krk-text | ナノ


▼ 10





かくして涼太は持ち前の才能を活かし、征十郎に誓った通り入部して1ヵ月以内にスタメンの座を勝ち取ることに成功した。

「ほら見ろ!ちょろいもんっス!」
「おい敦、今の中学どーなってんだよ。オレらがいた頃より弱くなってんじゃねーの?」
「てゆーか、涼ちん、室ちんに泣きついたっしょ。聞いたよー?スタメン発表される前にこそこそ室ちんとこ行って何か話してたって」
「オレはただ、次の試合出してくれたら絶対に勝たせてやるって言っただけっスよ。氷室センセイ、見る目あんスよねー。大輝っち、試合見に来てよ!」
「土日だろ?オレ予定あっから無理」
「テツヤっちはー?」
「ボクも練習があるんで…」
「しんたろっちー」
「たかだか予選など見に行くはずがないだろう。全国に進んだならば行ってやってもいい」
「うぅ…、待ちに待った弟の晴れ舞台だってのに、冷たい兄貴たちっスね…」
「征ちんも仕事忙しそうだしねー。ま、しょーがないじゃん?涼ちんだって、兄ちゃんの試合見に行ったの一回だけっしょ?それで自分の試合は絶対に見に来いっつーのワガママだと思うしー」
「…ごもっともっス。まあ、この先何度でも機会あるしね。とりあえず、今回勝って不動のエースって呼ばせてやるっス」

心底嬉しそうに決意を新にした涼太を見、兄弟たちは安心する。
自分たちと血の繋がった末っ子はやはり、このスポーツにすっかりのめりこんでいるようだと。

食事の後、食器をキッチンへ片付けに行く涼太の後を追ったテツヤは他の兄弟たちには聞こえないように涼太へ耳打ちをした。
「試合終わって学校に戻ったら、そのまま待っててください。迎えに行きますから」
「え?いや、べつにオレ敦っちと帰るし…、…え?!」
「当然、連れて行きますよ。約束ですから」
「で、でも、いんスか…?スタメン獲ったからって、まだレギュラーに定着したわけじゃ…」
「征十郎くんの許可は取ってあります。一度でも涼太くんが公式戦でスタメンに入れたら会わせてもいいと。ただ、それで涼太くんが腑抜けになってしまったならそれきりだそうなんで」
「テツヤっち…!」
「気を引き締めて試合に臨んでください。火神くんのためにも」
微笑を交えたテツヤの激励に、涼太は表情を引き締める。そしてきっぱりと宣言した。
「当然っスよ。何しろオレは、テツヤっちたちの自慢の弟なんスからねー!」
優秀な血統を持つ赤司家の末っ子は、強い自信を得ることとなった。



涼太が初の公式戦デビューを飾ったその日、ハードな練習を終えた火神にテツヤは重大な報告を与えた。
それを聞いて火神は驚愕した。出来のいい男だとは思っていたが、まさか本当に宣言通り実行してしまうとは。早過ぎると、感嘆せずにはいられない。
「スゲェな、お前の弟は」
「毎日頑張ってたんですよ、敦くんがうんざりするほど遅くまで自主練して、朝のロードワークも欠かさず行っていましたし」
「…あー。偉い偉い。さすがお前の弟だよ。…なあ、黒子」
「分かってます。これから中学に迎えに行きますけど、火神くんはどうします?」
「…行くに決まってんだろ、聞くなバカ」
意地悪く笑いながら尋ねるテツヤに、火神は仏頂面で回答する。それを受け、テツヤは俄かに表情を曇らせた。
「…何だよ」
「…いえ。…大切な子…なんです」
「は?…あ、あぁ、そうだろうな」
「可愛くて可愛くて仕方がありません。身長こそボクよりもずっと大きく成長しましたけど、涼太くんはボクにとって、ずっと変わらず…、大事な弟、なんで…」
「…あー。分かってるよ。この先は、オレがあいつを」
「傷つけたり泣かせるようなことがあれば、君に将来はないと思って下さい」
「……」
しおらしく感情を吐露したテツヤは、最後に鋭い目つきで火神を睨む。その凍りつくような眼差しを受け、背中に冷や汗を流しながら。火神は、引き受けたものの重大さを改めて思い知った。


