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▼ 5





征十郎のゆるしに耳を疑った敦は、瞠目して征十郎の顔を凝視する。
「な、に言ってんの…、征ちん…、…またオレのこと、試してんの…?」
「試しているわけじゃない。ボクはお前の望みを叶えたいだけだ」
「何だよそれ…。なんでいつも征ちんは…、…っ」
小学生の頃、学校の机や椅子が自分に合わないからと言って退学を勧めた母親の顔を思いだす。
非常識で思い切りが良く。真顔で過激なことを言う。常に凛と美しい姿勢で立ち、優れた決断力を有するこの人は、何度子供たちの願いを叶えてきてくれたことだろう。
自己犠牲も厭わずに。古くから征十郎が求めていたことは、一つだけだったのだと敦は知る。
「…敦…?」
「…抱ける、わけねーだろっ、…ずるいよ征ちん、そんなの…っ、」
「弱った姿を見れば、襲いたくなるのではなかったのか?」
「ああ、襲いてぇよ!いますぐ抱き締めてキスして服脱がして、したいこと、いっぱいあるよ…。…でも、…出来ない、よ…、…征ちんは、…オレのじゃないんだから」
「……」

頬に当てられた征十郎の手を震える手で覆い、ゆっくりと外させる。
崩れそうな表情の敦を見て、征十郎は細く息を吐き。
「…ボクは、お前を手放したくない。いつまでも側に置いておきたいと願っている」
「…征ちん…」
「これは他の子供たちには望んでいない欲望だ。すべて正しく幸福な未来へ進んで欲しいと思っているよ。その先に別離が控えていたとしても、彼らが自ら選択したものであれば構わない。…だが敦、お前に関しては、必ずしも当てはまらない」
「え…?」
仰向けになった身体の向きを変え、反対側の手を伸ばした征十郎は、空いている敦の頬へその手を宛がう。それを拒絶することもなく、敦は征十郎の顔を凝視したまま。
「お前が、あまりにも純粋にボクを慕ってくれるから。…ボクは浅はかで欲深い、こんな望みを得てしまった」
乾いたくちびるが動く。熱を孕んだ瞳に水の色が滲み出す。
「たとえ人の道に外れた行いだとしても。お前を不幸に導くこととなっても。ボクは、お前を永久に繋ぎ止めたい」
「……」
「…そのためならばお前にこの身のすべてを委ねることくらい、大した問題ではないんだよ」


征十郎の口端に笑みが刻まれ、片目からつうと一筋の水が流れ落ちたその瞬間、敦は自身の胸中で何かが崩壊する音を聞く。
征十郎の両手を取り、顔を寄せ。くちびるは、引力に従うかのように触れ合った。
掴んだ手を離す。すると征十郎は敦の首に両腕を回し、更なる接触を求める。
ベッドにのし上がり、征十郎の身体を隠す布団を剥ぎ落とし、寝間着の裾から皮膚に触れ。
手のひらから伝わる征十郎の熱と鼓動の速さに、ずるいな、と敦は思う。

