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▼ 9





生まれて初めての家出から帰宅を果たした涼太は、玄関先で征十郎に顔を打たれた。
表情もなく機械的に平手打ちを行った征十郎は、そのまま涼太を抱き寄せた。


「これ当てといてください。腫れてしまわなければいいですけど」
「…ありがと、テツヤっち。…あと、ごめん」
「…帰って来てくれて本当に良かったです。それから、安心してください。君が火神くんの家にいたことは、誰にも言ってませんから」

帰宅中に涼太が予想していた説教はなく、そのまま自室に上がった後、涼太の元を訪れたのは冷えたタオルを手にしたテツヤだった。叩かれた頬にタオルを宛がい、テツヤの口から出てきた名前に涼太は目を見開く。
「知ってたんスか…?」
「先ほど火神くんから連絡がありまして。無事だと聞いて、本当に安心しました。あ、大輝くんに連絡入れないと」
「え?大輝っちどーしたんスか?」
「君を探しに出たままなんです。ちょっと待ってて下さい」
「……」
自分の身を心配していたのは、保護者である征十郎だけではなかったことを知り、涼太は居た堪れない気持ちになる。自分が勢いで起こした行動が、ここまで家族に影響を与えてしまっていたことに後ろめたさを覚えながら。通話を終えたテツヤに、涼太は改めて謝罪を口にした。
するとテツヤは眉尻を下げながら笑い、そっと涼太の髪に手を伸ばして伝えた。
「みんな涼太くんが大好きなんです。可愛くて可愛くて、仕方がないんです。万が一涼太くんの身に何かあれば、征十郎くんもボクら兄弟も永遠に先日のことを悔やみ続けていたところでした」
「……」
「火神くんのことは、きっと話せば分かってくれると思います。確かに敦くんや大輝くんなんかは火神くんにいい印象を持ってないようですが、ボクは違いますから。一応チームメイトですし、フォローはします。彼のことで悩みがあるなら、ボクが相談に乗ります」
「テツヤっち…」
「…その上で、確認してもいいですか?」
「え?何…?」
「しました?」
「…それが。し、してないっス…。出来そうだったんスけど、やっぱダメって言われて」
「そうですか。…良かった」
「え?」
「何でもないです。涼太くん、今日はもう休んでください。みんなにはボクから適当に説明しておきます」
「うん…、ごめんね、テツヤっち。…ありがと」
涼太から手を離し、「おやすみなさい」と笑い掛けたテツヤは、涼太の部屋を後にしたところですっと表情を消す。
そして手にした携帯のディスプレイに表示された現時刻を確認し。
「…ボクらも、寝る時間があればいいですけど」
これから発生するであろう長い家族会議に向けて、憂鬱そうにため息をついた。



翌朝、登校したテツヤは真っ先に火神の机の前へ進み、その胸倉を掴んで有無を言わせることなく殴りつけた。
「…イッテェな」
「当然です。本気で殴ったので。…昨日は、うちの末っ子がどうもお世話になりました」
「あー。…どーだったよ、あいつ」
「ゆっくり休んで貰いました。ボクは1時間しか寝れませんでしたけど」
「え?なんで?」
「朝方までじっくりと家族会議です。涼太くんに対する扱いの反省会をしてました」
「…マジでお前の家族怖ぇんだけど。なに?それで、何か決まったのかよ?」
「はい。引き続き涼太くんを火神くんに会わせないようにと。君の存在は、いまの涼太くんには悪影響に他ならない。なので」
今までと何も変化のないテツヤの答えに、火神は唖然とする。その隙にテツヤは火神の携帯を奪い、目にも止まらぬスピードで何らかの処理を果たした。
「お、おい!何してんだよ!」
「涼太くんの番号とアドレスを削除しました。発着信履歴とメールは全削除です。保護していなかった大事なメールは、残念でした」
「はぁ?!おま、何つー早業を…っ」
「火神くん」
携帯を火神に返却し、じっと火神の眼を見据えながらテツヤは口を開く。
「涼太くんの兄として、君にお願いします。これ以上、あの子に近付かないで下さい」
「は…?お前ら、まだそんなこと言って…」
「…今は、涼太くんにとって大事な時期なんです。昨日は、家出したことも問題だったんですけどそれ以上に、…部活動を投げ出してしまったことが取り沙汰されたんです」
「…!」
「涼太くんはバスケ部に入部して間もない。異例のスピード出世とは言え、1軍に昇格出来たばかりなんです。ボクら家族としては、早く彼にレギュラーの座を獲得して貰って安定した日々を送って欲しい。だから、」
「…お前ら…もしかして…」
「…涼太くんがレギュラーになれたら、後はもう彼のすることに口出しをしないつもりです。なので、火神くん、どうか、…彼の邪魔をしないであげてください」

