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「本当のことを言うと、あのまま涼太が部活動にのめりこんで火神のことを忘れてくれればいいと思っていたんだ」
「あー涼ちん単純だかんね。ひょっとしたらいけたかもね」
「…だけど、先日テツヤに頼まれてしまった。約束を忘れないでくれと」
「へえ、てっちんが」
「ああ。あちらはあちらで大変だったらしい。三日に一度は涼太の様子を聞かれるのだと、テツヤも呆れていた」
「…ウザイ奴だね、あいつ」
「そこまで涼太を想ってくれているのならば、許してもいいと思ったよ」

涼太が家出事件を引き起こし、レギュラー獲得までを条件に火神との接触を禁じてからひと月が過ぎようとした頃、涼太は家族に最上の報告を行った。その結果、先ほど帰宅を果たしたテツヤから涼太の外泊を聞いた征十郎は一人分少ない夕食の準備を行うためにキッチンへ向かい、後を追ってきた敦に本音を打ち明けた。

「…オレはやっぱヤだけどな。火神が相手とか」
「そう言うな。…涼太が選んだ男だ」
「…吹っ切れた?」
「完全にとはいかないが。…お前のお陰だ、敦」
リズミカルな音を立て、よく砥がれた包丁で野菜を切り刻む征十郎の背中を見ながら、敦は前向きな征十郎の言葉に満悦する。
「そんじゃさ、征ちん。目下の問題も解消されたことだし」
「なんだ?…!」
「もう涼ちんのことはほっといて、オレのことも考えてね?」
そう言いながら征十郎の背中を覆うように抱き付いてきた敦に、征十郎は身を強張らせながら肩を動かす。振り向きざまに眼前にキラリと光る刃を翳されてひやりと背筋を凍らせた敦は、征十郎の不意を狙って襲った自分が悪かったと平謝りをした。



その夜の赤司家は異様な空気に包まれていた。
ただでさえ涼太は家のムードメーカーでもあり、兄弟のうち誰よりもよく喋りよく動き回るため、その涼太が不在というだけでも静寂が際立つ。まして今、涼太はよその男の家にいるのだ。自ずと口数も少なくなる。
食事を終え、征十郎が食器を片付けるために席を立った途端に大輝は隣に座る敦の首へ腕を回しひそめた声で例の話題を口にした。
「お前よく平然としてんな?今頃涼太の奴、お前の大嫌いな火神に食われてんぜ?」
「…大ちんこそ。火神のこと嫌ってたじゃん」
「あーガッカリだよ。何なら先につまみ食いしときゃ良かったぜ」
「大輝、やめろ」
「そうですよ、大輝くん。涼太くんが可哀想です」
「…冗談だって。そんな怒んなよ。つーか可哀想って何だよ、あいつガキの頃オレの嫁になるとか言ってたんだぜ?」
「大ちんいつまでガキの頃の話引きずってんのー?認めなよー。涼ちんはもうガキの頃の涼ちんじゃないし、大ちんの知らない涼ちんの姿を火神は知ってて…、ムカつく…」
「なあテツ、今頃真っ最中なんじゃね?ちょっと火神に電話入れてみろよ」
「お断りします。…馬に蹴られて死にたくはないんで」
そんな話題で盛り上がる兄弟の元に顔を出した征十郎が、兄弟たちに入浴を促す。そしてそのまま自室に引き返した征十郎の元へ、一番風呂を浴びた敦が現れたのは数十分後のことだった。


