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▼ 何しろ彼はママっ子ですから


※パロ設定上、KINSHINSOKAN要素が含まれます。


***



赤司家の四男である敦が、保護者である征十郎の身長を抜いたのは小学生の頃だった。
上の兄たちやすでにこの家から去った父親が長身であったため、これは必然的な成長であったとも言える。それにしても、敦の成長速度は著しく。小学校の椅子や机の低さは敦に強いストレスを与えていた。

「ならば学校などやめてしまえばいい」
「…え?やめる?」
「そうだ。敦に合わないのであればそれでもいい。不快な思いをしてまで得られるものの価値などタカが知れている。明日にでも担任にその旨を伝えて来い。必要なら夜にボクがそちらへ出向こう」

保護者の承諾を得たものの、敦は担任に中退の意思を伝えることはしなかった。
いくらなんでもそんな理由で小学校中退はないだろ、という常識的な考えの元に下した結果を、その夜征十郎は真顔で聞き入れ。
「敦が望むのならそれで構わない」
こうして自己責任能力を植えつけられた敦は、無事に無遅刻無欠勤で小学校卒業を果たしたのだ。


あまり感情を表に出すことはなく、だが過激な発言を何の前触れもなく行う敦の保護者は、敦にとって常に異様かつ絶対的な存在であり続けた。
それと同時に、彼は敦が生まれて初めて強い興味と関心を寄せた人間でもある。
あまり周囲の発言や行動に気を取られることのなかった敦がバスケを始めようと決意したのも、征十郎がその発言を受けて珍しく喜色の表情を見せたからであり。
征十郎の気を引くために熱心に練習を重ねたことは、言い逃れようもない事実だった。


中学に入学して間もなく、敦はとうとう長男である真太郎の身長に追いつくまでに成長を果たした。
その頃はすっかり征十郎を見下ろす目線の高さとなり、征十郎の隣に並んで立つ度に敦は鼓動を高鳴らせていた。

「昔はさぁ、すげーデカイって思ってたの、征ちんのこと」
「そうだろうな。子供の目線から見れば、あいつは長身だ」
「でもなんか、最近ちっちゃくなっちゃったからさー」
「縮んではいない。オマエが成長しただけなのだよ」
「知ってるし。知ってる…けど。…ねえ、真ちん、征ちんって、よく見ると可愛くない?」
出生時から見てきた顔が突然変化することはない。変化したのは、敦の見方だ。
身長が伸びて、腕が長くなった。目線の位置が変化して、大きな存在が簡単に腕の中に収まるような気がしてきた。そのため、敦は。
「ときどきさ、ぎゅーってしたくなるよ、あの背中見てると」

自我が形成される以前の幼児期に子供が自身の異性の親に対して恋愛感情を持つということは、心理分析学でも論じられている。
その事実が如何にしろ、真太郎は弟の願望を聞いて俄かに不安を感じた。
真太郎本人は、征十郎に対してそのような欲望を抱いたことはない。自我が形成された頃から今現在に至るまで、征十郎は自分たち子供に食事や住居を提供し、生活資金を得るために仕事に出掛け、世間一般で言うシングルマザーの役割をこなす人間でしか有り得なかった。
兄弟への躾や遊びに至ってはほとんど長男である真太郎に任せきりでもあったため、末の弟などは征十郎が自分の親に当たる存在であることすら認識していなかった節もあるくらいだ。
だからこそ、敦が征十郎にこのような異性に対する欲求を持つことが信じられず、理解出来なかった。

「ねえ、真ちん。オレらの父さんってどんな奴だったか覚えてる?」
「父親?…最低な奴だったが、それがどうした」
「んーん。征ちんが選んだ奴がどんなのだったか気になるだけー。…なんで征ちん、そんな最低な男と一緒になったんだろ?やっぱ、ダメな男がいーのかな?オレもアル中になったら、」
「やめておけ。征十郎はオマエにそんなことを望んではいないのだよ」
「…でもさ、ほっとけないって思ってくれるかもしんないよねー」

父親の不在がこの弟の人生において如何に幸運なことであるかを真太郎は知った。
もしも今も父親がこの家にいて、彼らが幼かった頃のように毎晩のように飲酒した上で征十郎に殴られている様子を敦が見ていたならば、征十郎に構って欲しい一心で父親の堕落した行為をなぞっていたかもしれない。



敦が実の母親への恋慕を自覚してから二年が過ぎようとした頃、末の弟である涼太が兄たち同様にバスケを始めることとなった。
征十郎にバスケ部入部の意思を伝えた涼太に対し、これから同じ部の先輩となる敦はやや不満そうに涼太へ「足引っ張んなよ」と声を掛ける。
「言っとくけどうちの部ってそこまで甘くないから」
「上等っスよ。征十郎っちと約束したし、オレもちょっとやそっとじゃ辞めないっスよ」
「生意気ー。1ヵ月以内にレギュラー獲れなかったら征ちんとオレに謝ってよ」
「え…、征十郎っちはともかくなんで敦っちにまで」
「征ちんへの裏切りはオレへの裏切りにもなんの。いい?もしも征ちんの期待裏切ったりしたら許さないかんね」
「了解っスー。ま、大丈夫っスよ、オレ運動神経いいし?」
妙に攻撃的な敦と、敦の挑発的な発言を軽く受け止める涼太の会話を傍で聞いていた真太郎は、相変わらず敦が母親に強い服従心を持っていることを思い知らされる。
今まで征十郎は涼太のやることにさほど関心を寄せる様子はなかった。それが、バスケに限ってはあのように熱心に涼太を激励した。そのことが敦には不満だったのかもしれない。