お願いします、と改めて頭を下げるテツヤに対し、火神は複雑な心境で頬をかく。
過保護なばかりで涼太に束縛を強要していた嫌な集団だと思っていたが、意外にも、ちゃんと涼太のことを考えていたのだと知り。火神は、テツヤの願いを聞き入れることを約束した。
「…あいつがレギュラー獲ったらちゃんと教えろよ。そんで、連絡先ももっかい教えろ」
「必ず」
ひとつ、メモリーの消えた携帯を手に、火神は自席に座って机に突っ伏す。
これはもしかしたら、自分にしてもいい猶予期間なのかもしれない。涼太の想いに答えるための準備をするには、必要な期間だと思い。
1時限目から居眠りの体勢に入った火神の机を、寝不足気味のテツヤは無言で蹴り飛ばした。



そして夜。夕食の場で、家族会議の結果は涼太本人へ伝えられることとなる。
「レギュラー獲れば、火神っちと何しても文句言われないんスね?分かった。じゃあすぐ獲ってやるっス」
連絡禁止を言い渡されても、涼太は毅然とした表情で征十郎へ宣告する。その表情を見て、征十郎はどこか満足げに微笑んだ。
「ただし、火神との交際を始めたとしても、遅くなる夜は今まで通り連絡を入れて欲しい。心配だからね」
「わ…分かったっスよ。オレも、帰った途端叩かれたり大声で名前叫ばれながら探し回られたりすんの嫌だしね。それは、ちゃんと約束するっス」
「……」
「どうした、征十郎」
にっこりと笑いながら征十郎の要求を受け入れた涼太を見、征十郎はくちびるを閉ざして涼太の顔を凝視する。その様子に真太郎が怪訝そうに声を掛ければ、征十郎は食事途中にも関わらず箸を置いて席を立った。
「すまないが、片付けはお前たちでやってくれ。ボクは、先に休ませて貰う」
「え?どーしたの征ちん、体調悪い?」
「敦、いい。征十郎、部屋で休んでろ」
常とは異なる征十郎の様子に、兄弟たちは戸惑った様子を浮かべる。それを制した真太郎の気遣いに感謝を述べ、征十郎はダイニングを後にした。
「急にどーしたんスかね…」
「…お前のせいだろ、涼太」
「え?オレ今何か言った?」
「今っつーか、今までな。…お前、征十郎に反抗したことなかっただろ。そりゃあいつも精神的にくるよ」
「そーだよ。征ちん、仕事も家のことも一人で背負って頑張ってきたのにさー、あんな男連れてきて、認めてくれないからって家出するとか。涼ちんがやんのって、オレら兄弟の誰がやるよりもくるよねー」
「え…、お、オレ、そんな…」
「それだけ、征十郎くんにとっては涼太くんが大切な存在だったってことですよ。でもたぶん、ああ言ってくれたってことは、きっと涼太くんの判断を認めてくれたってことだと思います」
「……」
テツヤのフォローを耳にした涼太は、くちびるを噛んで俯く。自分が決めたこと。それを、噛み締めて。
「…オレ、絶対レギュラー獲ってやるっス。そんで火神っちにもっかい告白するから」
「は?何言ってんだよ、お前らもう付き合ってんだろ?」
「え?あ、いや、改めての告白?まだエッチしてないしね!」
「えー、せーこーしょーはダメって征ちんに言われたじゃんー」
「それは今までの話っしょ。何してもいいって言われたんだし、オレ、次は絶対する。火神っちが泣いて嫌がっても最後までしてやるっス!」
「なに、火神が嫌がってんの?うわ、スゲーウケる!あいつヘタレなんじゃねーの?」
「どー見てもヘタレだよー。涼ちん、そんな男マジでやめときなー?痛い思いするだけだよー?」
涼太の発言を面白がって茶化す大輝と敦をよそに、テツヤは真顔のまま食事を進める。
そしてそろそろか、と思ったタイミングで、ばしんとテーブルを叩く音がダイニングに響き渡り。
「貴様ら、さっさと食事をしろ!食卓が片付かん!」
真太郎の檄を浴び、兄弟たちは慌てて食事を再開する。
今までと変わらぬ食事風景が、そこにはあった。