「ねー征ちん、今日征ちんとこで寝てもいい?」
「嫌だよ。…涼太がいないんだ、お前にとっては都合がいいんじゃないのか?」
寝間着に着替え、枕を持って現れた敦に征十郎は呆れながら返答し。常日頃、涼太が就寝するまでリビングに残る敦は一人の方が居心地が良いのではないかと思い、そう伝える。
すると敦は首を振って征十郎の考えを否定し。
「涼ちんいないから部屋にいたくねーの。…あいつ起きてる時はうるさいけど、ずっと一緒の部屋で寝てたから、いないと変な感じ。うまく寝れないんだ」
「…分かった。それなら今夜はボクが涼太のベッドで寝よう。それでいいか?」
「ううん、征ちんのベッドで寝る」
「…随分こだわるな」
征十郎が使用しているベッドは子供たちのそれよりもサイズが大きい。それは、元々夫婦で使用していたものだからだ。通常のものより縦も横も長めに作られたこのベッドであれば、敦と二人で横になることも不可能ではない。だが征十郎は、苦い表情で呟いた。
「お前はもう中三なんだ。一人で寝ろ」
「…今日だけでいいよ」
「敦…」
「お願い、征ちん。何でも言うこときくから。一緒に寝させて」
枕をベッド上に放り、どすんと腰を落ち着かせた敦に、征十郎は頭を抱える素振りを見せながらも彼の甘えを受諾した。

兄弟全員が入浴を終え、最後に入浴を果たした征十郎は寝室に戻り、自分のベッド上で四肢を胴体に寄せて丸くなっている敦の姿を目撃して嘆息した。
兄弟で一番体格のいい敦が、これほど自分に甘えたがる男に成長してしまったのは征十郎にとっても想定外だった。
幸い敦はベッドの端に寄っているため、自分が潜り込むスペースは充分にあった。敦を起こさない様にゆっくりと身を滑らせる。すうすうと寝息を立てる敦の顔を正面から眺めながら、征十郎は苦笑した。
「…お前は本当に昔から変わらないな」
幼児期から、兄弟の中で誰よりもよく眠る子供だった。朝も夜も眠りっぱなしで、あまりにもよく眠るため不安に思い、度々真太郎に様子を見に行かせたことを征十郎は昨日のことのように思い出す。
手の掛からない、母親想いな子供だ。今こうして妙に甘えてくるのは、幼児期の反動なのだろうかと思うほどに。
だがその考えはすぐに破られる。布団の中で、敦の両腕が征十郎の腰に回ってきたために。
「…敦?起きているのか」
「ん、いま。いい匂いがしたから。征ちんあったかいね」
「…入浴してきたばかりだ、当然だろう。それよりも腕を離せ。寝苦しいだろう」
「征ちん聞いて。オレ、ずーっとこうしたかった」
「……」
征十郎の髪に鼻先を埋め、くぐもった声で敦は己の願望を打ち明ける。
「征ちんの身長抜いてさ、手が長くなったのも。絶対、征ちんをこうするためだと思う」
「敦…」
「そんで、これを作って育てたのは他でもない征ちんだからさ。存分に使ってよ。…ドキドキしてる?」
「…聞くな」
明かりを消した室内だ。敦の目に征十郎の顔は伺えない。その上征十郎は敦の視線から逃れるように、敦の胸へ顔を寄せ。
「なんだ、お前も同じじゃないか」
「…そりゃドキドキするよ。だって好きな人抱っこしてんだもん」
「……」
「赤ちん?」
敦の言い分が正確だとすれば、征十郎も抱き締める腕に何らかの感情を抱いていることとなる。それが何かを考え、征十郎は口を閉ざし。結論を出す。
「…ボクもお前が好きだよ、敦」
「え…?あ、マジで…?」
「ああ、…お前はボクの、」
どくんと敦の鼓動が一際高鳴る。それを聞きながらも征十郎はこの言葉を口にした。
「大切な、我が子だ」
超えられない、超えるべきではない壁を、明瞭な口調で敦に知らしめた征十郎はゆっくりと目蓋を下ろした。



翌朝目を醒ました征十郎は、同じく目蓋を擦りながら身を起こした敦に約束をさせた。
涼太が帰宅を果たし、自分が涼太に与える発言に対して絶対に驚くなと。言われた敦は、寝惚け眼のままこくんと頷く。
昼過ぎに火神を伴って帰宅した涼太を迎え、兄弟たちは二人がまだ一線を越えていない事実を知った。
それを踏まえ、涼太の背後から彼を抱き寄せた征十郎の発言は、兄弟たちと火神に多大な衝撃を与えた。


