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▼ どこまでも。





ホントはね、どっか遠くへ連れてきたいって思ってる。オレたちのこと誰も知らない場所に。誰も赤ちんの力を必要としない世界に。赤ちんのすべてがオレになって、赤ちんがオレしか見なくなればいいのにって、思うよ。


久しぶりの再会を果たしたあの日、人目につかない場所にボクを連れだした敦はボクを抱き締め、そう言った。
真夏の。茹だるような暑さの中で、汗ばんだ肌が触れることに異常な心地よさを感じた午後のことだ。


用件は一つだけだった。
決勝戦に出場するなと。それを伝えるために呼び出した。
想定していた通り敦は理由も聞かずにボクの指示を承諾した。それに満足して引き返そうとしたところ、腕を掴まれてここに連れ出された。
唐突なことに少し驚くも、敦が言わんとしていることの真意が分かってボクはすぐに敦の発言を否定しなかった。
「何かあったのか?」
「…何もないよ。ただ、…懐かしい顔が昔とまったく変わらない態度してんの見てビックリしただけ。相変わらず尊大だよね、赤ちんは」
「そうか。すぐに馴れるよ」
「もう半年ちかくたったけど、未だにオレは赤ちんのこと考えてばっかだよ。いまごろ何してんのかなって。ちゃんとモノ食ってんのかな、とか。オレの代わり見つけて、楽しくやってんのかなとか」
「…敦の代わりになる人間なんてどこにもいない」
「でも赤ちんはオレがいなくても平気なんだろ?ずるいよね、不公平だ。オレはこんなに赤ちん依存で苦しんでんのに」
「……」
腕の力が増して、苦しさを覚える。訴えるために敦の腕を軽く叩く。敦はボクの願いを聞き入れなかった。
「ねえ赤ちん、このまま一緒に逃げようよ」
「…どこへ逃げると言うんだ」
「どこへでも。赤ちんが一緒ならのたれ死ぬことはないし、赤ちんがやれって言うならオレどんなこともする。バイトするし、泥棒とか強盗だって出来る。その辺のオッサン脅してサイフ取って来いっつったらやるし、いくらでも生きてけるよ、オレたちは」
「ああ、それは正しいな」
「…嘘吐き」
純粋に。必死に自分を求める敦の気持ちは充分に伝わってくる。だけどボクはそれを受け止めることも、拒絶することもしない。敦の望みがそれであることを分かっているからだ。
「適当なこと言って。オレ、本気だよ?赤ちんが嫌がるなら担ぎ上げてってもいいし」
「へぇ。すればいいじゃないか」
「…ナメてんの?オレは」
「何もかも、投げ捨てて」
敦の腕の力がゆるむ。ボクは少し敦から身体を離し、顔を見上げて言葉を繋ぐ。
「家族も、友人も、学籍も、将来も。すべてを手放す覚悟があるなら、敦のやりたいようにすればいい」
「…そんなの、オレは」
「敦の腕力を持ってすれば、ボク一人の体を担ぎ上げて持ち運ぶくらい容易いだろう。本気ならば構わない。敦が持っているものを全て捨てて、代わりにボクの全てを奪うと言うのなら、ボクはお前の行動を容認しよう」
「…赤ちん」

僅かに苛立ちの表情を浮かべた敦に、ボクは笑い掛ける。
どんな判断を下すのか、その結果を待ち。
試している。自分に注がれた敦の好意を、踏みにじるボクを見ても敦は望みを叶えたいと思うだろうか。