すべて自分のためだと言うようなことを言いながら、この人の身体は確実に目の前の男の感触を求めて騒いでいるのだから。



前開きのシャツのボタンをすべて外し、開いて露になった胸に口寄せる。
反応は上々だった。敦の想像上ではこんな接触程度では息を乱すことのなかった征十郎が、平坦な胸に舌を這わすだけで通常と色の異なる吐息を漏らしている。嬉しい誤算に、敦は人知れずほくそ笑む。
「征ちん、ちょっと熱ある?…熱いね」
「…ひ、さしぶり、だからね…、少し、緊張している」
「へー?征ちんでもそうなることってあるんだ?」
「ああ。…他人に肌をゆるすことは恐ろしい。すべてを暴かれてしまいそうになる、から」
「…大丈夫だよ、オレには何を見せても。征ちんがどんなにエロい顔しても、言っても、全部受け止められる。むしろ見たい。見せて、征ちん」
「…それはお前の腕次第だ」
「いいよ、頑張る。…でもオレははじめてで征ちんほど経験豊富じゃないからさ、教えてよね。どうしたらいいのか」
ぺろりと唇を舐め、正直な要求を突きつける。征十郎は僅かに困惑の表情を見せた後、敦の視線を感じて顔を腕で隠した。
「ならば言う。…あまり、顔を見ないで欲しい」
「顔見なきゃ反応わかんないじゃん。なに、全部口で言ってくれんの?」
「…分かった、言う。お前も服を脱げ」
顔を隠したまま送られる指示に、敦は逆らうつもりもない。望みどおりにする。
「脱いだよ、次は?」
「次は…、…そこを退け」
「え?」
片腕を顔から外し敦の肩を押しやる征十郎に、敦は顔を歪めて問う。
「なに、逃げんの?」
「逃げないよ。体勢を変えるだけだ」
「どーゆーこと?」
「…ここに横になれ。ボクが上に乗る」
「……」
意外にも積極的なことを言い出す征十郎に少し驚きながらも、征十郎の言を聞き入れ横になり。入れ替わりに自分に圧し掛かってきた征十郎の顔を見て、頬を緩ませた。
「いーの?征ちん。これだと征ちん顔隠せないよ?」
「…いい。お前の下敷きになるよりは精神的に安定する。それに、この方が動き易い」
「…さっすが。自分で巧いって言うだけあるね、征ちん」
「根に持っていたのか?」
「持つよ。いまもちょっと何かチラついて嫌になった」
「やめようか?」
「まさか。続けてよ。征ちんのテクニック、見せて」
「…ああ、覚悟しろ」
そう言って挑発的に笑った征十郎は、次に身を後退させ、敦の足の間に座り込み。敦の下穿きをずらし、性器を取り出す。まさか、と敦が思った瞬間、彼は躊躇いもなく性器を片手で握り込み、数回擦り上げた後に先端を口に含んだ。
「…ッ、…せ、ちん…っ?!」
むくむくと自身の性器が芯を持つのを感じ焦燥したような声を発する敦の顔を、征十郎は咥えたまま上目遣いに見上げる。その扇情的な顔をまざまざと見せつけられ、敦は紅潮した自分の頬に片手を押し当てた。
「…大きいな。それに、若い」
いったん唇を離し、どこか機嫌が良さそうに感想を述べた征十郎は、先ほどよりも深く敦の性器を口に含ませる。熱い口腔の感触と絶妙な指の強弱、それから視覚によって与えられる衝撃に、敦は自ずと溢れる吐息を抑えるために口を覆った。

誘導されるかのように征十郎の咥内で絶頂を迎えた敦は、乱れた呼吸をそのままに口元を拭う征十郎を睨んだ。
「…何馴れた顔して飲んでんの?ちょっとは躊躇えよっ」
「え?…ああ、問題ないだろう。少し休めばすぐにまた勃起する。続けようか?」
「…そういう意味じゃないって」
「?挿入したかったのだろう?」
敦の憤りを、性器を萎ませたことが原因と判断した征十郎は首を傾げる。その鈍感な様子に、敦は不機嫌そうに心境を伝える。
「…こんなの飲める奴って、AV女優くらいかと思ってた」
「女優が行える行為を他の人間が行えないわけがないだろう。咽頭部の作りは人類同形だ」
「…恥ずかしいとかっ!気持ち悪いとかっ!そういう気持ちは征ちんにないわけ?!」
「ないよ。敦の精液だ」
「……」
「分かった。お前が嫌だと言うのなら次は嚥下せずに吐き出す。潤滑剤としても使用出来るからね。さて」
「…待って、征ちん。オレもする」
再び身を乗り出して敦の股間に顔を寄せた征十郎の額を制し、低い声で敦は宣言した。
それに対し、征十郎は怪訝そうに眉根を寄せる。
「いや、その必要は…」
「オレだって飲めるよ。つーか飲みたいよ、征ちんの精液」
「…敦、ボクは」
「自分はしといて人にはやらせないとかナシだよ」
「……」
逡巡の表情を見せるのは珍しい。そう思いながら敦は返答を迷う征十郎の答えを待ち。意を決した表情に切り替えた征十郎は、敦の目を見据えながら口にした。
「…ボクは、性器をなぶられて射精に至った経験があまりない」
「…え」
「お前を落胆させたくない。それに、…こちらを刺激された方が、より効率的に快感を得られるのだけど」
そう言いながら征十郎は敦の手を取り口に含んで唾液で湿らせ、自身の背中に回させる。その手を、下へ下へと導き、そして。
「せ、征ちん…?」
「…して、くれないか?」
「……」

