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▼ 6





次に征十郎が目を醒ました時刻は夕暮れ時であり。
最初に視界に飛び込んで来たのは、敦ではなく。
「…真太郎…?」
「……起きたか」
酷く険しい表情で征十郎を見下ろす長男の顔だった。

力の入らない腕を持ち上げ、少しずつ全身の感覚を取り戻していく。敦の手によって全てを剥がされたはずの体には新しいパジャマが着せられており、体のどこにも異物が付着している感触はない。ただ、肘を使って身を起こそうとしたときに腰に走った鈍痛が、征十郎に自覚を与える。夢では、ない。
「無理に起きようとするな。痛みがあるのならばまだ寝ていろ」
「これは…?…敦は、どこへ?」
「…キサマはいったい、何を考えているんだ…」
浮かんだ疑問を口にすれば、真太郎は呆れたように息を吐き、そして額に手を宛てた。
「よりによって、実の息子に身を差し出すなど…」
「……」
「敦は夕食の買い出しに行かせた。お前の身を清め、ベッドシーツを交換させてからな。他の弟たちはまだ帰っていない」
「…そうか。すまない、真太郎。ありがとう」
「オレは何もしていない。礼ならば敦に…、いや、何も言うな。あいつをつけ上がらせることになる」
真太郎の言葉に甘え、再び身を横たわらせた征十郎を見下ろしながら、真太郎は顔を歪める。複雑な心境だった。
「…なぜあいつを受け入れた。体調を崩していたとは言え、お前が本気で抵抗すればあいつは素直に諦めただろう。それとも、あいつが…」
「いや、ボクが望んだんだ。暴行ではない、合意の上だ」
「それこそ、」
「敦を愛おしく思う気持ちは、我が子に対する愛情と思い込んでいた。お前や他の兄弟には申し分けないが、あいつを特別に感じていることを自覚しても。どれほど成長し、体格が立派になっても、ボクの眼には幼児期のまま変わらない…大切な子供だったよ」
「……」
「だけど昨晩、敦が家を飛び出て向かった先が、敦の部活動の顧問だと知った時、…ボクの胸には醜い感情が生まれた。敦を、誰にも渡したくないと」

敦が氷室という教師に一目置いていることを征十郎は知っていた。
同じ中学のバスケ部に入部した涼太からも、比較的奔放で自分勝手なことばかりしている敦が氷室の言うことだけはやたらと素直に聞くということを聞いていたから。
「誰にも取られたくない。敦は、ボクのモノだと、思ってしまった」
嫉妬をした。恐怖を感じた。それは、保護者としての立場を忘れた感情だった。
「ボクは敦の親であることを、やめたくなった」
「…だからと言って」
「体を許すことはなかったか?…そうだな、自分でも異常だと思うよ。焦っていたのかもしれない。涼太のこともあったしね。…それに」

敦が求めるものを捧げたいと思った。
そしてそれは、征十郎が求めたものでもあった。

「…敦の長い腕を、白い肌の感触を、薄い唇を吸うことを、…性器をなぶることを、願った。ボクは敦の体に欲情し、渇望したんだ。…性欲なんて、とうの昔に枯れ果てたと思っていたのに」
「…もういい、お前の下半身事情など興味はないのだよ」
平然とした顔で生々しい発言をし始めた征十郎に、真太郎は顔をしかめる。その反応に征十郎は苦笑を浮かべ、悪かったと断り。
「お前に軽蔑されるのは仕方がないことだと思う。ボクは、人道から逸れた行いをしてしまった。この罪は永遠に消えることはないだろう」
「……」
「だが、後悔はしていない。今はとても満たされた気分だよ。…ボクはあの子を産んで良かったと、心から思う。これほど愛しく思える相手に巡り会えたんだ。…だけど、」
目を伏せ、くちびるに笑みを刻んだ征十郎は、すっとその顔から表情を消した。
不穏な気配を覚え、真太郎は征十郎の名を呼ぶ。少し間が空き、征十郎が口を開く。
「…これ以上を望むことは、決して許されない」
「…なんだと?」
「言葉通りだ。ボクにはもう、お前たちの親である資格がない」

征十郎の下した決断に、真太郎は驚愕する。
先ほどまでの話から、どうしてそんな結論に至ったのか。征十郎は続ける。
「この家を出るよ。早ければ明日にでも」
「…何を言っている。そんなことは…」
「分かってくれ、真太郎。ボクは敦に、保護者としてでなくひとりの男として欲望を抱き、禁忌を破ってしまった。もう、子供たちに合わせる顔がない。それに、このままここにいたら、…敦の側にいたならば」
きっと、自分は再び求めてしまうだろう。
一度知ってしまったあの味を忘れられず。まだ義務教育も終えていない実の息子に対し、行為を願うことになるだろう。
「…許されないことなんだ」
自らを戒めるように征十郎は呟く。
「これ以上敦の愛情を享受し、己の肉欲を押し付けることは」
「…征十郎。オレはキサマがそこまで馬鹿だとは思っていなかった」