「オレ、昔から赤ちんのそういうところ大嫌いだった」
「そうか、それは悲しいな」
「悲しくねーだろ。何とも思ってないくせに。心にもないこと言うのやめろよ。そういうところも大ッ嫌い」
「…ああ」
「嫌なら嫌って言えよ。オレと駈け落ちなんてとんでもないって思ってんならそう言えよ。人に判断ゆだねようとすんなよ。オレは、赤ちんの意思を」
「嬉しいよ」
敦の声を遮り、発言する。敦はぴくりと目蓋を震わせ、ボクの顔を真っ直ぐ見下ろす。
「それほどに敦に想われているならば、こんなに幸福なことはない。全てを投げ打ってお前と一緒にどこか遠くへ逃げるのも悪くはないと思っている。それはボクの正直な感情だ」
「嘘だ…、オレのこと、丸め込もうとしてるくせに」
「そう思うならそれでいい。ボクはまだやりたいことがあるからね。犯罪に手を染めてその日暮らしを送ることになるのは不安だ」
「…それが赤ちんの本音?」
「ああ。このまま敦に連れだされたらと思うとすごく恐ろしいよ。きっとボクは抗えないから」
「…本当に、オレが望んだら何もかも捨てて付いて来てくれんの?」
怪訝そうに表情を歪めた敦は、再びボクの腕に手を伸ばす。手は掴まれたまま、視線を敦の眼に合わせたまま、頷いた。
「オレ、やるよ?」
「…ああ」
「本気で、赤ちんのこと浚うよ?誰に何を言われても絶対に返さないよ?赤ちんが泣いても叫んでも絶対に手放さないよ?」
「構わない」
「…死ぬかもよ?」
「いい」

許しを与えるたびに敦の腕が力を失っていくのが分かる。
お前はどこまで本気でモノを言っているんだ、とは、現在のチームメイトにもよく言われる。
そしてこの紫原敦という男にも。出会った頃は何度も疑われたものだ。

だけど今の敦は理解している。
ボクがどこまで本気か。答えは、「どこまでも」だ。
そしてボクの本気を知っている敦は急速に現実へと戻っていく。不可能を不可能と受け入れ、堅実で健全な常識の中へと。

「…お手上げー。何だよ、赤ちん昔と全然変わってない。ちょっとは成長してると思ったのに」
「そうかな」
「そうだよ。大人の価値観とか身につけてたら、オレのこと諌めるだろ。現実的に考えて未成年が二人だけで生きてくのはすげー難しいし嫌だって言うっしょ」
「へぇ、そうなのか」
「…世間知らずのフリとかしないでよー。…はあ、もう。勢い削がれた。赤ちんが嫌々ってしてくれたらオレ赤ちん殴って気絶させて持ち去ろうと思ってたのにー」
「穏やかじゃないな。そんなことをしなくてもボクはお前について行くよ」
「…もういいよ、充分だから」
身体が離れ、敦がボクの顔の前に手のひらを掲げる。聞きたくない話を遮るときの敦の癖だ。
「決勝戦は欠場する。どっちにしろ赤ちんとやるの嫌だからそうするつもりだったし。とっとと家に帰るよ」
「そうか」
「赤ちんもさっさと帰って。オレの目と手の届かないところに消えて。オレの頭の中から、記憶からも消えちゃってよ」
「…それは断る。ボクは敦の記憶から消えたくはない」
「わがまま。大嫌い」

その時に敦が見せた表情が、見ているこちらの胸まで締め付けるほどの苦痛を滲ませたものだったので、ボクは言葉を失い戸惑って。
どんな言葉を使えば敦の機嫌を直せるか。答えを出す前に指摘をされた。
「…またオレの気を引くようなこと考えてるっしょ」
「…分かるのか?」
「分かるよ。つーかむしろ今の顔しただけで充分にオレ赤ちんに引き込まれたし」
「え?」
「無意識でやるのが一番タチ悪ぃよね。ほんと、赤ちんてオレのことどーしたいわけ?どこまで、オレのこと縛りつけるつもり?」
敦がボクの何を見てそう思ったのかは分からないけれど。
敦の問いに対する答えは、ずっと昔から胸の内に現れている。
それを告げるため、意識して微笑んだ。
「どこまでも」
「…最悪。いつか絶対ェ浚ってやる」
「待ってるよ」

敦はボク以上に正しい常識を持って生活を送っている。
だからまだ、有言を実行することを躊躇う理性に支配されて、出来ないこともあるようだから。
敦を縛る常識の鎖が、錆びて腐って千切れるまで。

お前がボクのすべてを奪って逃亡をはかる決意をするまでは。

どこまでも。際限なく。
与えて、ゆだねて、自らガードを崩して、待つ。









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