そして兄たちの愛情を全身に受けて育った末っ子は、自身の中学の敷地内にある第4体育館の入り口にて、現実の重みを知らしめるかのように火神に飛びついて試合の結果報告を行った。
「圧勝っス!ぐうの音も出ないほどに蹴散らしてやったっスよ!」
「そ、そうかよ…、よくやった。…とりあえず落ち着け、首の骨折れんだろ」
「火神くんはそんなにヤワな人じゃないはずです。全力で受け止めてあげてください」
抱きつかれるというよりは首を絞められているといった表現が適切な状況を見ても、テツヤは真顔で受け入れを強要する。この場に火神の身を案じる人間は一人もいない。
「涼太くん、ボクは敦くんと帰りますけど、…どうしますか?」
「え?あ…、えっと…」
「…うちに来いよ、涼太」
身体を離してテツヤから決断を迫られた涼太が躊躇する様子を見て、火神は涼太に声を掛ける。
「この間の答え、聞かせてやっから」
「…行く。テツヤっち!オレ…」
「分かりました。今日は火神くんの家に宿泊して、1ヶ月分の禁欲生活を一晩掛けて解消することになりましたとみんなには伝えておきます」
「お、おい、黒子!誤解がある言い方してんじゃねーぞ?!オレは…」
「家族公認ですよ、火神くん」
以前、黙って家出を果たしたときとは違う。その事実を突きつけられ、火神はぐっと勢いを殺す。
「…近いうちにまたうちに遊びに来てください。たぶんみんなも火神くんに言いたいことがあると思いますから。それに、…涼太くんも、胸を張って紹介してくれますよね?」
テツヤの視線が涼太に移り、涼太ははっとした表情を見せ。そして、うん、と大きく頷き。
「今度はオレが、好きな人を家に連れてくんで。明日は楽しみに待ってて下さいっス!」
「明日かよ?!オイ待て、心の準備くらいさせろ…!」
晴れやかに笑う弟と、その弟の突飛な発言に狼狽するチームメイトの顔を交互に見詰め。テツヤはぺこりと頭を下げてからその場を立ち去った。



二人きりになると途端に大人しくなった涼太に心なしか浮つきながらも、火神は涼太を連れて自宅へ向かった。
途中、スーパーで夕食の買い物を行い。今夜は涼太の公式戦デビューを祝い、盛大に持て成してやろうと考える。

「ホントに料理出来るんスね、火神っち。…しかも美味い」
「お前の親の方が美味いだろ」
「征十郎っちのメシは料亭の味もびっくりな完成度っスけど、オレ、火神っちのメシも好きっス。毎日食えたらいいのになー」
「何言ってんだよ、中坊が。…つーかオレはお前を養う気なんざねーぞ」
「べっつにー、オレだってそんなの望んでねーし。…だから、教えてよ。料理とか、洗濯とか、…火神っちが、オレにして欲しいこと全部」
まるでこれから同棲生活をスタートさせるかのような会話に、火神は苦笑を浮かべながら「そのうちな」と返答する。
涼太をこの家に住まわせる気はない。きちんと家族が待つ家へ帰すつもりでいる。ただ、今晩に限っては話が別だ。
「…なあ、涼太」
「ん」
「オレはお前の兄貴じゃねーからストレートに言うけど、お前ってかなり面倒くせぇ奴だよ」
「え…」
「過保護な家族がどうってわけじゃねぇ。それも多少はあるが、これはお前本人の話だ。中二のくせに背は高いし、表情も大人びてるし、高校生のオレ相手でも全然物怖じせずに近付いてくる。その割には急に泣きだしたり、ワガママ言ったり、ガキみてぇに甘えてきたりして、オレはお前の言うことややることにかなり振り回されてきたよ」
「う…、それは…」
「…悪い気はしてねーけど」
火神には迷惑をかけてきた。それを自覚している涼太は気まずそうに視線を泳がせる。だがそんな涼太に、火神はあっさりと。
「ひょっとしたらお前はオレに対して、兄貴に振舞うみてぇな感じで接してきてんのかもしれねーが、オレはお前のことを自分の弟みてぇに思ったことはねぇ」
「……」
「お前を、」
小さなローテーブル越しに火神は手を伸ばす。対面に座る涼太の頬へと。
それに触れ、柔らかな笑みを見せ。熱を持ち始めた涼太の目を見て、はっきりと感情を伝えた。
「親や兄貴から奪って、オレだけのもんにしてぇよ」

