤司くんにとって灰崎くんの日常は相当、常識から掛け離れたものですよね。好奇心につられて見たくなる気持ちは分かります。でも、そうそう赤司くんに首を突っ込まれたら、灰崎くんも…ひやひやしちゃうんじゃないでしょうか?」





「黒子が?…あいつ、意外とよく見てんな」
「そうか?」
「あー。…まあ、正直、キャプテンに殴られなくてもオレは二度とお前のツラなんざ見たくねぇと思ったよ。お前、本当は強ぇのにわざと相手の挑発に乗るし、そうゆうの超めんどくせぇ。付き合いきれねーよ」
「本当は、殴りたくはなかった」
「ウソだろ?」
「嘘だ。せっかく習得した護身術だ。オレだって一度くらいは使用してみたかったよ」
「……だからってオレを利用すんな!…くっそ、どいつもこいつも、お前ばっか大事にしやがってよー…。お前の本性、キャプテンたちにバラしてやろうか?」
「どうやって?」
「そりゃ、だから、その…、…あーもー、ホントお前ヤだ」

その日の晩、オレは灰崎に連絡を取った。
電話越しの灰崎は予想通り不機嫌そうで。殴られた傷が痛むと、熱心に訴えられた。
「明日は練習に参加出来るか?」
「…するよ。サボればまた殴られんだろ」
「話を通してあげてもいいけれど?」
「…恩義背がましいから遠慮しとく。あともうお前と関わりたくない」
「酷く嫌われたな」
「嫌っちゃいねぇよ。めんどくせー奴って思ってるだけだ」
それは嫌悪感と何が違うのだろうか。疑問に思ったが、これ以上灰崎を煽っても仕方がないので聞かずに置いた。

「…なあ、赤司。あいつらナイフ持ってた?」
「ナイフ?ああ、真っ先に手放して貰ったけど」
「いいこと教えてやるよ。そういうのは可能な限り奪え。そうすりゃ拳使わずとも解決出来っから。お前が真顔で刃物持ってたら、誰だって戦意喪失するわ」
「…名案だな。分かった、今後は、」
「いや、今後はねぇから!今回みてぇなのはもう二度と…」
「灰崎」
「あぁ?!」
「礼を言うのが遅くなった。助けに来てくれて、ありがとう」

電話の目的は、その言葉を伝えるためだった。
灰崎が息を飲む音が聞こえる。それが少しおかしくて、僅かに笑みを零す。
「あの時たしかにオレは自力で相手を打ちのめした。だが、他者を殴り倒すことに緊張感を覚えていたのはみっともなく地に腰をつけたオレを見れば分かるだろう?灰崎、オレはお前の顔を見た途端、底知れぬ安堵感を得ることが出来たよ」
「待て、赤司。いまお前、何見ながら喋ってんの?」
「……必ず明日は部活に来い。さもないと、この拳でお前の顔面を変形させる」
素直に礼を述べたことを軽く後悔しながら、通話を切断する。


数分置いて、灰崎からメールを受信した。
『今度喧嘩したくなったら誰かに声掛けられる前にオレに言え。そしたら適当に相手見繕ってきてやるから。絶対オレの知らねぇとこで何かすんなよ』
この予想外の文面を眺めながらつい考えてしまうのは、なぜ灰崎がこうまで喧嘩相手に不足しないのかと言うこと。そして、オレと関わりたくないと言いつつこんな提案をする灰崎の矛盾した思考についてだ。

未知の存在に対する好奇心は、胸中で増殖し続ける。
周囲には悪いが、オレが灰崎と関わりを絶つことは当面不可能な現象かもしれない。









喧嘩馴れしてない財閥の御曹司が火神くんと初対面した時に刃物突き出した理由を考えた結果、喧嘩馴れしてそうな灰崎くんに教わったんじゃないかなって思った!





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