就寝前に征十郎の部屋の明かりが点灯していることに気付いた真太郎は、顔をしかめながらその戸を叩く。
「征十郎、まだ休んでなかったのか」
「いや、少し休めたよ。持ち帰った仕事があったからね。これだけ済ませて、就寝するつもりだった」
「……」
「本当だよ。そんな顔をしないでくれ」
無言で険しい表情を浮かべる真太郎に、征十郎は苦笑しながら弁明する。その様子を見て、真太郎はドアを締めて室内に足を踏み入れ、征十郎のベッドへと腰を下ろした。
「そこまで思い詰めることではないだろう」
「…ああ、分かってる。…親としてはむしろ喜ばしいことなのだろうね、涼太が自身の意思を主張し、行動したことは。…明確な成長を感じたよ」
「…ああ」
「真太郎、ボクは恐ろしいよ。いずれ涼太はこの家を出て行く。…涼太だけじゃない、お前や、他の兄弟も、ゆくゆくはボクから離れていく。そしてボクは、」
「…それでもお前がオレたちの親であることは、永遠に変わりない。離れたとしても、オレたちが帰るべき場所はお前の元だ。それに」
弱音を呟く征十郎に内心動揺しながらも、真太郎は正直な気持ちを伝える。
「誰も、お前を一人にさせようなどとは思っていない。もしもこの家の人間が全て出て行くと言うのなら、長男であるオレが留まる」
「…真太郎」
「少しは自分の子供を信頼しろ。…その子供を育てた、己の腕もだ」

凛然とした背中ばかりを見てきた。だからこそ、自分よりも小さい身体で気丈に保護者としての責任をまっとうする征十郎のこの弱った姿を見るのは辛い。
本来あるべき伴侶を失い、たった一人で5人の子供を育てた功績を持つ征十郎の背に、真太郎は労いを込めて告げた。
「だから、今日はもう何も考えず、朝まで眠るといい」


ありがとう、と呟いた征十郎の声はか細く、真太郎に届いたかは分からない。
征十郎の部屋を後にし、ドアを閉じた真太郎はその場で軽く嘆息し、自室へ戻ろうと身体の向きを変え。そこで、廊下に蹲っている敦の姿を目撃した。
「…何をしている」
「…征ちんが心配だったから見に来たの。そしたらアンタの声が聞こえたから」
「そうか。あいつは大丈夫だ。お前ももう寝ろ。明日も早いのだろう」
「…オレ、征ちんから離れる気ないよ」
「何?」
「ていうか、みんなさっさと出てっていいよ。オレ、早く征ちんと二人きりになりたいし。そんで、ゆくゆくは」
身を起こし、真太郎を見据えた敦はきっぱりと口にする。
「アンタらのパパになる覚悟だってあんだから」
限りなく母親っ子な敦ならではの発言に、真太郎は呆れながらも、どこか安堵していた。










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