爪先が穴の入り口に触れ、征十郎に請われた瞬間、敦は萎んだ性欲に再び火がついた自覚を得る。
震える指先を宛がわれた穴へゆっくりと挿入し、息を詰めた征十郎の表情を伺った。
「…っ」
「せ、まいんだけど、…大丈夫なの?ここ」
「だいじょうぶ、だ…、もっと、奥へ…」
「……」
「壊れやしないよ。案ずるな」
ぎちぎちと後孔にめり込む自身の指を眺めながら、敦の額に汗が浮く。たしかにこれくらいで壊れるほど征十郎の身体は脆くはないかもしれない。征十郎の指示通り、さらに奥まで指を進めることも可能かもしれない。だが征十郎の身体は自分よりも小さく、指を挿入した穴も狭い。肉体的な痛みについて思考を巡らせたとき、征十郎は敦の手首を固定し自らずぶりと腰を沈めた。
「…ッ、う…」
「せ、征ちん…?!」
大胆な征十郎の行動に動揺した敦はシーツに肘をついて身を起こそうとする。それを征十郎は片手で制し、掠れた声で「大丈夫だ」と呟いた。
「動かないでくれ、敦。…少し中を解すから」
「え?あ…、…っ」
征十郎の懇願を聞き入れ、敦は再び身体をシーツに横たえて征十郎の動きを見守る。ややぎこちなく腰を動かし始めた征十郎は、苦しそうな吐息を漏らしながら敦の指を使用した。
埋め込んだ指から伝わる征十郎の体温と感触に、敦は異様な感情がせりあがってくるのを必死に堪え、征十郎の表情を下から見詰める。その視線に気付いた征十郎は、伏せがちだった目蓋を開いてほのかに笑んで見せた。
「…お前の指は、長いな」
「え?…あ、そ、そりゃ、征ちんに比べたら…体格差もあるし」
「奥まで届いてしまいそうだ」
「…ちょっとさ、征ちん、…それ煽ってる?」
時間を使って解すことで、征十郎の体内には多少のゆるみが発生している。同時に征十郎の精神にも余裕が出来たのか、敦の眼へ視線を合わせるとくすくすと笑いを零して目を伏せた。
「確かめてみるか?」
「…なにその余裕。いいよ、やってあげる。…後悔すんなよ?」
一度指を引き抜き、敦は上体を起こした。征十郎の腰を片手で支え、もう片方の手を割れ目に這わせる。
敦にすべてを任せることにし、征十郎は敦の首へ両腕を回す。ぴったりと密着することで再び征十郎の表情が伺えない状況となり敦は不満を覚えるが、今は、それを訴えるよりも。
「…焦らさないでくれ」
「っ…!」
煽り上手な想い人の願いを聞くことで手一杯だった。



長きに渡り秘められた敦の欲望は、容易く尽きることはなかった。
初めは余裕を見せていた征十郎の表情からは次第に焦りが滲みだし、血の気が引いていき、そして。

「…ッ、は…、せ、ちん…、オレ、まだ…、…征ちん…?!」
揺さぶられるままだった征十郎の片足を掴み、奥深く突き立てた上で果てた敦は息を乱しながら征十郎の顔を上げ、未だ有り余る欲求を、更なる行為の要求を口にしようとする。だが、そこで敦は征十郎の異変に気付く。
「せ、征ちん!うっそ、マジ?!征ちん!しっかりしてよ!」
「ん…、…はぁ、…あ、つし…?」
「だ、大丈夫?!オレ、やり過ぎた…?」
「……」
意識を失いかけた征十郎は動揺した敦の声によって覚醒し、うつろな眼差しを敦へ向け。やや放心気味に口端を上げ。
「…そうだな、敦。…も、もう、…ゆるしてくれ…」
「せ、征ちん…!」
下半身の感覚はすでに遠く。結合したまま再び意識を手放した征十郎に、敦は冷や汗を流しながら狼狽した。










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