「何をそんなに心配しているんだ、敦」
「んーん…、征ちん、オレがバスケ始めたときはあんなこと言わなかったし、なんかヤだったんだ。…涼ちんがバスケ始めたら、征ちんあいつのことばっか構いそうな気がして」
「そうか。オレにはそんな予感はないがな」
「だって征ちんちょっと嬉しそうだったし。…ホントはずっと涼ちんにバスケやらせたかったんじゃない?」
「その希望はあったかもしれないな。だがそれはオマエも同じだ。オマエがバスケを始めた時も、征十郎は喜んでいた」
「そーかもだけど、新しい方がいいかもしんないじゃん」
「自分が中古品のような発言だな」
「…もー寝る。おやすみ、真ちん」

敦のそれは明白な嫉妬心だった。
優秀な弟に対する危機感は、マイペースな敦の胸に焦燥を与えたらしい。それが分かって、真太郎は嘆息する。
兄弟同士競い合って上達するのは、悪くはないことかもしれない。それが裏目に出なければの話だが。
例えば敦の言うとおり、征十郎が涼太にばかり期待を寄せて敦のことをないがしろにしたならば。
「…いや、それはないな」
考えて、真太郎は自らそれを否定する。確かに末っ子である涼太は自分も含めた兄弟たちの愛情を一身に浴びている。だが、征十郎の場合は立場が異なる。
兄弟全員を平等に扱うべき立場にいる征十郎は、涼太だけを贔屓するようなことはしないだろうが。敦の目にどう映るかは、まだ分からない。

涼太の入部を機に何か問題が発生しなければいい。
そう思っていた真太郎は、後日、別の問題に直面することとなる。



「火神大我という男は、お前や敦が以前愚痴をこぼしていた男だな」
「火神?…ああ、高校の後輩だ。そいつがどうした」
「涼太が泣いていた原因はその男らしい。ボクは今度、火神を家へ呼び寄せようと思う」
涼太が大輝とテツヤと共に買い物に出掛けたその夜、目を腫らして帰ってきた涼太を征十郎の指示で慰め、リビングに戻った真太郎は征十郎のそんな発言を聞くこととなる。
大輝とテツヤは既に自室へ行った。この場にいたのは、征十郎と真太郎と敦の三人だ。
そしてソファーに寝転んでテレビを見ていた敦は、征十郎のこの発言にぎょっとなって身を起こした。
「何言ってんの征ちん!火神なんか、何で呼ぶの?!」
「兄弟全員の顔見知りとなれば、興味も沸く。交友関係に口を出すつもりはないが、一度会ってみたい」
「オレは嫌だよー、あいつキライだし」
「敦がそこまで極端に拒絶する男と言うのも気になる。真太郎、お前も彼にはいい印象を持っていなかったな」
「ああ、虫が好かん男だ。だが…」
「今もテツヤはその男に世話になっている。食事をご馳走するくらい、不自然ではないだろう。ボクはテツヤの保護者なのだから」
一般家庭においてそれは不自然なことではない。だが征十郎が一般家庭に収まる母親とは一線を画した存在であることは真太郎も敦も充分に承知している。
「…もしかして征ちん、火神のこと…」
「何だ?おかしいことか?」
早速危機感を覚えたらしい敦は顔を顰めて無為な邪推を始める。それに対し、敦の恋慕など知りもしない征十郎は怪訝そうに首を傾げた。
「征十郎、お前が望むならばそうすればいい。テツヤはお前の言うことならば素直に聞く。…敦は、嫌ならば当日は家を出るなり、部屋に篭もるなりしろ」
「…いるよ。何かあったらヤだし」
「何があると言うんだ?」
「…征ちんには関係ない」
真太郎の突き放した物言いに、すっかり機嫌を損ねたらしい敦は征十郎にも苛立った対応を見せ、何も言わずにリビングを後にした。
残された征十郎は、困惑した様子で真太郎に問う。
「敦は何が不満なのだろう」
「…あいつはお前が興味を示す物全てに懐疑心を募らせているのだよ。それも、今回は対象が赤の他人であり、火神大我と言う敦が最も嫌悪している男だからな」
「…敦は昔から、他人に対してあまり関心を寄せる子供ではなかった。その敦が他と比較して強く意識している人間ということに、興味があるのだけどね」
「ああ、だが敦は分かっていない。あいつの機嫌を取りたいならば、こう言ってやれ」

翌朝、征十郎は真太郎のアドバイスを実行した。
寝起きの敦が洗面台で顔を洗っている際に彼の背後に立ち、顔を起こした敦に鏡越しに笑いかけ。
「おはよう、敦。今日は早めに仕事を切り上げて帰るから、夕食の買い物に付き合ってくれないか?今夜は敦の食べたい物を作ろう」

効果は絶大であり、その日一日、敦の機嫌は上昇していた。










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