その言葉を受け、涼太は動く。
頬に当てられた火神の手を取り、膝立ちになってぐいっとそれを引き寄せて。
「言っとくけど、オレ、お兄ちゃんたちにはこんなこと絶対しないし言わない。好きな人にだけ見せる顔っスよ」
「りょう…」
「…とっくにオレはアンタのもんだ。火神っち」
引き寄せられるままに、火神は涼太に顔を寄せ。
据え膳だったくちびるへ、思うがままに、口付けた。




翌日、火神を連れて帰宅した涼太を家族は総出で迎え入れた。
これは涼太にとっても意外なことだった。休日の昼に家族が全員家に揃っていることは珍しい。
「昨日から異様な空気だったんです。真太郎くんなんか一睡もしてないようですよ」
「テツヤ、余計なことを言うな。…貴様ら、突っ立ってないでさっさと上がれ。昼飯にする」
「あ、いや、オレは帰…」
「ダメっスよ!今日はオレの家族に彼氏紹介するって決めたんスから!」
ある程度覚悟して臨んだ火神だったが、やはりこの家の雰囲気に圧倒されて帰りたくなったところ、涼太に腕を掴まれて阻止された。
靴を履き変え、玄関に上がる。リビングへ向かう途中、こそこそと大輝が火神に耳打ちしてきた。
「で、昨日はヤったのかよ?」
「…うるせーな、ヤってねぇ…よ」
「はっ?!一晩一緒にいて手出してねーの?!マジかよお前、それでも男かよ?!」
「えー、アンタ、涼ちんに何もしてねーの?だっせー、ホントについてんのー?」
「大輝っち、敦っち!火神っちが何もしなかったのはすっげぇいい理由があるんス!…ねー、火神っちー?」
「あ、あぁ…、そうだよ。オレは…」

実際、いいところまではいった。夢中になってキスをして、抱き合って、ベッドに入るまでは実にスムーズな流れだったのだが。いざ馬乗りになって見下ろした涼太の表情が火神の予想を上回るとんでもないものだったため、余裕の欠落を予感した火神は年上の威厳を保つためにそれ以上の行為を取りやめたのだ。
火神にはせいいっぱいの発言だった。
「火神っちはオレを愛してるから、ゆっくり進めて行きたいんだって。へへっ、まあオレも子供じゃないんで?火神っちが覚悟キメる日まで、気長に待つつもりっス!」

食卓に揃った家族の前で赤裸々に昨晩のやり取りを告白する涼太の横で、火神は頭を抱える。
あまりにも単純な文句に引っ掛かっている末っ子と、やはり意気地なしだったかと思えるその恋人に兄弟たちは呆気に取られ。停止した空気を破りに来たのは、一家の長である征十郎だ。
征十郎は椅子に座った涼太の背後に回り、両腕を涼太の首に絡ませながら堂々と宣告した。

「ならば涼太の身体は、いつ表に出しても恥ずかしくないように保護者であるボクが責任を持って開発しておこう。安心しろ、火神。ボクは巧い」

火神の受難は始まったばかりだ。










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -