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敦が征十郎に想いの片鱗を打ち明けることに成功したのは、火神の来訪がきっかけとなった。

正気の沙汰とは思えない発言を、火神は兄弟たちの前で涼太の肩を抱き寄せながらした。
それを耳にした征十郎が、兄弟たちの見ている前で狼狽し、頼りない足取りでリビングを去ろうとしたことで、敦の胸中にきっちりと仕舞われていた感情が漏れ出ることになった。

寝室で敦の告白を受けた征十郎は、動揺しながらも気丈に己の精神を落ち着かせ、再度リビングへ足を向ける。
その後に火神と交わした会話については、後で考えれば実に冷静を欠いていたと反省せざるを得ない内容だった。


「…自分で考えている以上に、ボクは涼太を大事に思っていたのかも知れない」
「当然だ。自分の子供のことだ。それが、よりによってあの男と」
「真太郎、ボクは…、どうしたらいいのだろう」

火神を帰宅させ、改めて涼太と話し合い、その後で再度寝室に引き上げた征十郎は真太郎を部屋に呼び、不安と動揺を彼に訴えた。
「涼太にはまっとうな道を歩んで貰いたい。男との交際など、容認出来ない。これは過保護な感情なのか?」
「いや、まともだ。お前がそんな常識的な考えを持っているとは思わなかった」
「…ならば、涼太には火神を諦めて貰うしかない。今後一切彼と会わないように…、敦に頼もう。ずっと涼太の側にいさせて、……」
「征十郎?」
「…いや。…真太郎、悪いが敦に伝えてくれ。ボクは、」
征十郎が涼太のことで不安定になっているのは真太郎の目から見ても明らかだった。さらに真太郎はもう一つの変化に気付く。
「お前が直接指示すれば、敦は必ず成し遂げるだろう」
「…ああ、分かっている。だが、今は…」
「…敦と、何があった?」
真太郎の直感は見事に的中し、征十郎は顔を俯かせて押し黙った。
「先ほど部屋に引き上げた際に、何か言われたのか」
「…お前には、…いや、言っておこう。…襲いたくなると、言われた」
「何…?!」
「なぜ敦があのようなことを言ったのか分からない。真太郎、敦はいったいどうしてしまったんだ?」
「落ち着け、征十郎。敦の発言は、その…何だ?」

敦が征十郎に対しよからぬ想いを抱いていたことを真太郎は知っている。その真太郎にとっても敦の発言は予想外だ。色々な物を飛び超えた展開に真太郎は。
「…いや、純粋な好意だろう」
困惑する征十郎に対し、さらなるダメージを与えてしまう。


征十郎の部屋を後にした真太郎は敦へ征十郎の意思を伝えた。
その指示を忠実に実行すべく、部屋に戻った敦は涼太の携帯を取り上げ、タイミング良く着信した火神からの電話に応答し、涼太の精神を追い詰め。
家族の拘束に強い抵抗を覚えた涼太は、翌日、家出という強硬手段に打って出た。



その報せを職場で受けた征十郎は、上司や同僚が仰天するほどの狼狽を見せ、早々に帰社することを許された。
自宅に帰った征十郎は、まるで通夜会場のようなリビングに足を踏み入れ、涼太失踪の事実が虚言ではなかったことを認識する。
「敦…、どういうことだ?」
「…ロードワーク中に逃げ出したんだ、あいつ。オレだって練習中も付きっきりってのは無理だし…」
「…涼太は部活動を放棄したんだな?」
涼太が脱走を果たしたのは昨日の来客者が原因であることは家族全員が認識していた。
だが征十郎は敦に状況を確認した途端、脱力したように嘆息し。
「分かった」
それだけ口にすると、早々に自室へ引き上げてしまった。

「ねえ、てっちん。火神んち教えてよ」
「…どうするつもりです?」
「決まってるっしょ。どうせあいつ、火神んちに逃げたんだ。引きずり出して連れ帰る」
「そんなことをすれば涼太くんは余計に家族に対して反発心を持つと思います。逆効果ですよ」
「じゃあどーすりゃいいの?あんな勝手な奴、捕まえて部屋に閉じ込めるっきゃないでしょ?征ちんにあんな顔させてさぁ…。信じらんない」
「敦、落ち着け。征十郎はそんなことを望んではいないのだよ」
「だったら何?何すりゃ征ちん、いつもの征ちんに戻ってくれんの?」
ささくれ立つ感情を隠すことなくテツヤや真太郎に当り散らす敦に、真太郎はため息混じりに突き離す。
「そんなことはオレたちにも分からん。本人に直接聞け」
「…分かった、そーするよ」
真太郎の言葉を受け、敦は投げやりな態度でリビングを後にする。
その背中を見送ったテツヤは不安そうに真太郎を見上げ、視線に気付いた真太郎は再びため息を零し。
「火神に連絡はするな。もう少し様子を見る。…大輝はどうした?」
「すでに捜索に出掛けてます。…警察には連絡しますか?」
「それも少し待とう。お前の言う通り、下手に動けば涼太の反抗心に拍車が掛かる可能性があるからな」
「分かりました。…それで、敦くんたちは…」
「…征十郎に任せる。と言うよりは、今のあいつをどうにか出来るのは征十郎しかいないのだよ。あいつが一言敦に声を掛ければ、どうにでもなる。何しろあいつは、」
「…ママっ子ですからね」



征十郎の部屋の前に立った敦は、一つ深呼吸を行い、ドアを二回ほどノックしてからドアノブに手を掛けた。
「征ちん、入るよ…?」
まだ夕暮れの時刻だが、室内はカーテンに光を遮られているため異様に暗い。電気もつけずに閉じ篭っている征十郎を不安に思いながら声を掛けると、か細い声の返答があった。
「敦か…。…先ほどはすまなかったね、適切な指示も出せずに」
「別にいーよそんなの。真ちんが何とかしてくれるっしょ。それより…、…ごめん、征ちん。涼ちんのこと、逃がしちゃって」
後ろ手にドアを締め、そこに立ったまま敦は謝罪を口にする。
馴れない空気に戸惑いながら、二人はしばらく沈黙を重ねた。
「お前に、また弱気な姿を見せてしまっているね」
その沈黙を裂いて聞こえた征十郎の声に、敦ははっとして顔を上げる。
「あ…」
「こんな問題に直面する日が来るとは思っていなかった。あったとしても、もう少しまともに対応出来ると予測していたのだけど…、考えると実際に対応するのとでは、随分違う。はっきり言って、ボクは自身の思考の整理すらついていない」
「…じゃあいいよ、もう何も考えなくて。無理しないで、征ちん。…何とかなるよ、絶対に」
「……」
「…ねえ、征ちん。隣行ってもいい?」
ベッドの縁に腰を掛けた征十郎は、敦のその声に初めて顔を上げ、こくりと頷く。
ぎこちない足取りで征十郎に近付いた敦は、ゆっくりと隣に腰を下ろし。緊張を押し隠しながら征十郎の横顔を見下ろした。

「オレさ、征ちんは子供の恋愛とか全然興味ないもんかと思ってた。でも、…やっぱ、涼ちんは特別?」
「…涼太だからと言うわけではないよ。誰でも、こんな風になっていたと思う。…ボクはみんなに、正常な道を歩んで欲しかったから」
「男好きになるのは異常って?」
「ああ、異常だ。…親であるボクと同じことを繰り返しているのだから」
「征ちんが異常だからオレらにも影響出てるとか思ってんの?そんなわけないじゃん、涼ちんだって元々は女好きだったし。たまたまっしょ、火神に釣られたのも。だからさ」
「ボクはあの男を本気で愛していた」

顔を俯かせ、敦の言葉を遮った征十郎ははっきりと告白する。
あの男、と言うのは、他でもない。敦たちの父親の話だろう。
「どうしようもないろくでなしだったよ。仕事もせずに毎晩浴びるように飲酒をし、家の金を使い込み、外で何人も女を作っていた。だけどあの男はお前たちの父親であり、いなくてはならない存在だった。だから、ボクは…」
背中を丸め、両手で顔を覆った征十郎を見、敦は胸が締め付けられる感覚に陥る。
征十郎が自身の伴侶だった男の話を赤裸々に話すのは、初めてだった。
そんな征十郎の思いに触れ、敦は強い嫉妬心と同情心を同時に抱き。

我慢の限界は、とうに超えていた。
長い両腕を伸ばした敦は、征十郎の身体を強く抱き締め、その頭部に顎を乗せながら呟く。
「涼ちんのせいで思い出しちゃったんだ。ヤだね、それ。…征ちん可哀想」
「敦…?」
「でも、もーいーよ。それって昔の話だろ?いまは征ちんを苦しめるそんな奴は消えたんだから、もう、忘れちゃってよ」
実の息子に強く抱き締められ、征十郎は内心ひどく動揺していた。だが、敦の訴えに何の反論も出来ず、ただなすがまま。
「自分と涼ちんを重ねるのはやめなよ。涼ちんは大丈夫だから。もしもそれで涼ちんが失敗して火神に傷つけられたとしてもそれは涼ちんの自業自得。征ちんには関係ない」
「そんな風には…」
「思っていーの。涼ちんの人生なんだ。…そんで、振り切るのは征ちんの判断。いい?征ちんは過去に悪い男に引っ掛かったかもしんないけど、それは昔の話。今はオレにぎゅうぎゅう抱き締められて、がっつり守られてる。オレが、征ちんを傷つける物を遮断する壁になってる。分かるでしょ?征ちんはこんなにもオレに愛されてんだ」
「……敦…」
「はっきり言うよ、征ちんがミスったのは相手が男だったからじゃない。同じ男でも、こんなに征ちんを溺愛する奴はいんだから。だから涼ちんも平気だし、もし涼ちんが傷ついて征ちんが哀しむならオレは火神をヒネリ潰してやってもいい。簡単だよ、あんな奴。片手一本で海に投げ捨ててやる」
「……」
「だからオレを頼ってよ。助けてって言っていい。オレは征ちんに求められたら何でもすっから。…オレに、征ちんを、…幸せにさせてよ」

その言葉を耳にした途端、征十郎の身体から余計な力が抜け、おそるおそるといったいていで敦の背中に征十郎の腕が回った。縋るような頼りない手つきに、敦は鼓動を高鳴らせ。腕の中の人物に対する愛しさが増した自覚を得た。



数時間後、単身で帰宅を果たした涼太の顔を征十郎はひと殴りし、直後、涼太の胸に身を寄せ、今回の事件を締めくくらせた。
涼太を寝かせてから夜な夜な行われた家族会議の場では、賛否両論はあったものの涼太に部活を始めた当初の約束を叶えさせることを優先することで話をまとめ。
一家の騒動は、ひとまず落ち着きを見せることとなった。










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