かすかに震えた征十郎の語尾に重ね、真太郎はため息混じりに言う。
真意を問うため視線を真太郎の顔へと移す。声と同様に呆れた表情が視界に入った。
「真太郎…」
「お前がどれほど反省しようと、お前の行いは変わらない。それと同様に、お前がオレたちの親である事実も変わりようがない。この身に流れる血液が証明している」
「……」
「そして少なくとも、今のお前がすべきことは逃亡ではない。それはもっとも最低な愚策なのだよ、征十郎」
「…だけど」
「お前がいなくなれば、敦はどうなると思っている。忘れたわけではないだろう、あいつはお前の下らぬ冗談一つで暴れ出し、家を飛び出すような男だ。何をしでかすか分からない」
「……」
「敦にはお前が必要だ。保護者としても、…愛情を捧げる唯一の存在としても」
ぴくりと征十郎の目蓋が揺れる。強張る頬に、そっと真太郎は手を伸ばした。
「オレは敦が家出をした際にあいつに言った。容易に逃避を選択するなと。征十郎は、お前にそんな教育を施してはいないと」
「真太郎…」
「それなのに、お前が易々と逃亡してどうする。オレの発言を虚言にするつもりか?」
まばたきをした征十郎の目尻から、透明な液体が伝い落ちる。それを親指の先で拭い取り、真太郎はやわらかく微笑んだ。
「お前が常識のある大人ならば、責任を果たせ。敦の面倒を見るのはお前の役目であり、あいつの想いを受け入れたのなら、最後まで」

二度と消せない罪を。背徳を選んだのは、征十郎自身だ。
だからこそ、征十郎に逃げることは許されない。

「…参ったな。お前たちは、まだまだ子供だと思っていたのに」
目を伏せ、口端を上げ。幸せそうに征十郎は呟いた。
「ありがとう、真太郎。ボクは…」
「…ただし、次はない」
「え?」
「オレは二度とキサマの身を案じるつもりはない。敦が発情してキサマの肉体に大きな負担が与えられようと、怪我をしようとな。己の身は己で守るのだよ」
「…ああ、肝に銘じておくよ」

冷静な真太郎の言葉を受け、征十郎は目蓋を伏せる。
少し眠れと真太郎が言う。その許しを得て、あえかな声で征十郎は謝辞をこぼした。



帰宅を果たした他の兄弟たちは、食卓に並ぶ出来合いの弁当と惣菜を見て各々征十郎の容態を気に掛けた。
「征十郎っち、まだ具合悪いんスか?」
「あいつも弱ることあんだな。テツ、ちょっとツラ見て来ようぜ」
「…今はそっとしておいてあげた方がいいと思いますけど。真太郎くん、敦くんはどうしたんですか?」
「あいつは部屋にいる。まだ食事をする気はないようだ」
買い物から戻った敦は真太郎に断りを入れ、早々に自室へ閉じ篭った。「征ちん起きたら声掛けて」と言葉を残して。

先に食事をしてもいいという真太郎の言葉に従う者は誰一人いない。
各々テレビを見たり入浴を済ませたり携帯ゲームに興じる中。寝間着のまま征十郎がリビングに顔を見せたのは、通常の夕食時間をかなり超過した頃のことだった。

「…まだ食事をしていないのか」
「征十郎っち!大丈夫なんスか?」
「ああ。心配を掛けてすまない。ボクはもう平気だ。…すぐに食事にしよう」
兄弟たちの目には征十郎が普段と異なるようには映らない。それでもどこかぎこちない様子で各自テーブルについたところで、真太郎が敦を呼びに二階へと上がって行く。

真太郎に連れられ降りてきた敦は、平然とした様子で席につく征十郎を見て困惑した表情を見せた。だが何も言うことはなく、無言で自分の席に着く。
家族が揃った食卓で。食事を促すその前に、征十郎は静かに口を開いた。

「すでに勘付いている者もいるかもしれないが、ボクの不調の原因は精神的なものだ。お前たちには心配と迷惑を掛けてすまなかったが、もう回復はしている」
「…ホントかよ?」
「ああ。問題ない。…ただ一つだけ、お前たちに言わなければいけないことが出来た」
回復を宣言した征十郎は、そこでちらりと敦の顔を見る。視線が交わり、敦は表情を強張らせた。
そんな敦に、ふっと笑い掛けた征十郎は視線を兄弟たちそれぞれに合わせ、そして。
「今後ボクはここにいる敦と肉体関係を交えた交際を開始する。経済的援助などで敦を贔屓することはないが、敦に特別な愛情を捧げる事実を、お前たちに認めて欲しい」
「征ちん…!」

包み隠すことなく堂々と関係を告白した征十郎に、敦は驚き、そして感極まった様子で立ち上がる。
「征ちん、オレ、…絶対、征ちんのこと幸せにする!」
「…ああ。お前ならばそれも可能だ。期待しているよ、敦」
あまり見せることのない征十郎のやわらかな微笑みを、兄弟たちは唖然とした様子で見届け。
「…大輝っち、征十郎っち何言ったんスか?」
「オレに分かるかよ。テツ、要約しろ」
「…そうですね、ボクにもよく分からないんですけど、まあ、簡単に言うと」

敦くんが征十郎くんの内縁の夫になるって話じゃないですか?

まとめられたその結論に、大輝と涼太、そして黙って聞いていた真太郎は揃って同じ感想を胸に抱く。
本人たちが幸福なのであればそれでいい。だからどうか、好きにやってくれ。

征十郎が育てた子供たちは、彼が思う以上に寛容だった。
だがやはり、自分の親と自分の兄弟が堂々とただならぬ関係を暴露するのは複雑であり。
その心境を、長男である真太郎は代表して伝えた。
「お前たちがどんな関係に至ろうと拒絶するつもりはない。だが、あまり明け透けなのはどうかと思うのだよ…」
それを聞いた征十郎は困惑した様子で謝罪を口にしようとする。
だがその直前。征十郎の背後に回った敦が征十郎の口を両手で塞ぎ、身を屈めて発言した。
「言われなくても征ちんの可愛い顔はオレだけのだし。家族だろうと、誰にも見せないかんねー!」

言葉通り、その瞬間に赤味が差した征十郎の頬は敦の大きな手のひらに覆い隠され誰の目に触れる事もなかった。










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