「単なる意趣返しだよ。ボクだってこのままあいつに涼太を掻っ攫われるのは面白くない」
「…それにしても、他に言い様があっただろう。何だあれは。冗談を言うのならば、冗談を言う顔で言え」
「難しいことを言うな、真太郎は。それじゃあボクは仕事に行くから、弟たちと客の対応を頼む」
昼食の支度を終えた征十郎はテキパキと出社の準備を果たし、衝撃醒めやらぬ家の玄関を開けた。
征十郎を見送り、ダイニングに戻った真太郎は予想外の光景を目撃することとなる。

「し、しんたろっち!敦っち止めて!」
「…何をしているんだ、貴様らは」
「だって真ちん!こいつのせいで征ちんがあんなこと…っ!」
「な、なんでオレのせいなんだよ?!オレはどっちかっつーと脅された方だろうが?!」
火神の胸倉を掴んで殴りかかろうとする敦を必死に止めている涼太の頑張りを横目に、大輝とテツヤは図太く食事をしている。この騒がしい食卓風景に、真太郎は額に手を当てて嘆息をした。
「いいから全員席につけ。話は食事の後にしろ」


食事が済んでからも敦は不機嫌さを隠すこともなく、火神の横顔を睨み続けた。
「…おい涼太、あいつ何なんだよ、何でオレずっと睨まれてんの?」
「ごめん火神っち、オレも良く分かんないっス。…何なら部屋行く?」
「あー、その方が…」
「ふざけんなよ涼ちん、アンタの部屋はオレの部屋でもあるんだから」
「…なあ、オレ帰っていい?」
「え…もう帰っちゃうんスか…?」
「……」
涼太の眼差しに勝てるはずもない火神は、希望を取り下げて椅子に座り直す。そのやり取りを見ていた大輝とテツヤのニヤついた笑いを不快に感じながら。
そして何の脈絡もなく敦はぼそりと呟いた。
「…マジ、火神ってムカつく。…血が繋がってないってだけでそんな簡単に涼ちんのこと自由に出来んだ」
「は…?」
「ちょ、敦っち!何言い出すんスか!」
「いいよね、他人はさ。さっさと二階行ってセックスしてくれば?好きなだけ出来んだから」
「敦!いい加減にしろ!」
八つ当たりとしか取れない悪意の込められた発言に、それ以上は許さないとばかりに真太郎は敦を嗜める。一喝され、口を閉ざした敦は無言で席を立った。

「敦っち、どーしちゃったんスか?なんかイライラしてる?」
「…貴様には関係ないことなのだよ」
「それよりどーすんだよ、お前ら」
「へ?」
どすどすと音を立てて階段を上がる敦の足音を聞きながら顔をしかめる涼太に、ニヤついた表情の大輝が声を掛ける。
「二階使えとか言っといて、敦の奴行っちまったじゃん。ここでおっぱじめてもいいんだぜ?」
「…は?…!!な、何言ってんスか大輝っち!ば、ばっかじゃねーの?!」
大輝の発言の意図を悟った涼太が赤面しながら動揺する。次男が末っ子をこうしてからかうのは古くからこの家によくある風景だった。
そして通常は兄のひやかしについて決して口を出さないテツヤが、大輝の隣でぽつりと呟いたのは新たな光景となる。
「そんなこと言って、本当に始まったら大輝くん全力で邪魔しに掛かるつもりでしょう?」
「は?いや、混ざってやってもいーぜ?」
「涼太くんに複数プレイを強要するつもりですか。そんな乱れた性交渉を行えば征十郎くんに叱られますよ。あとボクも怒ります。涼太くんはまだ中二で、その上処女なんですから」
「…お前、征十郎に似てきたな」

兄弟間のやり取りを黙って見ていた火神は、そろそろと横に座っている涼太を見ながら一つの疑問を抱く。
このままこいつをこの家に置いて帰ることは正しい判断なのだろうかと。










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